第三十話 それはありえないお願い

 ザラザラと土をかき分ける音が聞こえる。少し離れたところから声をかけた。


「リカルドくん! そんなところでなにをやってるんだ」


 リカルドは一度振り返ってエースを確認するが、すぐに作業に戻った。


「どうしても……確かめないと、いけないことが、あるんだ」

「いったいなにを……」


 どうやら彼はシャベルで穴を掘っているようだ。土を掻く音がリズムよく聞こえる。が、急にリカルドがその手を止めた。


「本当に……本当にあるなんて」


 なにかを掘り当てたようだ。エースたちの場所からはよく見えなかったが、リカルドはそれを抱きかかえて、穴の外へと優しく置いた。


 それは子犬の死体だった。


 リカルドは穴から上がり、その子犬の死体を優しく撫でていた。泣きそうな顔で。


「リカルド、説明してくれないか」


 エースの問いかけに、彼はゆっくり立ち上がる。


「わからないんだ。僕にも、なにがなんだか」

「その犬、君が殺して埋めたのか」

「そんなわけないだろ!」

「ならなんでそんなところに犬の死体が埋まってるなんて知ってたんだ?」

「それは……」

「他にも、アーチェさんの部屋の扉を止めていた鉛筆の向きとか、メローネさんとナツキさんの関係だとか、犯人や本人たちしか知りえないことを、どうやって知ったんだ」

「そんなの、僕にも……わからないんだよ」


 雨に濡れながらそう訴えるリカルドの姿からは、嘘で誤魔化そうとしているようには見えない。


「自分の記憶に自身がないのか?」

「うう……」


 ハッキリと言葉にはならなかったが、だからこそその意味は明白だった。


「もしかしてリカルド、君の《技能》で読めるのは、『人の心』なんじゃないか? そして、無意識に読んでしまっていることで、記憶が曖昧になってるんじゃないか?」


 エースの仲間の中にもいるのだ。超能力で他人の心を読み、他人の過去を追体験することで自己と他人の境界線が曖昧になってしまう危険性を認識していて、細心の注意を払っている者が。


「ち、ちが……いや、まさか、そうなの……か?」

「その上で他人の思想に影響されて、二重人格のようになり、自分の知らない間に犯行を重ねている。そんな可能性はないか?」

「そんな馬鹿な。少なくてもカルロくんのときは、ルカと一緒にいたんだ。絶対違う!」

「他の人のときはどうだ? その犬は? 犯人の心を読んでいるのなら、いったい誰の記憶なのか、わかるはずじゃないか? それがわからないのは、自分の記憶、だからじゃないか?」

「ちがう。違う違う!」


 混乱の中、必死に否定するリカルド。


「アイツ、ヤベェんじゃねーか。悪い予感がビシビシすんぜ」


 ジョーが心配するが、エースは手をかざして留める。


「わかって欲しいのは、俺はリカルドくんの敵じゃないってことだ。事情があるなら協力する。一緒に問題を解決していこう」


 リカルドは左手を自分の胸元に当てて、訴える。


「そうじゃない! 僕はなんにもして」


 次の瞬間、リカルドの視界が、明が暗に、暗が明に、ネガポジ反転した。


「うわぁぁぁぁ!!」


 リカルドは膝から崩れ落ちた。


「お、おい、大丈夫か?」


 エースの心配の声も届かず、リカルドはわけのわからない感覚にただただ混乱し、打ちのめされていた。幻影のように、学園、出会い、写真、死体が浮かび上がり、ページがめくられるようなペラペラという音が聞こえる。今までの学園生活が走馬灯のように巡り、回る。


「はぁはぁはぁ……」


 それは、時間にすればほんの数秒。しかし変化は劇的だった。

 ジョーが反射的に身構える。


「エース、この感覚」

「大丈夫だ。キリがいる」

「テメェ、コイツも……」


 エースは頷く。


「はぁ、元はテメェのクラスの問題だ。でも、もう無理だと思ったら手ぇ出させてもらうぜ」

「ああ、ありがとう」


 振り返って向けた笑顔は優しい。

 リカルドの方は、地面に膝と手をついたまま、なにかをブツブツ呟いていた。


「……りだ……。…もの…………った」


 彼は泣いていた。それは悲哀であり、絶望。避けられぬとわかった運命に対して。

 握りしめる指が、地面に跡を残す。

 突然、リカルドが立ち上がった。すでに涙は止まっていた。


「物語だった」


 ハッキリとそう言うと、彼はなにかを探すように、視線を彷徨さまよわせた。


「『読者』だよ、探してるのは」


 読者を探していた……え?


「驚かなくてもいい、ちゃんと読めているよ、ジノブ」


 まさか、そんな、今までセリフに対して会話っぽく合わせてみたことはあっても、直接話すことなんてなかったのに。出来るはずないのに。


「お願いだ、僕に協力してくれないか、ジノブの協力が必要なんだ」

「アイツ、いったい誰と話してんだ?」


 ジョーが気味の悪いものを見るようにしていた。


「リカルドくん、なんのことだ? 《読む者リーダー》は自分自身だろ。誰のことを話してるんだ?」


 リカルドはそれを無視した。

 そしてリカルドは、


にお願いがある」


 真剣な表情で、いつになく力強く言った。


「これ以上この物語を読まないでくれないか」

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