第90話 SS級モンスター 死神ノ鎌戦①

 あの四神でさえも恐れる死神ノ鎌との戦いが始まった。

 いつもなら無鉄砲に攻撃を仕掛けに行くセシリアなのだが、今回は事態がいつもと違うことを分かっているのか様子を見ているようだった。先ほども言ったが死神ノ鎌には【一撃必殺スレイヤー】という特殊能力を持っている。仮に攻撃を諸に喰らってしまえば即死は免れないだろう。今回は俺が注意しなくても大丈夫なようだ。


「シュリン、能力低下魔法はあるか?」


「ええ……効果があるか分からないけどやってみわ」


「頼むぞ」


 ウォルターの提案でシュリンが魔法を詠唱する。


「大地の聖霊よ、彼の悪霊の動きを封じたまえ!! 【大蔓ノ枷】!!」


 シュリンの詠唱によって死神ノ鎌の真下に大きな茶色の魔方陣が生まれると、地面から太い無数の植物の蔓が生え出て死神ノ鎌の体中に巻き付いて動きを止めた。

 蔓が死神ノ鎌の身体を力強く締め付け、移動することも要の鎌を振り回すこともできなくなった。まさに魔法の名の通り自然の枷である。


「シュリンさんナイス!! これなら行ける!!」


 魔法によって生み出された隙にすぐさま反応し、セシリアは走り出す。そして大きく飛び上がるとそのまま死神の鎌に向けて切りつけようとした。

 しかし、死神ノ鎌が突然ランタンの光を照らす。その光が目くらましになったのかセシリアは顔を逸らしてしまった。


「きゃ!? 何!? 眩しっ!!」


 そして、セシリアが少しでも顔を逸らした一瞬にそれは起こった。何とシュリンが生み出した魔法の蔓がランタンの光の中に吸い込まれていった。そして気が付くと体に絡み付いていた蔓はなくなり、死神ノ鎌の身体は自由を取り戻したのだ。


「何!? 私の魔法を吸収したのか!? 不味いぞ!!」


 目線を死神ノ鎌に向けたセシリアの先には、さっきまで身動きを取れずに隙だらけだったはずのそいつはセシリアに向けて鎌を振り下ろす体勢になっていたのだ。

 セシリアと死神ノ鎌の目が合った。そして、等々死神ノ鎌はその鎌をセシリアに向けて振る。

 それでも、セシリアに焦りなどは見えない。寧ろ、口元を緩めていた。


「私を舐めないでよね!!」


 なんとセシリアは空中で鎌の動きに合わせて器用に身体を捻って攻撃を回避したのである。その動きはまさにこれまでの戦いの中で洗練されてきた動きで、ここにいる誰しもがそのセシリアの動きに驚く。

 もし、セシリアに重い金属鎧を着せていたらこんな芸当はできなかったはずだ。


「セシリーナイス!!」


「このまま行くわよ!! たぁあああああ!!」


 セシリアは流れるようにそのまま二刀の剣を死神ノ鎌へと向けて振り下ろした。

 セシリアの剣は兜割りの如く上から下へ死神ノ鎌の身体を切り裂いた……かのように思った。なんと、死神ノ鎌の身体が切りつけられる直前で透過し、セシリアの身体ごとすり抜けたのだ。


「ちょっと!! 透明ってそんなのありなの!?」


 セシリアは攻撃が失敗してそのまま地面に降り立つと、反撃される前に距離を取る。


「死神ノ鎌は身の危険が及ぶと身体を透過させる。この特性が一番厄介なのだ」


「ウォルター! 何か良い策はないか!?」


「やつにも弱点がある。透過中は一切の攻撃行動が行えない、そのためあいつは姿をすべて見せない限り攻撃することができないのだ。それと、唯一あいつに吸収されずに弱らせる魔法がある。それは強力な威力のある回復魔法だ」


「回復魔法……」


 ウォルターの言葉で俺はビフロンス湿地での食屍鬼たちとの戦いを思い出した。あの時、アイギスが幽霊アンデット族には回復魔法が有効だということを教えてくれていた。しかし、俺は疑問に思うことがあった。


「だけど、回復魔法は下級の幽霊族にしか効かないんじゃないのか?」


「ああ、。だが、効かないとは言っていない。あいつを止められるほどの魔力を持った回復術士を俺はこれまで見たことはないが、お前は特別なんだろ? やってみる価値はあるはずだ」


「……ああわかった、ならやってみる」


「因みに教えておくがいつも使用する完全治癒パーフェクトヒールですら歯が立たない。なぜなら、あのランタンで魔法を吸収されてしまうからだ。”ありったけの魔力を込めた完全回復を持続詠唱”できるなら通用するかもしれないがそれでもやるか?」


 ウォルターが言うことには、要するに魔力をためる必要があるということだ。死神ノ鎌を弱らせられるほどの魔力を今ここでため続けなければならない。本来なら、これを普通の人間が行ったら身体に負荷がかかりすぎて魔力切れどころの話ではないだろう。しかし、俺は普通ではない。いくら使っても湧き上がってくる魔力を短時間で杖に溜められるかは分からないが、この作戦にかけてみるしか今の時点で道が無いようだった。


「俺しかできないことだし、それしか今のところ方法がないんだろ? わかった、全力で魔力を溜め込んでやる!」


「そうか、なら作戦決行だ。お前を信じるぞ、フール!」


 俺は後方へ下がり、入れ替わりでウォルターが前に出る。そして、ウォルターが剣を掲げ全員を鼓舞した。


「今から全員でフールの為に時間稼ぎを行う!! フールを守り、己を守り、奴を黄泉送りにさせるぞ!!」


「わかりました! セシリー! 私も行くわ!」


「私も用意はできています!」


「よっしゃーー!! みんなで頑張るんだぞ!!」


「私の魔法を吸収するなんて本当に生意気。思い知らせてやるわ」


「玄武の命だ、私も加担する」


 全員が俺の為に前線へと出た。みんなが俺の為に命を懸ける決意をしたのなら、俺もそれに応えなくては……


「行くぞ!!」


 俺は杖へ向けて、魔力を流すことに集中し始めた。魔力がゆっくりと杖の中へと入っていくのを感じる。思っていたよりも時間がかかるかもしれない。どこまで溜める事が出来るのか分からないがみんなが頑張っている間にも魔力を込めることだけに集中するんだ。





「……」


 後ろで静かに見守る玄武の背中からゆっくりと起き上がる影があった。イルがゆっくりと起き上がり、周りを見るとみんなが遠くで大きく怖そうな敵と戦っているのが見える。立ち上がりみんなのもとへ向かおうとしたとき、近くにアルが同じく近くで倒れているのが見えた。


「お姉ちゃん!」


 イルはすぐにアルのもとへと駆け寄り、上半身を支えてアルの身体を揺らすがアルは目を閉じたまま起きる様子はなかった。


「お姉ちゃん! お姉ちゃん起きて!!」


 イルがどんなに声をかけてもアルの目が開くことはない。そうしていると、イルは背後に何か気配を感じて後ろを振り向く。


「起きてしまったか」


 それは玄武の顔だった。竜のように恐ろしい顔……普通のイルの年齢であるなら恐れ、泣きわめくのもおかしくはないのだが、アルは違った。

 鳴くこともなければ恐れている様子もない。イルの目は変わっていた。今にもあふれ出そうな涙を必死に赤い目をしてこらえ、今は姉を助けたいという勇敢な目をしていることを玄武は感じていた。


「お姉ちゃんが!! お姉ちゃんが!!」


「心配ない、眠らせているだけだ」


「お姉ちゃんを起こして!!」


「……残念だが、それはできない」


「どうしてよ!!」


「……」


 玄武は答えなかった。イルの真直ぐな視線が玄武の心に突き刺さり、悲しくなる。


「……起こしてどうするつもりだ」


「お姉ちゃんと一緒にフールたちのところへ行く!」


「それは駄目だ!!」


「どうして!!」


 玄武はこの子たちが起きれば必ずフールたちのもとへ行く、そう思ったから敢えて強い睡眠魔法をかけた。そのはずなのにイルが起きてしまった事は玄武にとっては大誤算だった。この子達をこれ以上危険な目に合わせるわけにはいかない。


「お前たちが手を出したところで……勝てる相手じゃない……だから」


「フール達は私の友達で大切な人達なの!!!!」


 イルが怒った。今までイルが怒るどころかここまで感情的になるところをあまり見たことがない。玄武はイルから大きな声を出されて驚いて、言葉をつづけることができなかった。


「私は……ずっと、弱虫だった。ずっとお姉ちゃんの後ろに隠れて、お姉ちゃんに守ってもらってた。ママもパパもいなくなって、悲しくなっても、お姉ちゃんが守ってくれた。でも、今は……私も守れるよ! これ!」


 そう言っているはぬいぐるみを玄武に見せつけた。ぬいぐるみを見て、玄武は後ずさる。


「私にもみんなを守れる力がある!! だから、もうみんなから……お姉ちゃんから守られるんじゃなくて、今度は私がみんなを守りたいの!!」


 熱い視線と共に等々、イルの目から涙が流れる。ぽろぽろとこぼれるイルの涙が玄武の甲羅へと落ちる。その涙は暖かった。その涙を通じて、玄武はイルの覚悟を……そして、を実感したのである。



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