第30話 ヒーラー、夜なべする

 ヒールを始めてから3時間ほどが経過した頃、外は日が沈みかけていて、村人も家へと帰る時間となっていた。それでも俺は回復魔法を途切れさせることなく詠唱を続けている。


 回復魔法によってゆっくりではあるがエルフのやけどや傷が回復しているようだ。エルフも体が楽になったのか苦しむようなうなり声は言わなくなり、すやすやと寝息を優しく立てていて、身体を自分で休ませる事ができるようになったみたいだ。

 セシリアとルミナはパトラが買ってきてくれた食料を俺に食べさせてくれたり、吹き出る汗を拭きとってくれたりなど俺の手助けをしてくれていた。


 そして時間はさらに進んで10時間程が経過した頃、外は真っ暗になっており、動物たちが寝静まる時間帯になっていた。パトラは買い出しで疲れたのかルミナの膝の上で寝てしまっている。

 ルミナも最初は俺の事を見守っていたが睡魔に耐えきれずそのまま椅子に座って眠ってしまった。セシリアはうつらうつらとしながらも眠気と戦いながら俺の事を見守ってくれていた。

 魔力が尽きることのない俺だが、長時間集中して魔法を詠唱し続けると流石に体力と集中力が削られていく。しかし、俺だけはこの魔法を途切れさせるわけにはいかない。


「セシリア、眠かったら寝てもいいんだぞ?」


「やだ……だって、フールだけ頑張ってるの嫌だから、私はせめて見守っていたいの」


「……そうか、ありがとうセシリア。でも、無理はするなよ?」


「分かってるわよ……」


 すると、セシリアは俺の背後に椅子を動かし、俺の背中から手をまわして体を俺の背にくっつけてきた。


「さ……寒いかなって思って……どう?」


「あ、ああ……ありがとう」


 セシリアの体温が背中から伝わってほんのり身体が暖かくなる。それと共に俺の心臓が激しく鼓動するが平静を保っているように見せていた。

 最近、セシリアとの距離が近くなった気がする。セシリアには自分なりに俺を気遣ってくれての行動なのだろう。そう考えると、俺もセシリアの気遣いに応えてやりたいと思った。


 だから、俺は必ずこのエルフを助ける……


 そして、数分が経つとセシリアが急に静かになる。耳を澄ませると寝息が聞こえてくる。どうやらセシリアも睡魔に勝てなかったのかとうとう俺の背中で眠ってしまったようだ。ランプの小さな灯に照らされた空間に意識があるのは俺だけとなってしまったが心が折れることなくヒールを続ける。普通なら俺も寝ている時間……遂に俺にも睡魔が襲ってくるようになる。頭が眠気でカクンカクンと振れ始め、集中力も底をつきそうだった。


 しかし、1つの生命を途切れさせるわけにはいかないという強い意志を持ち続け、ギリギリ意識を保ち続けた。


 そして……とうとう朝を迎えた。その頃にはエルフの傷はほとんど癒えており、熱も下がって呼吸が安定している様子だった。朝早くに来たファルス村長はこの様子に酷く驚いていた。


「まさか……本当に1日中、魔法をかけ続けたのじゃな……あの死にかけのエルフがこれほどまでに回復しているとは……フール殿‼︎ 恩に着ますのじゃ‼︎」


「ええ、成し遂げまし……た……よ」


「フ、フール殿⁉︎」


 責務を成し遂げた俺は、とうとう溜りに溜まった睡魔が襲いかかり、上半身が倒れこんでそのまま眠ってしまった。





「……て……フ……きて……ねぇ……起きてフール!!」


 次に俺が起きたのはセシリアの声によって目が覚めた時だった。俺はその場で寝てしまっていたことに気が付き、ゆっくりと顔を上げていく。ベッドから上半身を起こし、サンドイッチをほおばるエルフの姿が見えた。どうやら、相当お腹が減っていたみたいだ。それでも、元気になってよかった。


「どうやら、元気になったみたいですね。良かったです」


 ルミナがエルフに笑顔を向ける。


「はご! むごごごむご!!」


 エルフはサンドイッチを口に含んだまま、話そうとして何を伝えたいのか俺には分からなかった。


「落ち着け! 食べてからでも大丈夫だから」


 エルフは口の中のサンドイッチをよく噛むと一気に飲み込む。


「あの、私の命を救っていただきありがとうございます!!」


 そう言って深々とエルフは俺に頭を下げた。


「元気になったならそれで良いんだ。俺はフール、回復術士をしてる」


「私はセシリアよ!」


「ルミナって言います」


「オイラ、パトラだぞ!」


「私はソレーヌ、ご覧の通りエルフです。職業は魔導弓士(マジックアーチャー)です。改めて、命を助けて頂きありがとうございます」


「早速なんだけど、ソレーヌはどうしてボロボロだったんだ?」


 俺がそう質問をするとソレーヌの顔が深刻な顔へと変わった。


「……助けを求めに来たのです。あの森で大火事が引き起こした魔物を討伐してくれる人を探す為に……」


 きっと、ファルス村長の言っていた大森林の大火事の事だろう。セシリアの体は震え、その小さな手で自分の服を掴み、握りしめている。どうやら事態の深刻さはソレーヌの表情で大体感じることができた。


「ソレーヌ、森を焼いた魔物って分かるか?」


「……はい、恐らく四神災害の1柱……"炎神"朱雀です。私はこの目で見たのです!」


「四神災害だと⁉︎ とうとう本当に出てきてしまったか……」


 バール王が言っていた、エンシェントドラゴンがバールの国を襲った理由の一つとして挙げられていた四神災害の憶測がここで本当に当たってしまうとは……てことは、あの森にSS級モンスターが潜んでしまったと言うことか。


「それに、私が朱雀を見るのと同時に大きな地震が起こりました。恐らく、朱雀がダンジョンを作ったか、既存のダンジョンを作り直したのでしょう。どちらかは分かりませんが朱雀はあの森にダンジョンを作って今もそこに住み着いてる筈です!」


「フール、どうするの? こんな早くに四神の被害がでてしまうなんて想定外よね……」


 セシリアの言う通り、四神の情報が出るのは意外にも早かった。しかし、それほど情報が早いと言うことは被害も大きいと言うことだ。情報を聞いて、それを野放しにしておけば被害は益々増えてしまう一方だ。それに、俺は四神討伐の命を背負っているのだ。


 ソレーヌ以外にもあの森に取り残された妖精族達がたくさんいると考えると早急に行動しなくては取り返しのつかないことになるかもしれない。それに、他国のギルドももしかしたら動いてくれるかもしれない。勝てるかは分からない。しかし、動かなくてはソレーヌの苦労も無駄になってしまう。俺たちがやるしかないのだ。


「ソレーヌ、俺たちを森へと案内してくれないか?」


「そ、それってつまり……戦ってくれると言うことですか?」


「ああ、ソレーヌがあんなにボロボロになって頑張ってSOSをしてくれたんだ。その頑張りを俺たちが応える。みんな、大丈夫か?」


「勿論よ!」


「私もです! 四神の好きにはさせません!」


「オイラもお留守番する用意はできてるぞ!」


 どうやらパーティメンバーの意見は朱雀の討伐に向かうで全会一致のようだ。

 俺たちの様子を見て、ソレーヌは目に涙を浮かべ、堰き止められなくなった涙を溢しながら俺たちにまた頭を下げた。


「ほ、本当に……ありがとうございます‼︎」


「じゃあ、早速行こうか」


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