第三十五話 教室へ
エースが校舎を回り込むように駆ける。昇降口まで来たところで、キリに出会った。
「エース! 無事だった!?」
「キリ……本当に……」
「ごめんなさい。なんだか胸騒ぎがして、いてもたってもいられなかったの」
「そうか……」
エースの顔はうかない。状況はリカルドの言葉を辿っているかのようだった。それはつまり。
「教室へ急ごう」
それだけ言って、エースは駆け出した。
「ちょっと待って。リカルドくんは? 見つかったの?」
追いかけてくるキリのセリフを無視し、エースは教室へと階段を駆け上った。
正直、エースの心は冷静ではいられなかった。リカルドの言っていたことは本当のようだった。犯人の正体。キリの行動。
辻褄が、合ってしまう。
となると、この先には明確な死が待っていることになる。
教室に辿り着いたと同時に、教室の扉、ドラゴンである先生のような大きな体格の人でも通りやすいよう大きめに作られた扉を、一気に開いた。
力を入れすぎ、大きな音とともに扉が変形して、外れて廊下に転がった。
血の臭いがした。
それは濃い、死の臭いだった。
教室の中は机や椅子がなぎ倒され、荒れはてていた。教室の後ろには意識を失い口から血を流すナツキが横たわり、前には変身したハヤテがそのヘルメットを割られ、頭から血を流して倒れていた。
そして教室の真ん中、そこには獣人化し、一回り大きくなった人物のしゃがんだ背があった。はちきれんばかりの筋肉に制服のシャツが破れ上半身はほとんど裸だが、その体は獣毛によって覆われていた。
そいつがゆっくりと振り返る。
口の回りを血で赤く染めた、狼に似た顔。それは確かに、ガラハドの面影を残していた。
エースを見たガラハドは生臭い息を吐き、立ち上がる。
「早かったな。いや、遅かったか」
そう言うガラハドの顔は
ナツキとハヤテを軽くあしらったその実力を、彼は自信に変えていた。
口に笑み、瞳に狂気を宿してエースと対峙しようとするガラハドを、しかしエースは見ていなかった。
彼が見ていたのは、ガラハドの足元に転がるモノ。
それは、ルカの死体だった。
明確に死体だった。腹を切り裂かれ、内臓が散らばっている。口から大量に血を吐いたのであろう顔は、絶望に目を見開いたまま。そして片足の太ももには大きな噛み跡。大きく肉をえぐり取られ、ちぎれそうになっている。
それを見てそれでも何も言わないエースを、ガラハドはショックを受けているのだと思った。あまりの光景に声も出ないのだと。
今こそ好機。
ガラハドは取り出した釘バットを振りかぶる。
瞬間後、飛び出しながらそれを振り下ろす。しかし、全く届かない位置から振られたそれはフェイント。手を離し、投げつけた釘バットを避けるためにエースが動いたところを、渾身の突きで仕留めるつもりだ。
拳は握らない。今や自前の爪が最高の凶器だ。
野生の血が騒ぐ。
コイツならどうだ? オレに最高の瞬間をもたらしてくれるのか?
エースがピクリと反応したとき、ガラハドはここにいたる経緯を思い出していた。
最初は事故だった。
文化祭の準備なんて面倒だった。学園生活は今までにない刺激があったが、彼が求めているものではなかった。
少しだけ困らせてやろうと思っただけだった。ちょっとしたイタズラのつもりだった。
彼が担当した、入り口に飾るはずの鳥居に細工をして、壊れやすくしたのだ。どこかのタイミングで誰かが壊したら、それをネタにひと騒ぎ起きるかと思ったのだ。
あの日、屋上でサボっていたとき、ハヤテが探しに来たのは後々考えたらいいアリバイ工作になった。
実際はハヤテがいなくなったあと、彼もすぐにそこから移動していた。適当に他のクラスを見て回っていた。そのとき、たまたま急いで階段を駆け下りている人の気配を感じた。それが誰だかは分からなかったが、自分のクラスの方から来たようだった。
直感的に、教室でなにかが起きたのだと思った。
教室に戻ってみると案の定、鳥居が壊れ、それをカルロが見ていた。
ガラハドは笑いそうになるのを堪えながら、教室に入った。
自分の作った物が壊れているのだ。それを嘆き、怒りのセリフを口にする寸前だった。
「なんでこんなことをしたんだい?」
それを言ったのはカルロだった。突然のことに一瞬理解が追いつかなかったが、それはガラハドがわざと壊れるようにしたイタズラに対してのものだと分かった。
彼はガラハドを責めた。いや、彼にそんなつもりは無かったのかもしれないが、ちょっとしたイタズラを正論で詰められると、ガラハドの逃げ場は無くなっていた。討論では勝てないと思ったガラハドは、それに背を向け無視しようかと思っていた。
そもそもなんでバレたんだ?
そう考えたとき、カルロの能力に思い至った。
コイツ、本当に人の心が読めるのか!?
その瞬間に感じたのは、心を読まれることに対する羞恥であり嫌悪であり、恐怖だった。小さな子供っぽいイタズラ心を、それ以外の感情を、読まれているとしたら。
それはただの脅しのつもりだった。振り返りざまに釘バットをぶん投げていた。カルロの顔の横を通り過ぎて壁に穴でもあければ、ビビるかと思ったのだ。
しかしそれはカルロの額に命中し、釘の一本がそこに穴を穿っていた。
衝撃で後ろに倒れたカルロは、それきり動かなくなった。
そんなつもりは無かったガラハドは慌てた。目撃者を心配し、見回す。教室の扉は閉まっている。窓からは見えるかもしれないが、ここは三階。近くから中は見えないし、中が見えるほど遠ければ、わざわざ見ている人はいないだろう。それでも気になり窓からこっそり外を見ると、ちょうどキリが体育館に入っていくところだった。角度的にカルロとのやり取りが見えたとも思えないし、そんな風でも無かった。
次にカルロを確認した。慎重に釘を抜くが、釘にはべっとりと血が付いている。その傷口を見れば、凶器は一目瞭然に思えた。
凶器を誤魔化す必要がある。なにかないか。その目に止まったのは工具箱。その中にあったプラスドライバーがちょうど良さそうだった。
指紋を付けないようにハンカチで包んで慎重に取り出す。それをカルロの傷口に当てた。さすがに少し躊躇った。さっきのは事故だったが、これは明確に故意だ。しかし、もう迷っている状態じゃない。ガラハドは釘よりも長い傷を作るために、一気にドライバーをねじ込んだ。
カルロの体がビクンと小さく震えた。だがそれだけだった。
明らかな凶器となったドライバーを工具箱に戻し、蓋を閉めておく。
次にこの死体をどうにかしないといけない。だが、なにも思いつかなかった。取りあえず、少しでも発見が遅れれば、それだけ他に容疑者が増えるかもしれないと、その程度の考えで、カルロの体を掃除道具入れのロッカーに隠した。その作業の合間に、カルロの左手から邪龍の入れ墨が逃げ出していたのだが、それに気付いてはいなかった。
死体をロッカーに隠すのは思いの外大変だった。なんとか隠し終え、床にカルロの血が垂れているのに気付いたとき、外で騒ぎが起きていた。
邪龍を見てとっさに考えたのは、このドサクサに紛れれば、なんとか誤魔化すことが出来るかもしれないということだった。
二人目、アーチェだけは、彼が自分で殺すと決めた。
彼女は、校内でいろんなものを見ていた。もしかしたら、校舎の中をうろついているところを見られていたかもしれない。自分の話題になる前に、彼女の話をさえぎった。
どうしようか。今のところ彼女が犯人の有力候補として軟禁されているが、当然犯人じゃないから、すぐに開放されるだろう。そうすれば、自分の話の矛盾を突かれるかもしれない。『説明するのがめんどくさかっただけだよ』そんな言い訳でみんなは納得するだろうか。
悩み、眠れぬ夜。ベランダに出たときにそれは起こった。
満月。それを見上げると、自身の体に今までにないパワーを感じた。こみ上げる力が暴走しそうになり、抑えるのが大変だった。
思えば、あの邪龍戦のときからそうだった。今までの実力以上の力を発揮していた気がする。
そんな混乱した中で出した結論は、やっぱり殺そう、だった。
アーチェがガラハドの行動を知っているかどうかは分からないが、万が一にも殺人犯だとバレるわけにはいかない。
問題は、どうやって殺るかだ。
彼女は軟禁されている。なら、自殺に見せかけるのが一番か。扉を開けさせない仕掛けは扉の外だ。問題無い。もし扉に鍵がかかっていたとしても、普通にノックでもして、事件に関する話があるとでも言えば、開けさせることは出来るだろう。
あとは、今まで自分のためだけに使っていた《技能》。確か死亡推定時刻は、体温の変化とかで算出していたはずだ。オレの《技能》なら、それを誤魔化すことも出来る。
なんだ。簡単なことじゃないか。
それが実現可能だと分かったときには、彼女を殺す以外の選択肢は残っていなかった。
まさか、鉛筆の向きや首の絞め方で『自殺の線』を消されるとは思ってもみなかったが。
その後、自室に戻ってから確認した。疑問は、確信へと変わった。
レベルが上がっていた。
つまり、人を殺せば、強くなれるのだ。
彼の心は、罪悪感と興奮をないまぜにして乱れていった。
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