第二十七話 見えないものを見ようと、した?

「教室は見てみたが、まだ誰もいなかった。学食はこの時間開いてない。他には思いつかなかった」

「そうすると、とにかく手当りしだいに探すしかないか。まずは人手を増やそう」

「しかし、犯人が誰だかわからないが?」

「それについては問題ないだろ。メローネさんが自分からどこかに行ったんなら、このタイミングでどうにも出来ないだろうし、もし犯人の仕業なら……」


 エースは続きを話さなかったが、ナツキも察したようだ。

 少しの沈黙。焦りだけが二人の足取りを速くする。


「それにしても」


 エースが沈黙に耐えきれず話しかけた。前を向いたまま、視線だけをナツキに向けて言う。


「よくナツキさんに気づかれずに抜け出せたね」

「それは、メローネの《技能スキル》なんだ」

「でもメローネさんの《役割ロール》って確か……」

「そう、《第一王女プリンセス》の《技能》、《お忍び》なんだ」

「まじか……」


 確かにありそう。そう納得してしまった。


「じゃあそれはそれとして、昨日メローネさん、なにか様子が変じゃなかったか? 信用がどうとか」

「ああ、だが、なにを言おうとしたのか、自分も知らないんだ」


 悔しそうに告げた。信用出来ないと思われていとは思いたくない。いったいなんの話だったのだろうか。


「もしかして、犯人に心当たりがあったのか?」

「わからない。だとしたら、一体誰だと思っていたのか」


 二人が階段に差し掛かったとき、上から誰かが降りてきた。

 ハヤテと、その後ろにいたのは、ガラハドだ。

 ハヤテが驚きの表情とともに声を上げる。


「あれ!? エースくんとナツキさん? 二人とも、こんな時間からどうしたの……」


 ハヤテはハッとなにかに気付き、エースの手を引いて少し離れたところへ移動した。


「キリさんは、知ってるの?」

「? いや、なんなら今から知らせるところだったけど?」

「今から!? ホントに知らせていいの!?」

「ああ、誰に知らせるかは慎重にならないといけないけど、キリなら大丈夫だろう」

「むしろキリさんにはまだ言わないほうがいいんじゃない?」

「ハヤテ、あなた、なにか知っているの?」


 背後からかけられたナツキの声に、ハヤテが驚き、飛び上がる。


「い、いやいや、なにも知らないよ!」

「そう。なにか手がかりでもと思ったのだけど」

「手がかり? なにかあったの?」

「メローネさんがいなくなったんだ」


 ハヤテはそれを聞いて、やっと状況を理解したようだ。


「な、なんだ、そういうことか。って、ええ!? メローネさんがいない!?」

「ああ、一緒に探してくれるか?」

「それはもちろん」


 ハヤテは二つ返事で答えた。


「ところで、ハヤテくんこそどうしたんだ?」

「僕は……」


 そう言ってガラハドを振り返るハヤテ。


「ちょっと相談したいことがあって」

「テメェにゃカンケーねーよ」


 ガラハドが不機嫌さを隠そうともせず言う。

 ハヤテがガラハドに相談することとはなんだろうか?

 それにしてもガラハドは、メローネに気に入られ、ハヤテに頼りにされているとは意外だった。

 そのとき何故かふと、思い出すことがあった。人は、自分のやっている行動は、当然他人もやっていると思うらしい。例えば泥棒は、他人も自分のものを盗もうと狙っていると思うとか。

 ってことは、ハヤテがエースとナツキの仲をそう疑ったってことは……?

 いやいやいやいやいや、ナイナイ、さすがにそれは。

 エースは心の中で首をブンブンと振っていた。


「とにかく今はメローネさんだ。あとの三人にも声をかけて、手分けをして探そう」

「手分けは、あんまり別行動をするのは危ないんじゃない?」

「あ、ああ、そうだな、三、四人で組分けするか」


 心の動揺をハヤテのセリフて落ち着かせる。

 そうやって階段を下り、寮から出たところでキリと鉢合わせた。ちょうど良かったと安心と緊張の半々で近づくエースと対象的に、こんな時間から揃っているクラスメイトに不審な顔のキリであった。


「おはようエース、みんな。なにかあったの?」

「おはようキリ、それが……」


 と言いかけたところで、さらに向こうからルカとリカルドがやってくるのが見えた。これで全員揃ってしまった。ちょっと都合が良すぎないか?


「みんな、なにかあったのか?」


 リカルドが少し疲れた様子で話しかけてきた。まあ、彼に限らず誰もが疲れた顔をしているのだが。


「それが……」


 メローネがいなくなってしまったことを三人に説明する。


「あらためて、誰か心当たりのある人はいないか?」


 エースがみんなを見回す。

 リカルドが、空を見上げた。厚い雲が視界の限りを覆っている。


「悪い天気……、雨……、濡れる……」


 うーん、と唸りながら言う。


「雨が降る前に、外から探した方がいいんじゃないかな。そう、例えば……屋上……とか」

「屋上?」


 なにかに思い当たったのか、ナツキが飛び出し、校舎の外壁を駆け上がる。他の人はただそれを見送るだけだったが、キリは大きな鳥を喚び出して掴まり、直接あとを追いかけた。


「メローネ!!」


 屋上にたどり着いたナツキの、悲鳴に近い叫び声で全員が走り出した。校舎に駆け込み階段を駆け上がる。屋上に出る扉を開けたとき、そこには屋上の真ん中に横たわるメローネと、それにすがりつくように寄り添い、声をかけ続けるナツキがいた。キリは少し離れたところからそれを見ていた。かける言葉を失っている。


「メロ!」


 ガラハドが人をかき分けて前に出る。そのままメローネのそばまで駆け寄るが、ナツキに睨まれて手を伸ばすのをためらった。

 エースはキリの方に寄り、回りを確認する。


 メローネは屋上のほとんど真ん中に、お腹に手を重ねて姿勢良く、横たわっている。ナツキが何度も大声で話しかけながら体を揺すっているが、なんの反応もないところを見ると、少なくとも意識はなく、最悪すでに命もない可能性も高い。ここから見える範囲では、首元にアザのようなものが見える。

 他になにかないかと屋上を見回す。が、打ちっぱなしのコンクリート床にベンチと、元々観葉植物が育っていたのであろう土の入ったツボ型のオブジェが要所要所に並んでいるだけだ。


 フェンスの外側を見てみるが、転落防止のためか、フェンスから屋上の縁まで意外と幅があり、隣の校舎や体育館は上半分くらいが見えるだけで、あの邪龍が暴れた校庭も、向こうの端っこくらいしか見えない。


「彼女が被害者の場合、これまでの二人とは違うことが一つだけある」


 突然、リカルドが話し始めた。ただ、少しだけ様子がおかしい。視線が宙を泳いでおり、なにか、彼にしか見えないなにかを見ているかのようだった。


「違いって、なんだ?」


 エースが尋ねると、リカルドは虚ろな目のまま答えた。


「彼女は王族だ。死んで得をする人が、いる」


 瞬間、ナツキがリカルドを蹴り飛ばした。リカルドはフェンスではね返り、床に落ち……る寸前にナツキが掴み上げ、フェンスに押さえつける。


「メローネを殺して、得るものなど何もない!!」

「ルド!」


 突然のナツキの行動に誰も動けなかったが、ルカだけは声を上げて二人に駆け寄る。


「なにするのよ!」


 ルカがナツキの腕を引っ張るが、びくともしない。

 不意に、雨が降り始めた。灰の空からこぼれ落ちた大きな雨粒が、屋上の床とみんなの体と、見渡す限りの全てを濡らしていった。


「中に入ろう。彼女も、このままにしておくわけにはいかないだろう?」


 視界を確保するために額の辺りに腕をかざしてエースが言うと、ナツキは振り払うようにリカルドを押しのけて、メローネのかたわらに寄り、しゃがみ込む。彼女の体を優しく抱えあげると、無言で校舎の中に入っていく。

 ガラハドとハヤテがそれを追い、キリとエースも続いた。

 それを睨むように見送ったルカが、尻もちをついたままのリカルドに駆け寄った。


「ルド、大丈夫?」


 リカルドは起き上がる素振りも見せず、雨にうたれるままになっていた。

 彼の顔に張り付く表情は、苦痛でも悔しさでもなく、それはいうなれば、驚愕と不信。心ここにあらず。


「……僕はいったい…………なにを読んだんだ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る