第二十九話 たまには出てくる

 ザクッ……ザクッ……。


 降りしきる雨の中、シャベルが土に突き刺さる音が響く。一度掘り返されているためか、比較的楽に掘れている。とはいえ土砂は重い。すぐに息が切れ、全身の筋肉が悲鳴をあげ始めている。

 それでも、掘らなければならない。確かめなければならないことがある。


 いったいなにが起こっているのか。

 自分はなにをしたのか。

 なぜここに。

 なぜ。


◇◆◇◆◇


 廊下の窓を開け、窓枠に肘を乗せて、空から落ちてくる雨粒を、何気なく眺めていた。

 気怠げアンニュイな雰囲気に心を沈めて、吐息はいつしかため息へと変化していた。


 一人だった。他に誰もいない。探しても、探しても。

いつしか足は止まり、視線はぶ厚い灰の雲の向こう。無限の彼方の幻覚を眺めていた。


「エース? なにやってんだ」

「うわビックリした! ジョーかよ、驚かすなよ」

「テメェがボケッとしてっからだろ」


 不意をつかれたエースが珍しく本気のビビリを見せていた。なんなら声をかけたジョーの方もその反応に軽くビビッていたが、それはギリギリ隠し通せた。


「んで、結局なにしてたんだ?」

「いやこれがな、人とはぐれてな。探してんだが見つかんねーんだわ」

「テメェを撒くなんて、相当なヤツだな」

「うーん、多分《技能スキル》なんだよなぁ」


 予想の通りだった。ナツキもメローネと同じ《お忍び》のような、他人に気付かれずに一人抜け出す技能を持っていたのだ。


「そういうジョーの方はどうなんだ? まだ女の子に追いかけられてんのか?」

「まさかオレ様がこんなに逃げ回るハメになるとは思ってなかったが、まあ、もう諦めたよ」


 辺りを見回すと何人かの生徒は歩いているが、あの個性的な女子生徒たちはいないようだった。


「とりあえず近くにはいねーみたいだ。珍しくな」

「へぇ、そんなことがわかるのか? 《技能》かなんか?」

「経験だよ。そんくらい否が応でも出来るようになんだよ。逆に《技能》は使えねぇのばっかだ」

「あるんじゃん。どんなの?」


 ジョーは嫌な顔をしつつも、窓の外を眺めて言う。


「《異性の細かい変化に気付くあれ、シャンプー変えた?》とか《言葉に出来ない感情を読むコイツもしかして……》とか」

「なんだ、案外便利そうじゃないか」


 とは言ったものの、ジョーが使いこなせているのかは疑問だった。


「それはまだいいんだ。最悪なのはこれだ」


 そう言ってジョーがステータスウインドウを開いてみせる。そこにあったのは。


「不利な特徴? 《異性感情反転爆弾製造機》? どういうこと?」

「ある異性が貴方に対し一定以上の好感度があるときに限り、不満が貯まるとクラス内の異性全体の好感度が下がる感情影響型爆弾(イメージ)を抱えてしまう」


 何度もそれを読み込んだのか、説明文がスラスラとジョーの口から流れた。


「なんだそれ。そんなのどうすんだよ」

「どうにかすんだよ。最終的には、この特徴を打ち消してからクリアすることになるんだと」


 あー、ゲームっぽい。でもそれはハーレムエンドへの道なのでは?


「んなことより、テメェはこんなとこでボサッとしてていいのかよ」

「いいわけ無いだろ。こっちなんて人が死んでんだぞ」

「マジか!? まさか、あのガキのせいじゃねーだろーな!」

「キリのことか? それは無いな。あの子はこの学園に来てから、だいぶ視野と世界が広がったよ。術を制御する勉強もしてるし、いい経験になってる」


 いい経験……なのかな。貴重な体験ではあるだろうけど。

 エースは、はぁ、と息をついて、寄りかかっていた壁から身を起こす。


「そろそろ行くわ」


 手を上げて別れの挨拶としようとしたが、意外な答えが帰ってきた。


「じゃあ今日は一緒に行ってやんよ」

「え!? 大丈夫なのか?」


 エースが戸惑うのも無理はない。ジョーとはクラスが別なのだ。今まで他のクラスの様子が全く聞こえて来なかったわけではない。だがお互いに干渉することは出来なかったのだ。それはルールとして、というだけでなく、直接関わろうとするとなんだかんだ邪魔が入ったりして、結果的にお互い干渉出来なくて終わるのだ。

 それが、一緒に行動出来るってのは。


「こうやって世間話くらいは出来るんだ。それが歩きながらってだけなんだから、気難しく考えんでもいーんじゃねーの?」

「そういうもんなのかな?」


 確かに、どこまでが大丈夫なのかなんて検証をしたわけでも無い。いいならいいのだろう。

 なぜだかエース自身、ナツキとはぐれたあたりから、なんだか悪い予感がしていた。そのくせハッキリとした目的を意識出来ない。思考がまとまらない。本調子じゃない感じがする。誰かの手助けを必要と感じていた。

 つまり、ジョーの提案は渡りに船、なのだ。

ダメならダメで、そのときにはそういう流れになるのだろう。


「で、誰を探してんだ?」

「クラスメイトのナツキさんって女子と、リカルドくんって男子だ」

「はあん、そいつらが犯人ってわけか」

「そう……だったら解決は近いんだけどな」


 エースは簡単に、事件の概要、不可能性。クラスメイトの能力などを説明した。


「あー、客観的な意見だけなら、召喚術が一番怪しいぜ?」

「でも当事者視点では、限りなくなさそうなんだよ。まず動機がないし、もしそうだとしても、なんで一晩に一人ずつなんだ? 殺人を自殺に見せかけるだけの能力があるなら、一晩で全員殺すことだって出来るだろ」

「じゃあ魅了の使い手だ。殺されたヤツら以外の全員を操ってれば、どんな結末でも導ける」

「それも考えないといけないんだろうけど、それもなさそうなんだよなぁ」

「根拠は?」

「これは勘」


 ジョーは、ハッ、と笑い飛ばすが、それ以上は言わない。


「じゃあ逆に、他の連中の居場所はわかってんのか?」

「ああ、ナツキさんとはぐれてから、とりあえず教室に顔を出したらな。そこに残りの四人と担任の先生がいたよ」


 そんなことを話していると、昇降口まで来ていた。

 外は相変わらず本降りの雨だ。まだ昼前だというのに、かなり暗く感じる。しばらく止むことはないだろう。


「あー、やっぱあれか、外か」

「だと思うぜ」


 エースはアイテム欄から傘を取り出し、ジョーは氣から錬金術で傘を作った。二人同時にボタンを押し、自動で開く。


 外へ出ると、二人とも申し合わせたように校舎を回り込んて裏に向かった。このときになると、なぜか目的地がわかった。どこへ行けばいいのか、なんとなく感じ取っていた。

 校舎裏は細長い裏庭のようになっていた。といっても、生け垣があったりなかったり、木がまばらに生えていたり、手入れして管理されているわけではなさそうだったが。

 低い生け垣に木の板が置かれていた。通り過ぎ際にチラと見てみたが、その下には空間があり、板は屋根の役割をしていた。そこには餌皿が置いてあったが、それを使う主はいなかった。


 さらに進む。そこにはなんだか気になる木があった。


「あれは……ホントにあったのか」

「なんだジョー、知ってるのか?」

「噂に聞いただけなんだがな、なんでもその木の下で告白してOKされたら永遠に結ばれるっていう伝説の……」

「待て、いたぞ」


 エースの視線の先には、小さな社というか、大きめの祠というか、そんな人工物の後ろ、見ようとして探さなければわからないような隙間で、下を向いてなにか作業をしている人物がいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る