第三十七話 卒業
卒業式。
体育館の前方、壇の上にはそんな横断幕が掛かっていた。
あれから一週間経っていた。《クラスのテーマ》は終了していたが、なんだかんだ事後処理などなどがあって、これだけの日数が必要だった。
その間に文化祭があった。エースたちのクラスは当然参加出来るような状態ではなかった。キリは客として多少見て回ったようだが、ハヤテとナツキはそんな気分にはならなかった。気が付けばいつの間にか終わっていた。
壇には、ダオール先生が立っている。傍らの台にいくつか書類を置いて。
対して体育館には椅子が四つ。たった四つ。広い空間に申し訳ないほどの慎ましやかな間隔で並んでいた。
そこに座っているのは、
エース。
キリカド・ジョカ。
ナツキ・f・フーラー。
シンクウ・ハヤテ。
この四人だった。
「シンクウ・ハヤテ」
「はい!」
先生が名前を呼ぶと、ハヤテが大きく返事をする。真面目な子だ。今はその真面目さだけでもっているようなものだ。
ガラハドが犯人だったことに対して、一番ショックを受けていたのは彼だったかもしれない。
信頼していた友人が、クラスメイトを、仲間を、そして一緒にかわいがっていたコロマルさえも殺していたのだ。
ハヤテが壇に上り、先生から卒業証書を受け取る。
「正義とはなにか、悪とはなにか、わかったか?」
「……いえ、まだ」
「それでいい」
彼は左目に眼帯をしている。顔の傷跡もまだ残っていた。目はいずれ回復するだろう。顔の傷跡は消えるかもしれない。だが、心に負った傷はどうだろうか。
彼は正義のヒーローだ。この学園での出来事を彼なりに消化し、乗り越えられれば、大きく成長するかもしれない。
彼が椅子に戻ると、再び先生が名前を呼ぶ。
「ナツキ・f・フーラー」
「……はい」
ナツキが前に出る。あのとき実は致命傷を受けていて、危うく死にかけていたが、保健室で治療を受けて体はもう大丈夫なはずだ。だが、足取りはしっかりしているようでいて、なぜか今にも倒れてしまいそうに見えた。
ショックという意味では、彼女も相当なものだ。大切な人を失ってしまったのだから。
姉妹のように、親友のように、大好きだった。尊敬していた、憧れてもいた、ずっとそばにいたかった。
そんな人を、失ってしまった。
それだけでも潰れてしまいそうなのに、これから国に帰ったらどうなることか。
護衛という立場でありながら、王女を死なせてしまった。そのうえ本人はおめおめと五体満足で帰って来るのだ。
責任をとって、死罪となるかもしれない。
だが、彼女の実家がそうはさせないだろう。メローネが死んだことで、ナツキの姉が王位継承権第一位になることになる。彼女はその立役者として保護されるはずだ。犯人は殺人鬼だ。彼女自身も殺されそうになった被害者なのだから。
その後はどうなるか。火を見るよりも明らかだった。そんな泥沼の権力争いに巻き込まれたくはない。
なにもかもが憂鬱だった。
壇上に上る。
「世界とは」
先生の言葉にも胡乱な目で証書を受け取る彼女。
「思った以上に広いものだ。どこかに求める答えがあるかもしれん」
「答えなどもう、この世のどこにもありはしません」
「この世だけが、世界ではないとしたら?」
彼女の目が見開かれる。瞳に光が戻りつつあった。
卒業証書を握りしめて、力強い足取りで壇を下りた。
ナツキが元の席に戻るのを待って、先生が次の名前を呼ぶ。
「キリカド・ジョカ」
「はいっ!」
キリが手を挙げながら元気に返事をする。シャキシャキと歩いて先生の前に立ち、証書を両手で受け取る。
「選択と制御を忘れぬように」
「寝てるときはどうしたらいいですか?」
「寝るな」
「頑張りますが、期待しないでください」
「寝ると死ぬぞ。誰かが」
「雪山かと思ったらホラーでしたか」
キリは一礼して振り返り、歩き始める。
てくてくと歩いて席に戻ると、得意げな顔で卒業証書をエースに見せてくる。
「エース」
「はい」
先生が名前を呼ぶ。エースは通り過ぎぎわにキリの頭をクシャっと撫でる。
エースが先生の前に立つが、先生は証書を渡そうとしなかった。
「エースには、殺人の容疑だったとはいえ、しばらく不自由な生活をさせたな」
確かにあの事件の後、昨日まで学校の特別室に監禁されていた。
エースはなにも言わない。
「世界災害対策機関による承認がおりた。リカルドは《五十四番目の大災厄》に認定された。よってエースはリカルド殺害の罪に問われず、むしろ世界を救った勇者として称号を与えられることとなった」
先生がウィンドウを開きなにか操作すると、エースのウィンドウが自動的に開かれ、ステータスの一部、称号の欄がポップアップする。そこに〈勇者〉という文字が追加された。
だが、エースの表情は変わらない。ずっと、無表情に近い暗い顔だ。
「俺はただ、友達を、リカルドくんを殺してしまっただけです」
「そうだな」
簡潔な返答。ドラゴンであるダオール先生の表情は読み取りづらい。
「それだけじゃない。カルロくんもアーチェさんもメローネさんもルカさんも、誰も死なせたくなんてなかった」
「そうだな」
「ガラハドだって、もっと早く手を打っておけば、こんなことにはならなかったかもしれない」
「そうだな」
「……リカルドくんは、……」
エースは大きく二度、深呼吸をして息を整える。
「リカルドくんは、こう言っていました。『ルカもカルロもアーチェもメローネも、そしてこの子犬も全員生き返らせて、ハッピーエンドにする』って。俺はもしかして、リカルドくんだけじゃなく、みんなの幸せな未来を奪ってしまったんじゃないかって」
「それは違うな」
エースの肩がビクリと震える。
「リカルドの能力の詳細はいまだ不明だが、おそらく現在過去未来において何らかの改変を行い、事実を捻じ曲げてしまうものだと思われる。それはいうなれば『運命』を変えてしまうということだ。それは誰にも許されることではない」
「でも、不幸な運命なら無いほうがいいんじゃ……」
「例えば、虎に襲われている兎がいるとしよう。それを見た猟師が慌てて兎を助けたとする。それは死を回避した良い運命に思える。だが虎にとってみればどうだ? 獲物を狩れず巣に帰れば、腹を空かせた子が飢えて死んでしまうかもしれない。一つの出来事でも見方を変えれば幸にも不幸にもなる。それを運命と名付けて、過去を乗り越える一面もあるのだ」
「でも、でも……」
「リカルドの能力で不幸な出来事をなくせたかもしれない。だがそれはリカルドの個人的な価値観に依存してしまう。この能力を使い続ければ、いずれは矛盾が生じ、綻びを生み、世界を崩壊させえることが分かっている。そんな能力の持ち主を、たった一人の犠牲も出さずに止めることが出来たのだ」
エースはなにも言えない。
「後ろを見なさい」
先生は、エースに振り返るよう指示する。
エースはゆっくりと体ごと振り返った。
そこには、残り三人になったクラスメイト。がらんとした体育館に、外から聞こえてくる学園の喧騒がかすかに響いている。
先生がエースの肩に手を乗せる。
「惨劇による被害は小さいとはいえないが、少なくとも目の前の三人、日常を過ごす学園の生徒たち、そしてその外に広がる世界をも救ったのだ。それは誇っていい。お前は良くやったよ」
「先生……」
エースが先生の手を握り返す。それだけだったが、まるでエースが先生に
「その手からこぼれ落ちてしまったものを嘆くこともときには必要だろうが、歩くためには真っ直ぐ前を見なければ道に迷う」
「先生……!」
「見せて回るのだろう。キリカドに、この世界を」
「……! はいっ」
エースは先生に向き直り、溢れてしまった涙を拭う。
先生が手にした卒業証書を受け取り、長く大きな礼をしたのだった。
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