第三十八話 再び旅

 卒業式から二日後、校門のところに荷物をまとめた四人の生徒と、ドラゴンの先生がいた。

 今日でこのA-2クラスは完全に解散となる。


「この学園から出てしまえば、一部の《技能スキル》を除くほとんどの特殊能力は消えてしまう。だがここでの経験は、少なからず自身の成長として得られるはずだ。今後の君たちの成功を祈っている」


 先生はハヤテの前に行き、手を差し出す。ハヤテは大きなリュックに旅行トランクにスポーツバッグと大荷物だったが、荷物を置いてその手を取った。かたく握手をして「先生もお元気で」と声をかける。


 次に先生が向かったのはナツキだ。彼女はハヤテとは対照的に手ぶらで、めかしこんだ可愛い服装をしている。艷やかな黒髪。ピンと立った猫耳。感情にあわせて揺れる尻尾。ボリュームのある胸元とそれに負けないスタイルの良さ。鍛えた者特有のしっかりとした姿勢。こうやってみると、メローネに負けず劣らず、精巧な人形のような気品と美しさを備えていた。立場上、今まではメローネのお付きの者だったが、その対象がいなくなったために王族の一人として国に帰るのだろう。


 ただ、彼女の表情はそんな優雅なものとはほど遠い、決意に満ちた強い顔をしている。

 彼女も先生の手を取り、かたく握る。彼女はなにも言わず、先生の目を真っ直ぐ見つめ返した。


 最後に、エースとキリの前に立つ。エースとキリはカバンを一つずつ手に持っていた。

 エース、キリの順に握手をすると、キリになにかを差し出した。


「これはちゃんと特別授業を受けたことへの餞別だ」


 それは小さな錠前だった。少し装飾され、アクセサリーのように使えそうだ。

 キリは少し首を傾げながら受け取ると、「うん」と大きくうなずいた。

 先生は一歩下がって全員に向き直り、優しくも力強い声で言った。


「近くに寄ることがあれば来ればいい。話くらいは聞いてやる」


 そして、先生は校舎に戻って行った。

 生徒たちは顔を見合わせ、校門に向かって歩き始める。

 その門をくぐった瞬間、情報系世界特有の制限と拡張された感覚が消えた。もうステータスウィンドウを開くことは出来ない。元々情報系世界出身のエース以外、アイテム欄も使えない。

 ハヤテとナツキは、それほど大きな変化は無いようだった。だが、キリは大きく顔をしかめ、エースはアイテム欄を見て落胆した。


「まだ前に拡張した範囲まで戻んないな。やっぱ《次元士》じゃないと無理か」


 エースは、学園に入ったときに制限されたアイテム欄が戻ることを期待していたが、駄目だったようだ。

 そしてキリは、再び戻った規格外の召喚士としての能力。そしてそれに付随するように聞こえてきた、世界からの雑音に耳を塞いだ。塞いでも無駄だった。


 小さくため息をつき、カバンから鎖とリングの束を取り出す。これで能力を封印し、召喚士の能力としての世界を遮断するのだ。ただ、そうしてさえも完全には遮ることができず、常に不快な気分でいたのだ。


 ふと、さっき先生から貰った錠前を見る。キラリと輝き、特別な力を感じる。

 キリは首に巻いた首輪に、それを着けてみた。


 不意に雑音が消えた。能力が制御され、必要のない情報を切り離すことが出来た。そのための補助として最適な効果を発揮したのだ。

 キリは振り返り、まさに校舎の中に入ろうとする先生の背に、大きく手を振りながら叫んだ。


「せんせー! ありがとーー!」


 先生は振り返りこそしなかったが、最後に残った尻尾をユラユラと揺らしてみせた。

 エースはそんなキリの様子に、少し安堵し、息を吐いた。そしてハヤテに声をかけた。


「ハヤテくんは、このあとどうするんだ? 真っ直ぐ国に帰るのか?」


 ハヤテはうなずいた。


「国に戻って、仲間のために戦うことになるでしょう。ただ、悪人と言われる人にも、なにか事情があるかもしれないって考えたら、少しだけ違った対策ができるかもしれない。そう提案してみるつもりです」


 彼は、親友になりえた友を、犯罪者として失ってしまったのだ。ただそこには、友を責めるだけではなく、なぜそうなったのか、そうならざるをえない理由はなんだったのか。幾度も自問自答し、出せなかった答えを求める、求道者としての光があるように見えた。

 ハヤテなら出来るよ。エースはそう言おうとしたが、それは軽薄な期待をかけることになるかと、少し言葉を選んだ。たいした差は無いとも思いつつ。まだエース自身、立ち直りきれていないかもしれない。


「そうか。頑張れよ」

「はい。エースくんとキリさんは、旅をするんですよね。近くに来たときは、ぜひ立ち寄ってくださいね」

「ああ、絶対行くよ。そのときは、暴力的じゃない仕事を紹介してくれよな」

「え? 仕事? 暴力的じゃない?」


 ハヤテは唐突な話の展開に戸惑う。そう、実はエース自身の旅の目的は、仕事探しなのだ。

 エースは次に、ナツキに声をかける。


「ナツキさんも、国に?」

「そうね。一度は戻ることになるわね」


 彼女が道の先に目を向けると、黒塗りの高級車が待っていた。来たときがそうだったように、帰りも専用車が迎えに来ていたようだ。

 だがそう言った彼女の目には、実家で落ち着くにはするどすぎる決意が満ちていた。


「でも、すぐに旅立つわ」

「メローネさんを探すためにか?」


 エースの言葉に、小さくうなずく。この世界は広い。異世界に繋がりやすい性質を考えれば、無限に近い世界が存在することになる。その中にはきっと、死んでしまったメローネと会える世界があるはずだ。それは死者蘇生かもしれないし、死後の世界かもしれない。もしくは、転生後のメローネの可能性だってある。途方もない旅になるかもしれないが、それはナツキが諦める理由にはならなかった。ポケットの一つを上から手で押さえる。そこには、メローネの遺髪を入れたお守りが入っていた。


「だったら、ここを訪ねてみるといい」


 エースはそう言って、用意していた小さな紙と手紙を渡した。紙には地名とそこへの行き方。そして手紙の宛先は『メキサラへ』となっており、裏にはエースのサインが入っていた。


「ナツキさんの求める答えとは違うかもしれないけど、そいつは意外に博識だし、なにか助言かアドバイスが聞けるかもしれない」


 なんだか胡散臭いものを見る目でそれを受け取った。


「ありがと。期待しないで行ってみるわ」


 それだけ言って歩き出す。顔だけ少し振り返りながら軽く手を振ると、残った三人も手を振り返していた。


「さあ、俺たちも行くか」

「ハヤテくんはどっち?」


 キリが両手でアッチとコッチを指さしながら言う。


「駅に行きます。そこから電車で」

「じゃあそこまで一緒に行こっか」

「よし、じゃあ荷物、一つ持ってやるよ」

「え、いいの? ありがとう!」

「あ、ボクも!」


 エースとキリが、ハヤテのバッグとトランクをそれぞれ持った。

 そのまま駅まで、他愛もない話をしながら歩く。

 ふと、なんとなくキリが呟いた。


「エース、なんとなーくなんだけどね」

「なんだ?」

「なにか、忘れてること、ないかな?」

「そうか? なんだっけ? まだなにかあったか?」

「うーん。まあ、いいか。そのうち思い出すよね」


 それだけだった。

 あとは何事もなく、三人並んで歩いて行く。



 ここは次元の交差点。

 世界と世界の狭間の吹き溜まり。様々な異世界が重なり合う場所である。


 ジョーが忘れ去られていることに気付くのは、もう少し先なのであった。

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