第二十八話 新たな疑惑

 メローネを抱えたナツキを先頭に、校舎の階段を降りていく。どうやら保健室に向かっているようだ。

 その列の最後尾、エースはキリに小声で話しかけた。


「屋上でのナツキさん、どうだった?」

「ボクが上がったときにはもうメロちゃんが倒れてて、ナッちゃんが声をかけながら揺すったり息を確認したりしてた。ナッちゃんが変なことをしてるようには見えなかったし、多分とっくに死んでた」


 言い方に配慮が足りないキリに、教育係のエースとしては思うことがなくもなかったが、今は置いとこう。


「うん、もし彼女がそうだとしても、そんな危ない橋を渡らなくてもいいもんな」


 もしかしたら、全員一緒にいるタイミングで、メローネを発見する可能性だってあったのだ。わざわざ意識だけ奪って放置し、発見の瞬間にトドメを刺す必要はあるまい。


「え? エース、ナッちゃんを疑ってるの?」


 しっ、と口元に人差し指をあてるエース。


「まだ、可能かどうかって段階の話だよ」

「カルロくんとメロちゃんはともかく、アーちゃんはを殺すのは無理じゃない?」


 今のところ、『誰にも出来ない』の謎が残っている。


「それなんだけど、もしかしたら、ナツキさんは誰にも気づかれず、教室を抜け出せたのかもしれない」

「え? どういうこと?」

「さっきのナツキさんとリカルドくんのやり取りで、わかることがないか?」


 うーんと考えるキリ。


「リカルドくんの言葉を、凄い勢いで否定したよね。ん? てことは、リカルドくんの言う得をする人って、ナッちゃんのことだったの? 次の女王様はナッちゃんってこと?」

「ああ、あれだけ仲の良かった二人だ。実は血縁関係でもおかしくない」

「でもそれだけだと根拠薄すぎない?」

「ずっとな、考えてたことがあるんだ」


 話題が変わったのか変わってないのか。


「一昨日見つけたカルロくんのメモに『嘘をついてるヤツらばっかりだ』ってあっただろ、あれ実際誰のことなんだろうってな」

「ボクとエースと、あとはハヤテくん?」

「そう。でも三人で『ばっかり』っていうか? なんていうか、せめて半分は超えたくないか?」

「それがメロちゃんとナッちゃん?」


 エースは頷く。


「メローネさんは多分レベルを低く言ってたんだ。実際、実技試験のときはガラハドくんに勝ってたからな。じゃあナツキさんは? 例の邪龍ジャグナントカと戦ったときの感じから、レベルは申告通りはあっただろう。とすると嘘だったのは」

「《役割ロール》? 《守護者》だっけ?」

「でもメローネさんの血縁者なら、ナツキさんも《王女》だったとしてもおかしくない」

「ふーん。ん? で、それがなにか関係あるの?」

「実は、今朝ナツキさんから聞いたんだ」


 一息呼吸を整えてから言った。


「《王女》には、他人に気づかれずに部屋を抜け出す《技能スキル》があるんだよ。しかも彼女の席は一人だけの一番後ろだ。議論が盛り上がっている最中に大胆に抜け出して寮まで往復し、息も切らせず戻ってくることが出来た、唯一の人かもしれない」


 ◇◆◇


 ナツキはメローネを保健室の先生に任せると、すぐに踵を返して歩き出した。その姿は、エースに犯人かもしれないと疑われているとは思えない、はっきりとした怒りを感じた。メローネを殺した犯人を、必ず、この手で。

 その手でいったいどうするというのか。考えるだに恐ろしい。


 そんな彼女を追いかけるのはエース一人だった。他のみんなは教室に戻ってもらっていた。犯人であるにしろそうでないにしろ、ナツキを放っておくわけにはいかない。そして、本気の彼女を止められるのは、エースくらいのものだと思うからだ。


「どこに行くんだ?」


 エースは問うたが、あまり返事を期待はしていなかった。だが意外にも、ハッキリとした答えが帰ってきた。


「メローネの様子がおかしくなったのは、アーチェさんの部屋から帰って来てからだ。最初はアーチェさんの遺体を発見してショックを受けているんだと思っていたが、そうじゃなくて、犯人を特定するなにかに気付いていたんだとしたら」

「そのせいで、殺されたんだと?」

「メローネは、優しい人だった。でも、城の中で蝶よ花よと育てられたから、他人の悪意に対して距離感を測るのが苦手だった。なにか悪いことをしている人に気付くと、相手のことを思って不用意に近付き、説教や説得をしようとした。当然、そんなことで改心する奴なんていない。逆に相手の怒りをかえば、危険に身を晒すことにもなる」


 ナツキの回りに漂う怒りと悲しみの感情の色が見えるようだ。


「そんなときのために、自分がついているはずだったんだ」


 俯いたまま早足に進むその顔は見えない。

 そんな彼女が、犯人の可能性? これが演技なんだとしたら、信じられるものなんてなにも無くなってしまう。


 そのあとはお互い無言で歩いた。エースは他のみんなのことを考えていた。キリがうまいことやってくれればいいんだけど。屋上に置き去りにしたリカルドとルカは大丈夫だろうか。リカルドもなにか様子がおかしかったが。

 気が付けば、アーチェの部屋の前まで来ていた。

 ナツキがドアレバーに手をかける。そこで動きが止まった。


 ここには、犯人を特定するなにかがあるはずだ。だけど、もしそれを見つけられなかったら? メローネの仇を探す手がかり。他に当てはないのだ、必ずここで犯人につながるものを見つける。

 彼女は決意を胸に、勢い良く扉を開いた。


「……これは?」

「なにかあったのか?」


 入口の前で止まってしまったナツキの後ろから、エースが部屋の中を覗き込む。そこから見えるのは浴室やトイレへの扉や、部屋の奥にある物干し竿と、それに結ばれた紐。他にはベッドの端の方が見えるだけだ。誰かが居るわけでも、部屋の中が荒らされているわけでもなさそうだ。


「入らないのか?」


 ナツキは真剣な面持ちで、目を閉じていた。


「犯人がわかった」

「マジで!? ここから!?」


 エースには見えないが、彼女にだけ見えるなにかがあるのだろうか? これがメキサラ(エースの仲間の一人)のような死霊術師ネクロマンサーであれば、直接被害者の霊を呼び出して話を聞くことも出来るかもしれないが、ナツキにそんな力があるとは思えない。では一体なにを根拠に犯人を特定したのか。


「で、その判明した犯人ってのは、誰なんだ?」

「犬だ。犬科のニオイがする。メローネも、これに気付いたのだろう」

「いぬ……え?」


 犬が犯人、ってこと?


「自分らのクラスには、犬のニオイがするヤツが何人かいる」

「何人もいるの?」

「ほとんど最初からそうだったヤツと、途中からニオってきたヤツ」

「え、あ、ああ」


 発言が一方的だなあ。ナツキって会話下手かな? いや、会話じゃないんだろうな、これ。


「多分、どこかで犬と触れ合っているのだろう。もしかしたら隠れて飼っているのかもしれない」

「うんうん、なるほど」

「最初からニオっていたのは、ガラハドとハヤテくんだ」


 まあ実際、犬飼ってるからな、隠れて。隠しきれてなかったわけだけど。


「そうなのか。全然気付かなかった」

「そして、いつからか犬のニオイがし始めたのは……」


 ナツキは閉じていた目を開く。その表情は、まるで悪鬼のようだった。


「リカルドだ。前から時々、言動に怪しいところがあった。やはりそれは、犯人だってことだったんだ」

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