第三十四話 世界の一部
「……えっ?」
リカルドが、そしてその剣の柄を持つエースが、その事実を見下ろしていた。
認識を正しく得た瞬間、エースは思わずそれを引き抜いてしまった。
リカルドは、自分の体を支えることが出来ず、そのまま後ろに倒れた。衝撃で、左胸のポケットに入っていたものが、その切り口から飛び出して落ちた。
「なん……で?」
「リカルド!!」
エースが慌てて駆け寄り、胸の傷口を押さえる。しかし、貫通した傷口から血液があふれ、地面に大きな血溜まりを広げていく。
「ああ、エースくん、ありがとう。きみは本当にいい人なんだね」
焦るエースに、むしろ穏やかな笑みを浮かべて、リカルドがささやく。
「リカルドしっかりしろ! まだ……なんとか……」
「無駄だよ。わかるだろう? 完全に致命傷だよ。もう助からない」
そんな二人を見ながら、ジョーがリカルドの胸ポケットから落ちた物を拾う。
血に汚れたそれは、エースが学園に入ったときに持っていた御守り。紙切れが中に入っていて、五百円玉のような大きさの透明な物質に覆われた御守りだった。
だけど今はそれが真っ二つに割れていた。
中に入っていた紙切れ。そこに書いてあった文字の一部と句点。その句点、つまり『。』の真ん中を『
ジョーはそれを握って砕くと、その辺に投げ捨てた。
「リカルド……リカルド……」
エースはもう、かける言葉を失っていた。謝っても仕方ない。励ましてもしょうがない。全ては終わり、あとは時間の問題だった。
リカルドがあなたを見上げる。
「ああ、結局、読んでしまったんだね。あれだけ言ったのに」
うわ言のようなそれを、エースもジョーも聞いてはいない。いや、聞いてはいるが、意味を理解出来ない。
「まあ正直、気持ちはわかるよ。僕だって《読む者》だからね」
それは皮肉か冗談か。
「でもこれで、確実に一人。そしてすぐに二人目の死を読むことになる」
あなたを見るリカルドの目はうつろだ。だんだん見えなくなってきているのかもしれない。
「そうなれば、君が死を確定したことになる。つまり、君が殺すようなものだ。わかるだろう?」
リカルドの声が小さくなっていく。
「え? 約束が違うって? 僕が物語をハッピーエンドに書き換えるはずだったって? そうだね、そのつもりだった。でも、無理だった」
ふふっと笑う。
「本当に確実に、それが出来るなら、読まないで、なんて、言わないよ。悔しいけどさ」
リカルドは最後の力を振り絞る。
「エースくん」
「っ! なんだ!?」
「教室だよ。犯人は教室にいる。僕のせいで、僕が世界の、学園の敵になったせいで、キリさんと先生が、教室を出ちゃったんだ。本当はもう少し先のはずだったのに、早まっちゃった」
リカルドが大きく息を吸う。苦しいのか、別の意図か、胸を押さえるエースの手に自分の手を重ねた。
「犯人は追い詰められていた。だから、これを最後のチャンスだと思ったんだ。ルカはもう無理だけど、ナツキさんとハヤテくんは、まだ間に合う。行ってあげて」
それが最後の言葉だった。重ねていた手が滑って落ちる。
同時に、開いていたリカルドのステータスウィンドウがひときわ強く輝いて、しかし次の瞬間には光の粒子へと弾けて消えた。
無言。誰も何も言えなかった。
静寂が辺りに満ちた。
だが次の瞬間、いきなり辺りにざわめきが生まれた。そう感じた。
リカルドが死んだことで、本来の世界のあるべき姿に戻ったのだ。
いつの間にか、雨は止んでいた。
突然、ジョーがなにかに感づいた。
「ヤベェ、アイツらが、来る」
「あいつら?」
「オレ様のクラスメイトだ。どうやらここまでみてーだな」
ジョーがせわしなく辺りを見回す。
「ゲッ! 例の木、無傷じゃねーか! こんなところで出くわしたら、どんなことになるか……」
ジョーが思わず身震いする。
「すまねーがオレ様は行くぜ。あとは任せた!」
それだけ言って、走り去っていく。
本来の学園のルールが戻っていた。
それはつまり、リカルドが学園のルールを超えた存在だったことの証明でもあった。
エースは、リカルドの体を抱え上げた。このまま人目につくところに置きっぱなしには出来ない。とはいえ、保健室まで運ぶ時間もない。
取りあえず、犬を飼っていたのだろう木の下まで運んだ。その隣に、犬の遺体も一緒に並べておく。
少しの間だけ、それを見ていた。うつむいたエースの顔は見えない。
だが、あまり時間を無駄に出来ない。
振り切るようにして、エースが踵を返し、走り出す。
雫が一つ、雨と血に濡れたリカルドの手を叩いた。
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