第三十一話 敵 そして禁忌を犯す

「急にそんなことを言われても納得できないだろうから、少し説明させてもらいたい」


 リカルドはを見て言う。


「まずはことわりを言わせてくれ。からは直接を認識することが出来ない。だから、呼びかけるときには『きみ』と呼ばせてくれ。英語で表すなら『You』だ」


 突然そんなことを言い出したリカルドを、エースは少しでも理解しようと見守っている。


「なぜ読むのをやめて欲しいか。それは、このまま読み進めると、さらなる殺人が起こってしまうからだ」

「どういうことだ!?」


 エースの問いには答えず続ける。


「だけど、ここで読むのを止めれば、それは起こらないで済む。なぜなら、物語というのは、読者が認識してこそのもの。逆に言えば、読まれなければ永遠に起らない。そういうものだから。とは言っても、結末は知りたいだろう。だから僕はこれから、禁断の行動に出る」


 少し、困ったような顔をした。


「ネタバレをする」


 他の二人は話に置き去りにされている。


「このあと僕は犯人の名前と、事件の簡単なあらましを語る。もし犯人の予想をしているなら、今決めておいてくれ。今のところ共犯はいない、犯人は一人だけだ。さあ誰だろうね」

「リカルドくん、ふざけてるのか?」

「ああ、エースくん、そうじゃないんだ。これは、必要な前置きなんだよ」

「なんでリカルドくんがそんなことを知っている!?」


 エースのセリフは、殺人に関してのものだ。


「読んだからだよ。全部」


 リカルドのまとう雰囲気が徐々に変化していく。具体的にどうとは表現が難しいが、激しい存在感とでも言おうか、そこにいるだけで重圧プレッシャーを感じるほどだ。


「おい、気付いてるか、周りの様子がおかしい。まるで……」


 ジョーが珍しく焦りを感じさせる声色を出す。


「ここだけ断絶されてるみてーだ」

「エースくん、僕の《役割ロール》と《技能スキル》、その意味がやっとわかったんだ」


 エースは双方からの板挟みにあっているが、まだ動かないでいる。

 リカルドは自分のステータスウィンドウを開いていた。


「エースくんはこの概念を知っているだろうか。世界記憶概念アカシックレコードっていうんだけど」

「なんとなく、でいいなら。現在過去未来における、この世のありとあらゆる事象を記録した存在のことだろ。伝承によって、石版モノリスだったり水晶玉だったり。ただ、誰もそんなものの存在を確認してはいないはずだ。」

「そうだね。そのはずだった。でも、この世界においては、別の表現が存在したんだ」


 リカルドが表示したウィンドウの中には、《技能》の欄に《全て》とあった。


「この世界は、物語だったんだ」


 そのセリフに、エースもジョーも反応が出来ない。


「物語だから、僕たちはその中の登場人物キャラクターだし、あらかじめストーリーは決まっている」

「それは、人はそれぞれが自分という物語の主人公だ、とかそういう」

「そうじゃない。物語があり、その中にいるんだ」

「コイツ、本格的にヤベェことになってんぞ」


 ジョーのセリフは流される。


「つまり、この世界においての世界記憶概念アカシックレコードとは、物語そのもののことだったんだ」


 二人は話についてこれない。


「だから、物語で語られなかったものは僕にもわからなかったし、逆に誰も話題にしなかったけど説明はされていた裏設定を、知っていたりしたんだ」


 リカルドは胸に手を当て、大きく深呼吸する。


「ここまでは、物語の中でも犯人の名前が出てこなかった。だから僕にも誰が犯人なのかわからなかった。でも、これから先を含めた物語の全てを読んだ結果、当然犯人もわかったし、結末まで知ってしまった」

「本当に犯人が、わかったのか!?」

「わかったよ。当然、僕じゃない」

「もったいぶるのはやめてくれ、いったい誰なんだ?」


 リカルドは意を決して言った。


「犯人は、ガラハドだ。彼が人狼だよ」

「そう、なのか」


 誰が犯人でもおかしくなかった状況。だからこそ、簡単に納得出来なかった。


「最初、カルロくんのときは事故だった。ちょっとしたいたずらに正論で返されて、カッとして投げた釘バットが命中してしまったんだ」

「そんな説明で納得しろと?」

「エースくんは覚えているかな。ガラハドが唯一認めて言ったのが、キリさんが体育館に入るのを見たってこと。でもガラハドがいたはずの屋上に実際に行ってみたら、体育館の入口は角度的に見えなかった。じゃあガラハドはどこでキリさんを見た? 教室だよ。カルロくんを殺してしまった直後、誰かに見られてないか見回したときに、たまたま見かけたんだ」


 エースは記憶を探る。屋上て見た風景、確かにそうだった気がする。


「アーチェさんのときも当然ガラハドさ。殺したのは早朝。犯行時間は、彼の《技能》で誤魔化した。彼の身体強化能力の《熱血》は他人にも付与出来るんだ。物理的に熱を発生させて血の温度を、体温を上げる彼の《技能》をね」


 リカルドはさらに続ける。


「メローネさんは、犯人に気付いたんだ。だから呼び出して説得しようとした。でも、もうあとに引けなくなっていたガラハドは、彼女を殺すしかなくなってしまった」


 ふぅ、と一息ついた。そのあと大きめに息を吸う。


「そしてこのあと、ルカが、殺される」

「ルカさんが!? どこでだ! 急げばまだ」

「間に合わないんだ! もう……手遅れなんだ」


 リカルドの目に、涙が一筋。ただそれは、雨に紛れて誰にもわからなかった。


 そしてリカルドはに語りかける。


「だから今僕に出来るのは、その場面を、に読ませないこと。に読むのを諦めさせるために、手を尽くすことなんだ」

「さっきからいったい誰に話しかけているんだ!? そんなことより早くルカさんを!」


 エースがついにリカルドの謎行動に言及した。が、リカルドは取り合わない。言っても理解されないからだ。


「だけど、僕はその結末は受け入れ難い。だから、僕は結末を変える」


 リカルドが表示したウィンドウに、変化が現れた。


「ガラハドを捕まえ、ルカを、メローネさんを、アーチェさんを、カルロくんを、そしてコロマルも生き返らせて、ハッピーエンドにしてみせる」


 リカルドは傍らの子犬を見つめていた。


「いったい、なにをするつもりだ?」


 そう言ったのは、ジョーだ。


「初めてだけど、やってみよう」


 リカルドは前髪から流れる雨を拭い、髪を両手でかき上げた。しかし止まない雨が、すぐにまた顔を   た。


「出来た。濡れてないな」

「なにが起きた?」


 エースにもジョーにも、それが認識出来なかった。しかし、不自然であることはわかった。


「僕の《役割》が進化したんだ」


 リカルドの変化したウィンドウには、《読む者リーダー》の隣に《消す者イレイザー》という文字が出現していた。


「僕の《役割》はまだ進化する。このあと《書く者ライター》、そして《編集する者エディター》になる。その前段階として、まずは消すことから始める」


 突然飛来した槍が、リカルドの と近くの木を貫いた。


「危ないな。危うく死ぬところだったよ?」

「なんで当たってねーんだ」


 ジョーだ。これ以上はヤバイ。手に負えなくなる前に、と前触れ無しに放った槍は、過程を消されて結果を残せなかった。


「さあ、わかっただろう? 僕はこの物語を改変し、ハッピーエンドで終わらせる。犯人を捕まえ、死んだ人を生き返らせる。いや、そもそもこんな悲しい物語にならないように、最初の事故を無かったことにする。ガラハドがカルロを殺してしまったことじゃない、僕が鳥居を壊してしまったことをだ。僕自身の行動ならさらに改変も容易なはずだ。だからもう一度、にお願いする」


 リカルドが真剣に、悲しみを込めて、怒りを込めて、希望を込めて、憎悪を込めて、願いを込めて、その言葉を口にした。


「今ここで、ここまでで、もう読むのを止めてくれ」


 ジョーが、戦闘体勢をとった。練氣術で放った氣を錬金術で様々な武器に錬成すると、十本ほどの武器が周囲に浮かんだ。ジョーも強くなっていたようだ。


「もし、これだけ頼んでも読むのを止めないなら、僕はを、恨むよ」


 エースはそれでも、まだ少し待ってくれとジョーを抑える。


「初めて、知らないで読んで、人が死んでしまうなら、しょうがないといえる。でももうは、このあとルカが殺されると知っている。その上で、それを知った上で、その物語を確定させてしまうなら、それはが」


 リカルドの、を見る目は、絶望へ至る深淵を覗いている。


が、ルカを殺すことと、同じことだ。僕は、ルカを殺す者を、許しはしない」

「リカルド、俺は敵じゃない! なんでも協力する! だから話してくれ。リカルドのやりたいことを!」


 リカルドはそう言うエースを、悲しい瞳で見つめる。


「もう手遅れなんだ、エースくん。僕はもう、エースくんの仲間にはなれない。これから僕がすることを、許してもらうことは出来ない。この物語の登場人物にはね」


 エースは、奥歯を噛みしめる。

 ジョーがエースに剣を差し出すと、その柄を掴んだ。

 ゆっくりとその剣を構える。


 エースもわかってはいたのだ。彼はもう、世界の敵と成り果てていることを。


 倒すべき敵であることを。

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