第三十ニ話 ありえない力

 リカルドは自分のステータスウィンドウを確認する。そこには《消す者イレイザー》。そして『ほんの少し』とある。役割に対しての技能というよりは、《読む者リーダー》のときのように、役割自体の強さを表しているようだ。


「まずは自分の力を確認する」


 彼がそういい終わるかどうかというタイミングで、ジョーの作り出した斧と剣と鎌が殺到する。リカルドの戦闘能力では避けきれず、同時に体に   さる。


「どうなってやがんだ!」


 思ったような結果にならず、ジョーが叫ぶ。エースも思案するが、明確な答えは出ない。


「認識阻害か、幻影か、とにかく厄介だな」

「危ないな、まだ消せるのは数文字程度か」


 そう言うとリカルドはシャベルをしまって剣を取り出し、構える。


「まずはどこまで出来るか確かめる!」


 リカルドは、槍を構えたジョーに向かって突きの体勢で走りよる。

 対するジョーは、リーチにまさる槍を繰り出した。その切っ先をギリギリでかわし、カウンター気味に剣を突き出そうとするが、錬金術によって十字に変化した槍の穂先に腕を   かれた。それでも無理矢理突き出した剣は、あっさり   れる。


「文字数制限がキツい。それに、僕の攻撃が避けられた事実を消しても、当たったことになるわけじゃないみたいだ」


 リカルドは一度間合いから離れ、切られたはずの腕をさする。

 ジョーとエースは彼の能力を警戒し、迂闊に近寄れないでいる。


「今の、見えたか?」

「いや、見えなかったというか、確認出来なかったというか。超スピードでもなさそうだし、時空でも操ってるのか。まるで……」


 エースはそこから先を言葉にしなかった。あまりにも陳腐に思えたからだ。

まるで、なんて。


「消した一文の中では直接変化はしないのか。セリフを挟むか、最低でも段落が変わらないと、展開までは変化しないみたいだ」

「んで、さっきからわけワカメなことをブツブツ言ってんのはなんだ? 頭“イカれ”てんのか?」


 そう言う“ジョー”のセリフには挑発の意味もあったのだろうが、能力を把握するので精一杯のリカルドは、それどころではなかった。


「セリフはまだ消せない? 登場人物キャラクターを直接消すことも無理だ。消せるのは今のところ地の文だけ。多分、こう、存在感というか、存在力みたいなものが強いと消せないのか」


 ええ!? それって地の文には存在感が無いってこと!?


「物語そのものであっても、しかし物語そのものを変化させる影響力を持たない。物語を動かすのは、常に登場人物だからね」


 ひ、ひどい。いや知ってたけど。

 エースが油断なく構えながら言う。


「言ってる意味はわからないけど、自分の能力を声に出して分析してるみたいだな」

「なんで自分の秘密をわざわざ喋る? ハンデかなんかのつもりか? バカにしやがって」

「そんなつもりは無いよ。能力に曖昧さを残したいんだ。セリフならいくらでも言いなおせるけど、地の文で説明されるとそれをくつがえすのは難しいからね。先にセリフで言っておけば、わざわざ地の文では繰り返さないだろ」


 地の文の役目、取らないでもらえる?

 そのとき、リカルドのステータスウィンドウが淡く光を発した。《技能》の『ほんの少し』が、『少し』に変化していた。

 エースとジョーは悪寒を感じた。理解出来ない力が、その強さを増した。実感だけがそこにあった。


「もう四の五の言ってらんねぇ!」


 ジョーがたまらず飛び出す。エースもあとに続く。

 そこに向かって、リカルドがアイテム欄から再び取り出したシャベルを投げつけた。しかしそれはやすやすと     。

 お返しとばかりにジョーも手に持った槍を投げつけ、代わりに大剣を手にして迫る。リカルドは槍を避けようとするも左肩を   、続く大剣も受けきれず、体を  するほどの傷を   。


「この人強い!」


 皮肉かコノヤロウ、というジョーのセリフよりも速く、エースが迫っていた。

 リカルドはカウンター気味に、エースに向かって渾身の力を込めて剣を振り下ろす。

 エースはジョーから受け取った で下からすくい上げるようにしてそれを   。


「っ!!?」


 突然、エースの手の中にあったはずの剣を認識出来なくなり、リカルドの剣を防ぐ手段を失った。が、迫りくる剣を掌底で横から  、ギリギリで刃を      。

 エースは瞬時に後退する。


「やっぱり攻撃が避けられた事実を消しても、当たったことにはならないか。予想はしてたけど、《書く者ライター》がないと、自分の身体能力で出来る範囲を越えられない」


 ジョーは振り下ろした  を へと変化させ、一気に斬り上げる。


「でも、一般名詞、それも術で創り出したような、存在の曖昧なものなら消せることがわかったのは収穫だ」


 ジョーは自分の術が打ち消されたと思い、錬金術で創り出した     を確認する。


「なんだと……」


 いつの間にか無くなっていた。無くなったことにも気付けなかった。


「でも残念なのは、『〇〇を消す』ってことをまだ能動的に出来ないことだ。多分、『読者』が物語を認識する瞬間に、物語そのものを消す能力だから、消す能力で新しい物語を作ることが出来ないってことなんだろう」


 でないと物語が不自然になってしまう。ってこと?


「ジノブ、頑張って」


 無茶言わないで!? こっちは消されてる身だよ!?


「ハッ! 一回や二回オレ様の術を破ったくらいでいい気になるなよ!」


 一度離れたジョーが、近くの木を蹴り飛ばす。蹴った木の幹が錬金術によって変化させられ、幾本もの木の杭となってリカルドへと殺到する。さらにジョーは地面を踏みつけると、地面を伝わった術がリカルドの足元の地面を、複数のトラバサミへと変化させた。


「うわぁ!」


 慌てて跳び上がったリカルドの足を、トラバサミが追いかける。宙で彼の足を    と、逃げられないように地面に引きずり下ろして    。そこに木の杭が襲来。リカルドはなすすべもなく体を   、地面に     れた。

 ジョーの攻撃は止まらない。さらに地面から複数の石の槍が    れ、いつの間にか手にしていた石を手裏剣に変えて    、トドメになけなしの練氣術で練った氣でリカルドの頭上にギロチンを創り出し高速で落下。リカルドの      。


「何回殺す気なの!? 躊躇ためらいとか無いわけ!?」


 リカルドは肩で息をしていた。判断を誤ると一撃で死ねる攻撃を連続で対処していることもそうだが、《消す者》の能力を使うこと自体も、無制限に出来るわけではないのだ。それなりに消耗している。


「体力には自信がねーみてーだな」


 ジョーはそれを弱点と見て取ると、息を整えて構える。

 リカルドも身構える。


「創られたのを見てから対処してたら間に合わなくなりそう。だから」


 ジョーが連撃で一気に勝負を決めるつもりで      。地面が、植物が、壁が、無数の武器へと変化する。

 ジョーが    と同時に、それらがリカルドに向けて順番に      。


「……は?」


 ジョーは困惑した。自分は攻撃したはずだ。       を時間差で使うことで、ヤツの体力を奪うつもりだった。それが、行動そのものが、無かったことにされていた。

 リカルドは胸に手を当てている。


「焦った。固有の技能を直接消せなかったときはどうしようかと思ったけど、先読みで行動を自体を消せたのは良かった。カルロくんとハヤテくんがやってたカードゲームみたいだったな。それにしても自分の能力とはいえ、消すと直後の展開が変わるのは、知らない未来を読むようで楽しい代わりに対応が際どいな」


 つまり、


「僕が地の文を消す。結果が変わるから物語が変化する。変化した物語が地の文として現れる。それを『読者』が読む前に僕が読んで、必要ならさらに消して、物語が変化してってこと」


 地の文の役目を取らないで!

 リカルドのステータスウィンドウがまたも光る。

 『少し』が、『それなり』に変化していた。

 次の瞬間、エースが剣を構えて突撃。リカルドがとっさに防御した剣を、再び“剣”で    そうとした。


「え!? 消えない!?」


 エースの持っている剣は、『偽りの達人マスターフェイク』だった。


「存在力の強いものは、まだ消せないみたいだな」


 そう言ったエースは、覚悟を決めたようだ。

 しかし、その判断は遅かったかもしれない。

 エースが剣を   。それは常人には見極められない神技の域。無数の剣閃がリカルドを    。それでもまだリカルドの急所を、致命傷を避けていた。覚悟は決めても、諦めたわけでは無かった。


「紫電剣閃……」


 必殺の一撃を   。いや、殺しはしない。当て方さえ間違えなければ、命までは。

 エースの     。音速を超えた無数の斬撃が   を  、リカルドを    に    。


「いや死ぬって!!」


 リカルドが叫ぶ。

 しかしエースは       。効果が無かったとみるや、              。


「ぐっ……」


 気付くと、ほとんど動いていなかった。これまでは過程や結果が無いことにされていたが、今では行動そのものを無かったことにされていた。


「こんな攻撃を初っ端からやられてたら危なかったな。エースって、とんでもなく強かったんだな。消せる文字数もだいぶ増えたけど、まだ制限がある以上ある程度節約はしないとね」


 リカルドは興奮していた。自分の能力が目に見えて強くなっていく。


「間に合うかもしれない。ルカが殺される前に、全てを消して、書き直すことが、出来るかもしれない」


 リカルドは笑っていた。しかしそれは、禁忌を犯すことを自覚した、狂気の笑顔。深淵から覗く異形のような顔だった。


「エース、どうする。なんか手があるか?」


 ジョーのセリフにエースは小さく首を振った。


「考えてるが……」


 遅すぎたかもしれない。後悔ではないが、焦りを感じ始めていた。


「ここからは、あまり影響の無さそうなことも、出来るだけ消していこう。どうせ最後には全部消して書き直すんだ。今のうちにやっちゃおう」


 リカルドは   力を    利用し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る