第二十四話 キレッキレ

 少し時を戻そう。


 ナツキとハヤテが走り出し、エースとリカルドがトイレへ歩き出したとき、キリが教室を振り返って、先生のところに駆け寄った。

 先生になにか渡し、話しかけると、教室を見渡す。


「みんなちょっとお願いがあるんだ」


 突然のキリの申し出に、残った三人、ルカ、メローネ、ガラハドが耳を傾ける。


「今のうちにやりたいことがあってさ」

「は? なにすんだ?」

「うーん、じゃあ、二人は後ろに行って。で、ルカちゃんは前に。あ、出来ればリュックをおろしといて。危ないから」


 なにをするとは言わず、とりあえず廊下側に寄っていたみんなを、教室の前と後ろに分けるキリ。戸惑いながらも、後ろに移動するメローネとガラハド。そしてキリはルカの背中を押して黒板の前まで連れて行く。


「んで? オレらはなにすりゃいいんだ?」


 そう言ったのはガラハドだが、三人とも同じように頭の上にハテナが浮かんでいる。

 ふふふん、とご機嫌な様子で教室の中央に進むキリ。

 そして唐突に召喚を始めた。


「『完全召喚』黒棘蜘蛛ニードルスパイダー!」


 教室の真ん中に現れた召喚陣から、禍々しい棘に身を包んだ、牛ほどもある巨大な蜘蛛が現れた。

 さらにみんなの頭の上にハテナがいくつも並んだ。


「いったいなにをしますの?」


 そんなみんなを無視して、キリの喚び出した大蜘蛛は、突然背後のルカに糸を吹きかけた。

 黒板に貼り付けにされるルカ。


「え!? なになになに!?」

「ごめんね。ちょっと黙ってて」


 キリは、蜘蛛の糸をずらし、猿ぐつわのようにルカの口を覆った。ルカは「うーうー」としか喋れなくなる。


「おいおい、やりすぎなんじゃねーか?」


 ガラハドが前に出てくるが、


「動かないで!」


 キリの合図で、蜘蛛がガラハドの進行を邪魔するように糸を張る。

 飛び退いたガラハドとメローネを、次々と糸を張ることで窓側へと追い込んでいく。


「テメェコラ、冗談じゃすまねーぞ!」


 ガラハドが釘バットを取り出して目の前の糸に叩きつけるが、糸にくっついて取れなくなってしまった。


「冗談なんかじゃないよ!」


 突然キリが叫ぶ。


「キリさん、いったいどうしたんですの?」

「もううんざりなんだよ!」


 メローネのセリフにも声を荒げるキリ。


「細かいことをねちねちねちねち、あーでもないこーでもないってこねくり回して、そんで結局なんにも解決しなくってさ。いーかげんにしてよ!」


 突然ブチ切れたキリ。


「もう面倒くさいからさあ、ボクが終わらせようかと思って」

「うーうーうー!」

「まさか、テメェが犯人なのか?」

「違うよ。でも、誰か犯人なのか考えるの、もう面倒くさいから。絶対犯人じゃない人以外、全員殺しちゃえば、犯人もいなくなるでしょ?」

「んざけんな!」


 ガラハドが糸を掻い潜って、キリの目前に迫る。


「『限定召喚』フォースシールド!」


 喚び出したのは、手の中に収まるくらいの装置。それのボタンを押すと、目の前に半透明の壁が出現する。

 ガラハドの蹴りがその板に炸裂するが、弾き飛ばされたのはガラハドだった。


「ざーんねん、ボクも毎日補習を受けて以前の力を取り戻しかけてるからね、すでにキミよりも、今ここにいる誰よりも、強くなってるんだよ。気付かなかった?」


 ガラハドの顔が怒りに歪む。喉の奥から、低い唸り声が漏れ出た。


「そんな、自暴自棄になっているのと変わりませんよ! 落ち着いて、不満があるなら話してください。話し合えば、きっと解決します」

「もうそこは通り過ぎたんだよね」


 前髪を指でクルクルしながら話す。


「だから、もう決めちゃったの。さすがに全員一気には無理だから、分散して人数が減ったときに、少しずつやっちゃおって」


 場に似合わない笑顔で、とんでもないことを言うキリ。それを見る視線はどれも、理解できない狂気に圧倒され、言葉をなくしていた。

 キリは小さなナイフを取り出す。それをクルクル回しながら振り返り、ルカに近付いていく。


「うーうー!」

「そんなに怖がらなくても大丈夫。痛くしないよ?」


 黒板に押し付けられて動かせなくなったルカの羽のふちを指でなぞる。


「やめて! そんなことしたって、なんにもならりません!」

「ボクの気が晴れるよ」


 メローネの言葉に、いっそ無邪気ともいえる笑顔で答え、キリは貼り付けにされたルカの胸の間に刃を這わせる。怯えた表情で顔を背けるルカに、キリが囁く。


「怖くないよ、痛いのは一瞬だからね。すぐにみんな送ってあげるし」

「うおおぉぉぉ!」


 突然ガラハドが叫ぶ。それと同時に彼の体が炎をまとう。

 蜘蛛が糸を吹き付け拘束しようとするが、熱に弱い蜘蛛の糸は燃え尽きてしまった。


「オレを弱い者扱いするなぁ!」


 ガラハドの突進を、天井に張り付いてかわす大蜘蛛。そこから糸を発射するが、やはり炎に焼かれてしまう。


「無駄だぁ!」


 ガラハドは近くにあった椅子を掴むと、大蜘蛛に向かって投げつけた。それを避けた蜘蛛は、教室の後ろへと移動する。そこからまたもや糸を発射するが、それはガラハドのそばをかすめただけで向こうへ抜けていってしまった。


「テメェはもうオレの敵じゃねーんくぼぁ!」


 セリフの途中でキリの飛び蹴りがガラハドの背中に直撃した。蜘蛛の糸に引っ張られることで急加速した強烈な一撃だった。

 ガラハドは衝撃で吹き飛び、教室後ろの棚を破壊して気を失った。


「詰めが甘いね。目的を見失ってない?」


 大蜘蛛がガラハドを跨いで、教室の中央に戻ると、キリも再びルカへと迫る。


 キリはナイフを振り上げて、一気に突き出した。


 ナイフがルカの頬をかすめ、黒板に突き立つ。


 驚き、目を見開いたルカが、ここにきて強い眼差しでキリを睨む。顔に傷がつきそうになって、怒りが湧いてきたか。


「なぁに? 怒ったの? 抵抗してもいいよ。出来るんならね」


 キリはルカの頬から顎、そして首へと手を這わせていく。急所を触られる不快感に身を震わせる。


「ほら、ここをね、押さえたら、死ぬんだよ?」


 キリはしばらくそこを撫でていた。ルカは怯えながらも、なんとか糸から抜け出せないかもがいてみるが、彼女の力ではどうにもなりそうにない。


 突然、ガラリと教室の前の扉が開いた。

 そこにいたのはナツキ。この短時間でもう女子寮まで往復してきたのだろう。


 ナツキは教室の中を確認すると、一瞬で状況を把握し、キリに向かって突撃した。

 彼女の飛び蹴りは光の壁に遮られた。ナツキでもフォースシールドを突き破れず、はじかれる。十分な効果を発揮し、限定召喚したスイッチは光に消えた。


 ほぼ同時に蜘蛛から糸が放たれる。後ろにさがりながら糸を避けるが、そのうちの一本を掴んだ。

 ナツキが力を込めようとしたとき。


「やめたほうがいいよ。よく見て」


 キリの声に、電撃を流すのを寸前で止めた。糸がつながる蜘蛛のその先、その糸はメローネの足を捉えていた。もし電撃を流していたら、メローネまで感電していただろう。


「……ところで、これはいったいどういうことです?」


 今更ながらの疑問にキリは少し考えて答える。


「うーん、今のうちに確認しとこうと思ってね」

「いったいなにを……」


 そのとき、教室の後ろの扉が開いた。


「おお、結構派手にやったな」


 そこから入ってきたのはエースだった。

 その後ろから教室の中を覗いたリカルドが、急展開についていけず奇声をあげる。


「な、なんじゃこりゃーー!?」

「あ、おかえりエース。もういい?」

「ああ、これ以上は意味なさそうだしな」


 キリは蜘蛛に指示をだすと、蜘蛛は糸と共に光となって消えた。


「いったいどういうつもりだゴラァ!」


 気が付いたガラハドが起き上がりながら、見回す。

 教室の中は荒れているが、巨大な蜘蛛とそれが出した糸のほとんどは消えていた。消えなかった一部の蜘蛛の糸で黒板に文字が書かれていた。


「ルカ! 大丈夫か?」


 リカルドが走り寄り、怪我がないか確認する。


「ルカちゃん、ごめんね。大丈夫だった? 傷にはなってないから安心してね」


 キリはそう言うが、ルカは床にへたり込み、わけのわからない様子でキリやエースをうかがっている。

 キリは教室の真ん中に進み出て、大袈裟な仕草で黒板を示す。


「じゃじゃーん」


 そこに書かれていた文字は「ドッキリ大成功!」。


 少しの間、沈黙と静寂が空間を支配した。

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