第二十三話 よーい、ドン

「じゃあ、ちょっと準備してくるよ。ちょっと待ってて」


 教室を出ようとするハヤテにガラハドが声をかける。


「ここですりゃいいじゃんよ」

「そういうわけにもいかないんだ」


 そう言ってそそくさと出ていった。


「なんなんだアイツ。なんの準備だ?」

「ガラハド、気付いてないのか?」

「はぁ? なんのことだよ。殴られてーのか」


 なんでだよ。

 そんなやり取りをしていると、ガラガラと戸を開けて入ってきた。

 変身して仮面を被る、ライダーのハヤテが。


「テメェ、いったいなにも……」

「おまたせ! さあ始めようか」


 ライダーは親指を立ててやる気をアピールする。

 ライダーになった状態で喋るのは初めてだったろうか。普段と違って少し話し方が明るい。


「テメェ……ハヤテ、なのか?」


 ライダーはガラハドの方を向き、ゆっくり頷く。

 彼の《役割ロール》は《隠匿》だ。本当は正体を告げることもやりたくはないのだろうが、そうも言ってられない状況だ。

 っていうか、ガラハド今までわかってなかったんだ。


 ハヤテ、ナツキ、エース、そしてリカルドが廊下へ出る。


「じゃあ始めるか。一応あのときどんなことを話してたか再現して、時間を測っておいてくれ」


 うんうん、と教室に残ったキリが頷く。

 エースとリカルドはトイレのある右の方へ。ナツキとハヤテは女子寮に向かう左側へ向いて立った。


「じゃあいくよ。よーい……」


 キリの合図で、ハヤテがマテリアルカードを取り出す。


 『機能変換モードチェンジ獣走加速ビーストラン


 ベルトの音声と同時にプロテクターの色と形が変化し、速さ重視のフォームになる。

そしてクラウチングスタートに構えるハヤテ。対してナツキは自然体だ。

 リカルドとエースも特に構えはしてない。


「ドン!」


 一気に飛び出すハヤテ。廊下を疾走する。

 対してナツキは窓を見る。教室側ではなく、外側の窓だ。

 彼女は自然な流れで鍵を外して窓を開け、そのまま外へ飛び出した。

 三階の窓から。


「えええぇ!?」


 追ってこないナツキを気にして後ろを見たライダーハヤテが、驚きの声をあげる。

 リカルドとエースが下を見ると、難なく着地したナツキが、隣の校舎へと走っていた。そのまま校舎にたどり着くと、壁を蹴って駆け上がる。

 ナツキはその身体能力を活かして、女子寮までの最短距離を突き進むつもりのようだ。


「ず、ずるくなーい!?」


 ライダーは叫びを残しながら階段に飛び込んだ。


 ◇◆◇◆◇


 シンクウ・ハヤテ。13才。《隠匿》。


 彼は仮面を被る、正義のライダーである。

 彼の国では悪の怪人が度々現れては、国民を巻き込んで被害をもたらす。

 それを阻止し、国民を守るのが彼らライダーの使命である。

 しかし、彼らの能力は、怪人と同じ力を源とするため、一般国民からは、どちらも世間を騒がす厄介者として扱われていた。

 そのためライダーたちは、ライダーであることを隠しながら怪人と戦うというハンデを背負っているのだ。


 ハヤテは幼い頃からその能力の片鱗を見せ、仲間から譲り受けたベルト型覚醒器を使って変身。数々の怪人を倒してきたエリートだ。

 しかし怪人側も新たな指揮官ブレインを迎え入れ、さらに手強くなっていく。

 そこでライダーたちは、若いハヤテを留学させて、新しい知識と経験を積ませることにした。彼は仲間たちの期待を一身に背負い、見送られて旅立ったのだ。


 ハヤテは強くなるために旅に出た、希望の星なのである。

 でも、彼は徐々に疑問も持ち始めていた。

 強くなるだけでいいのだろうかと。


 ◇◆◇◆◇


 なんとなく呆気にとられていたリカルドとエースが、慌てて歩き出した。


「確か、気持ち悪くて危なかったんで、少し急いでたんだ」


 そう言って少し早歩きで進むリカルド。その隣にエースが付いて歩く。

 男子トイレに入って、手前の個室を選ぶ。


「あのときは、動揺してたのと想像しちゃったので、ちょっとえずいてたんだけど、結局ほとんどなんにも出なくて」

「人が死ぬところには、あんまり行きあったことはない?」

「当たり前だろ。小さいころ、親戚のお婆ちゃんの葬式に出たときくらいだよ」


 エースはトイレの入り口で、腕を組んで考えている。

 無言の時間が過ぎる。時間調整でもあるが、考える時間も必要だった。

 沈黙を破ったのはエースだった。


「犯人はさ、なんでこんなことをしたんだと思う?」

「……それがわかれば苦労しないよ」


 リカルドは片手で顔を覆い、考えている。思い出してまた気分が悪くなっているのかもしれない。


「カルロくんもアーチェさんも、死ぬ必要なんて、なかっただろ。殺される理由もあるわけない」


 エースは彼をじっくり観察する。特に不自然なところは見えない。一応、もうそろそろだと思うのだが。


「そう言うエースくんはどうなのさ。なにか目星のついてることとかないの?」

「うんまあ、だからこそこうやって一つずつ確かめてみてるんだよ」

「本当に僕じゃないよ。あの二人みたいに早く走れるわけもないし。もし、カルロくんやアーチェさんとなにかもめてたんだとしても、いきなり殺そうだなんて、しないよ」


 リカルドは個室から出て、洗面台へと向かう。水を出して手を洗うと、そのまま顔を洗い、水を少し口に含むと、うがいをしてから吐き出した。


「あのときも、こうやって顔を洗って、そうしたら少しだけ落ち着いたんだ」


 彼はハンカチを取り出し、顔の水をぬぐう。


「そろそろ戻ろうか、だいたいこれくらいの時間だったはずだから」


 リカルドの言葉にエースが頷く。


「ちょうどいいくらいの感じかな。あっちはどうなってるかな」

「これで二人とももう戻ってて、十分犯行可能とか言われたらどうしよう」


 リカルドが肩をすくめて冗談っぽく言う。

 トイレから出て、二人並んで歩く。

 なんとなく無言。緊張、しているのだろうか。どういう結論にいたるのか考えると、気楽にはいられないか。

 教室に近づくと、なんだか少し騒がしい。なにかあったのだろうか。


 エースが、教室の後側の扉を開ける。


 中では教室の中央にいる巨大な蜘蛛がいて、教室中に糸を張り、メローネとガラハドが教室の後ろに追い込まれ、ナツキが糸に捕まり、ルカは前の黒板に貼り付けにされていた。

 そのルカにキリが迫り、今にも手を下そうとしていた。


「おお、結構派手にやったな」


 そう言うエースの後ろから、中を見たリカルドが叫んだ。


「な、なんじゃこりゃーー!?」

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