第二十五話 けんしょーけんしょーだいせいこう
「ふざっけんなよ!」
ガラハドが叫ぶ。
「なにがドッキリだ! 冗談で済ませられると思うなよ!」
「確かにこれは度が過ぎています。なにかの拍子に怪我人や、最悪死人だってでてもおかしくありませんでした」
「それに、これが本当にドッキリだったのかどうかなんてわかんねーだろ。ナツキが来なかったら、そのままオレら全員殺られてたんじゃーのか!?」
「そう言われるんじゃないかと思ってさ、先生には伝えて……あるんだよな?」
「うん」
そう言って先生を見ると、先生はメモを開いて見せた。そういえばいたなあ先生。存在感があるのかないのか。
先生の見せたメモには「これからお芝居でルカを襲います」と書かれてあった。
「そんな、いや、だからって、なんでそんなことを?」
メローネは混乱している。ガラハドもだ。ナツキは黙って考えているようだ。
「こんなことになんの意味があんだよ! 訳わかんねーことしてんじゃねーよ!」
「これでやっと確認できることがあるんだよ」
「そんなもんねーよ!」
ガラガラと音を立てて扉が開いた。そこに立っていたのはライダーのハヤテだ。荒い息をなんとか整えようとしている。
「ただ、いま。ハァ、ハァ。これ流石に、無理だと思うよ、多分」
「おかえりハヤテ。とりあえず水でも……飲めないか。着替えてくるか?」
ハヤテはエースの提案に片手を挙げて応え、教室から出ていこうとする。
「あ、その間に、次になにを確かめたらいいか、考えてみてくれないか」
扉を通り、残った拳の親指が上げられ、スルリと隙間を抜けて消えた。
ハヤテが戻ってくるまでの間、教室で発言する人はいなかった。だが、静寂というにはほど遠く、ざわついた空気の中、各自が思いにふけっていた。エースとキリは乱れた机や椅子を並べなおしながら、リカルドとルカは前で一緒に、メローネとナツキも後ろで同じく。ガラハドは一人、かなり不機嫌そうにしている。
静かに後側の扉が開き、普段のハヤテが入ってきた。
「考えてみたんだけど」
ハヤテが控えめに発言する。
「直接誰かが行って犯行におよぶのが難しいなら、誰か、もしくはなにかを操って、遠隔で、その、やるしかないかなぁ」
そう言うと、自分の席に戻った。
「……ん? みんな、なんで座らないの?」
ハヤテの素朴な疑問に、みんなはゆっくりと席についた。
ガラハドが座るとき、足を机の上にガンッガンッと乗せ、前の席のハヤテがビビっていた。
「じゃあ説明しようと思う」
エースが立ち上がった。
「まずは謝らせてもらおう。いきなりですまなかった。でも、これでやっと確かめられたことがある」
なんのことかわからないハヤテに、経緯を簡単に説明してから続ける。
「二人の協力で、誰かが個人の力で直接アーチェさんのところに行って戻るのは難しそうなことがわかった」
「機会があったのはリカルドくんだけだけど、自分のように校舎を直接乗り越えて一直線にでも行かなければ間に合わない。確かに、彼にそれが出来るとは思えませんね」
ナツキがリカルドを見ながら言った。それをハヤテが補足する。
「もし行けても、息を切らせもせずってのが無理だ。あのときのリカルドくんは、全力疾走直後には見えなかった」
「そうなると、さっきハヤテくんが言ったように、遠隔でどうにかするしかなくなる」
「遠隔でなんて、そんなことが出来ますか?」
メローネが不安そうにたずねる。そんなことが可能なら、気をつけないといけないことが増えることになる。
「《
「それはまだ予測の域ですか?」
「それがわからなかったから、確かめようとしたのさ」
エースは、キリとルカを見て続ける。
「キリなら出来るか?」
「うーん、殺すだけなら出来るね」
そう言うと、他の人たちの視線が鋭くなる。
「ただ、アーちゃんの部屋の扉を止めてた鉛筆を外したり戻したりするのは難しいし、アーちゃんの部屋を乱さないように殺すか、乱しても元に戻すのも難しい。あと、アーちゃんを首吊りに見せかけるために、紐で首を絞める力加減も必要だし、そのあと自殺に見せかけるよう死体を吊るして偽装工作するような細かい作業が出来る子もまだいない」
キリは肩をすくめて言う。
「殺すだけなら出来るけど、あの状況を作るのは無理かな」
アインヘルが喚べれば別なんだけどねー、なんて呟いているが、それは気にしなくていいヤツ。
「そんなの、ホントかどうかなんてわかんねーだろ」
「先生、彼女の言っていることは、本当ですか?」
メローネの疑問に、先生は彼女に向いて言う。
「それを先生から言うことは出来ない。クラスのテーマに関わること、物語に直接関わることは言えないのだ。それが犯人のものであろうと、そうではなかろうとな」
コイツ使えねぇな。そんな誰かの内心が聞こえてきそうだった。
まあでも確かに、匂わせキャラをバラされても興ざめだ。
「そしたら次だ。ルカさん、貴女ならどうだい?」
「わ、わたし、そんなことしません!」
「今聞いているのは、するかしないか、じゃなくて、出来るかどうか、だよ」
「出来ません! 出来てもしません!」
「とまあこうなるわけじゃん?」
エースはみんなを見る。これで納得出来る? 信じられる? と。
確かに、本人の言葉だけで判断するのは難しい、というか危険だ。
「じゃあルカさん、証明出来る?」
「証明……?」
「そう、人を操って、人を殺させる、もしくは自殺させる能力が、ないことを」
「そんなの、出来ないものは出来ないよ。証明って言われたって」
ガンッ、とガラハドが足で机を叩く。
「はっ、出来ないんなら出来るんだから出来るって出来ないのは出来……?」
途中からわかんなくなってやんの。
「とにかく、そいつになら出来るってことだろ!?」
「出来ないんだなぁ、これが」
エースが、まるで手のひらを返すかのごとく、否定する。
「はぁ!? 証明出来ねーって本人が言ってんだろ!」
「だから代わりに俺とキリがひと芝居うって証明したんだよ」
ガラハドの動きが止まる。
「……どういうことだよ」
「ルカさんを、ピンチに
「うん、そうとう怖い目で睨まれたよ。ごめんね、ルカちゃん」
振り返るルカの視線が未だに鋭い。
「それがなんだってんだ?」
「もしルカさんが強力な誘惑の能力で他人を操れるなら、流石に命の危機には身を守るために使うだろう? その場の誰かか、直接キリを操るか。もしそれが出来なくても、すでに操ってる誰かを呼び寄せるか」
エースがキリに目配せする。
「最初からいた人や、ボク自身を操る様子はなかったよ。ガラハドくんは蜘蛛に夢中だったし、あとから来たナッちゃんも、ルカちゃんよりメロちゃんを優先したし、ハヤテくんはわけわかってなかったし」
「当然、リカルドくんにもそんな素振りは無かった」
うう、とガラハドの喉が鳴る。
「人を操ってアーチェさんを死なせたんなら、偽装工作を出来るほどに強力に意識を奪うか、もしくは本人に自殺させるほどの呪縛が必要だ。でも、自分の命の危機に直面してもその《技能》を使わなかった。これはもう、そもそも出来ないって思っていいんじゃないか?」
「それを……それを見越して、あの、ドッキリを?」
そう聞いてきたのはメローネだ。
「そうだね。うまくいって良かった」
エースが親指を上げて言う。
「そうなると……」
ハヤテが呟く。
「結局、リカルドくんが直接行くのも、なにかを操るのも無理ってなると、あとは……?」
「すっごい薄い可能性でいえば、罠、かな」
エースがなんだか申し訳なさそうに言う。わざわざ考える必要があるほどのものかと。それを聞いてリカルドが続ける。
「部屋の中に、半日以上遅れて発動する罠を? どんな罠だ? 仮にそうだとして、仕掛けられたのは……?」
「確か昨日アーチェさんを送って行ったときに、部屋の中に入ったのは」
ハヤテが言いながら視線を向ける。
ナツキだ。
「なんで自分が!? それにあのときは、みんな自分たちを見てたでしょう。そんな特殊な罠をいつ仕掛けるんですか」
そう、あのとき、あの時間で、そんなものを仕掛けることは出来ない。
「それに、なんで自分がアーチェさんを殺さないといけないんですか」
訴えるナツキのセリフに、エースがかぶせる。
「それだ。結局、なんでアーチェさんは殺されたんだ? なにか思い当たることはないか?」
教室内を見回す。各々、視線をさまよわせたり、軽く目を閉じていたり、考えを巡らせている。
しばらく無言の時間が流れた。いや、ガラハドが机の上に乗せた足をガタガタ揺らす、彼の内心のイライラをあらわしていた音だけが、小さく響いていた。
誰かの恨みを買っていた? それとも復讐? 事故? 他に人を殺す理由があるだろうか。それともやはり自殺なのか。そんな思考が巡っているのが容易に知れそうだった。
「……わかんねぇな」
エースが呟く。
「まあ、考えてわかるもんでもないんだろ。きっと情報が足りないんだ」
その口調は、ここで話し合いを終らせようとする意思を感じさせた。気づけば、もう夕方。結構いい時間になっていた。
「今日はどうしようか。出来ればみんな一緒にいた方がいいと思うんだけど」
「オレはゴメンだね」
エースの提案を、食い気味に否定したのはガラハドだ。
「こんな、なに考えてんのかわっかんねーような奴らと一緒にいられるかよ」
それだけ言い放つと、彼は椅子をわざわざ大きな音を立てて戻し、勢いよく扉を開けて出ていった。
エースは、声を掛けようとしたまま動きが止まっている。少しだけタイミングが間に合わなかったようだ。
「わたくしたちも戻らせていただきます。考えたいこともありますので」
そう言ってメローネとナツキが立ち上がる。
続いてハヤテも立ち上がった。
「僕も、部屋に戻るよ。ちゃんと戸締まりはしておくから」
「僕たちも行くよ。ルカが落ち着くまでまだ掛かりそうだし」
リカルドが、ルカと寄り添うようにして出ていく。
「あ、あ、あの……あれ……?」
次々と教室から去っていくクラスメイトに、一度声を掛ける機会を逃してしまったエースは、なにも言えないまま見送ってしまった。
コンコン、と出席簿を机で揃えてダオール先生が立ち上がる。
「明日も遅れず来るように」
それだけ言っていつも通り出ていった。
教室内に、静寂だけが漂う。
「……えーー……」
「あれかな。やりすぎたかな」
固まったエースに、キリが黒板を指さして言った。
『ドッキリ大成功!』
いまだ残っている派手なその文字が、逆に静けさを強調しているようだった。
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