第二十六話 不穏

 ザクッ……ザクッ……。


 その人影は、夜の暗がりの中、地面に穴を掘っていた。

 校舎の陰、立ち木の裏。人が通らず、通ったとしてもわざわざ踏み込まなければわからない場所。シャベルの先端を硬い地面に突き立てる。地中の小石を掻き分ける感触、足で踏みつけ、さらに奥へと押し込む。

 月も見えない夜、比較的夜目が効くとはいえ、暗闇の中での作業は焦りとともにかなりのイラつきを覚えた。


 思った以上に大変だった。かなり掘り進めたつもりでも、一歩下がって見れば、全く足りない。


 死体を埋めるには、全く足りない。


 浅すぎると、臭いが出るかもしれない。動物が掘り出すかもしれない。少なくとも、犬猫の手の届かない深さでないと。


 どれくらい経っただろうか。気がつけば、それなりに十分と思えるほどの深さになっていた。

 そこに、死体を横たえる。

 それを穴の上から、しばらく眺めていた。


 意味が無かった。


 ただ、ここまできたら、引き返すわけにはいかなかった。

 元々の目的を達成することは、すでに諦めていた。だったらせめて、最低限の目標は達成しなければ。


 シャベルで土をすくい、穴に落とす。回数を重ねるたび、少しずつ見えなくなる。

 いずれ全体が見えなくなると、あとは無心で土を戻した。

 最後はどうしても土が余ってしまったが、適当に広げてならしてしまえばそれほど目立たないだろう。


 終わった。

 シャベルをアイテム欄にしまう。

 便利なものだ。これはいずれ、なんでもない作業のときに使って元の道具置き場に戻すか、もしくはホントに全てが終わったあと、処分しよう。

 夜闇の中、気配を殺して部屋へと戻る。

 静寂の廊下を、かすかな足音だけを残して進む。

 そしてたどり着いた自分の部屋の扉の前に、見慣れないものが落ちていた。

 手紙だ。


 校舎の階段をのぼる。

 手紙の内容は、呼び出しだった。

 なんのつもりだろうか? まさか事件と無関係とはならないだろう。

 だとすると……。


◇◆◇◆◇


 エースが目を覚ましたときには、外はすでに明るくなっていた。

 昨日のドッキリはやりすぎだったろうかと反省し、次はどうしようかと悩んでいるうちに眠ってしまっていた。


 夜の見回りに出ようかとも思ったが、逆に不審者として犯人扱いされても面倒なので、やめておいた。

 アーチェのこともあるし、各自警戒してくれているはずだ。その中で出歩くのはそれこそ犯人くらいのものだろう。


 カーテンを開けて外を眺める。

 空は厚い雲に覆われ、今にも降り出しそうだ。

 まるで憂鬱な気分を写し取っているかのようだった。


 ◇◆◇


 まどろみの中、ルカは手を伸ばしたが、そこに求めるぬくもりは無かった。

 顔を上げ、部屋を見回す。

 寮の自分の部屋だ。一人用で、狭い。見えないところなんて無い。


「ルド?」


 呼んだ声に応えはない。


「ルド…」


 ルカは起き上がると、トイレと浴室を確認する。念のため、クローゼットとベランダも。当然そこに人影はなく、ベランダへの扉はちゃんと鍵もかかっている。


「どこに行ったの、ルド?」


 なんでこんなことに? わたしはこんなことをするためにこんな遠くまで来たわけじゃないのに。そういう意味では、もう目的のほとんどははたしているといっていい。いっそもう、逃げ出してしまっても。それには、彼を説得しないといけないけれど。

 そのとき、玄関の扉が開いて、リカルドが入ってきた。


「ルカ、もう起きてたのか」

「ルド! 勝手にどこに行ってたのよ!」


 ルカがリカルドに駆け寄り、抱きつく。いや、どちらかといえばすがりついているといったほうが正しいか。


「ああ、ちょっと着替えを取りに行ってたんだ。さすがに同じ服ってわけにはいかないだろう?」

「そんな、嘘よ! だって……」


 ルカはなにかを探っている。


「だって、この匂い。なにか青くさい、草のような、土のような……」

「え!? そんなはずは……」


 リカルドは自分の袖や肩の辺りの匂いを嗅ぐが、わからない。


「ねぇお願い。わたしを置いていかないで」


 うつむいてささやく彼女をリカルドは片手で抱き寄せ、優しく頭を撫でる。


「大丈夫。ルカは、絶対に僕が守るよ」


 そう言う彼の表情はしかし、優しいものとはいえそうにもなかった。


 ◇◆◇


 ガラハドは自室の中、壁を背にして、床に座っていた。玄関とベランダの両方が見え、なにがあってもすぐに対処できるように。


 彼は結局、夜ほとんど寝ることが出来なかった。不安や苛立ちに気分が落ち着かないこともあったが、何者かが襲いかかってくるかもしれないと思ったら、逆に高揚してしまって眠ることなど出来なかった。


 気がつけば外が明るくなっていた。

 襲ってくるものはいなかったが、だからといってこれで終わりだとは思えない。

 いつどこで、なにが起こるのか。


 そのとき、なにか聞こえた。

 最初は控えめな、だが徐々に大きくなる音。

 玄関からだ。誰かが扉を叩いている。


 ◇◆◇


 激しいノックの音にエースが扉を開くと、そこに立っていたのはナツキだった。

 ずいぶん慌てているようで、制服の襟元など乱れている。


「ナツキさん? おはよう、こんなに早く……」

「メローネを知らないか!?」


 エースのセリフをさえぎるように叫ぶナツキ。エースの部屋の中にも視線を向けるが、当然そんなところにいるはずもなく。


「メローネさんがどうかしたのか?」

「いないんだ。朝起きたらもう」


 エースの眉間にシワが刻まれる。


「なにも言わず? どこか心当たりはないのか?」

「ない。あればもう行っている」


 鋭く強い声色とは裏腹に、彼女の仕草に落ち着きがない。焦りと不安に押しつぶされそうな気持ちが伝わってきそうだ。


「わかった、一緒に探すよ」


 もうほとんど登校の準備を終えていたエースは、そのまま外に出てきた。

 とりあえず回りを確認したエースが言う。


「まだ俺だけか? とにかく人手を増やすか」


 誰から声をかけようか、そう言って歩き始め、しかしすぐに振り返った。


「なんで俺なんだ?」


 うぐっと言葉につまるナツキ。ためらいながらもそれに答えた。


「犯人かもしれない人を排除していったら……」


 あー、消去法ね。


「ハヤテくんとどっちにしようかと思ったんだけど、彼よりはまだ……」

「あー、じゃあハヤテくんとこから行くか」


 そう言って歩き出す。急ぎ足だ。


「他にはそうだな、だれかメローネさんと特別仲のいい人はいないのか?」

「……」


 即答しない。逆に怪しい。


「……ガラハドだ」

「ガラハド!? ってあのガラハドくん? そうなん!?」


 諦めたように頷くナツキ。


「今までいつも城から出ない……出してもらえないメローネは、個性的なクラスメイトの中でも特に、ガラハドの、その、規律に縛られないアウトローなところに惹かれたみたいで……」


 あー、お嬢様が不良を気にしちゃうヤツね。


「だが、だからといってガラハドを信用できるかということにはならない。むしろ一番警戒しなければならないだろう」


 いろんな意味でな。


「と、とりあえず、メローネさんを探そう。どこか彼女が行きそうなところはないのか?」

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