第二十一話 わけがわからないよ
しばらく、奇妙な間があいた。
いつもなら先導して話を進めるメローネが今は沈黙しているため、第一声をあげるタイミングを逸してしまっていた。
見かねたエースが、ガタンと椅子を鳴らして立ち上がった。
「とりあえず、アーチェさんを迎えに行ったあと、何があったのか教えてくれ」
数瞬の間、誰がどう言おうか、牽制にも似た緊迫感の間だ。
その沈黙を破り、キリが手を挙げた。
「じゃあ、ボクから言うね。ボクがわからないところや、間違ってるところがあったら補足してね」
彼女は少しだけ視線を泳がせて考えながら、話し始めた。
「アーちゃんの部屋の前までは、みんな一緒に行ったのね。そしたらルカちゃんが、扉止めにした鉛筆を外したんだよね」
「うん、こう、ガッて入ってたのを、グッて取ったの」
ルカがジェスチャー付きで説明する。それを受けてキリが続けた。
「それで、メロちゃんが扉を開けて……」
「……そうですわね。アーチェさんに声をかけるつもりで話しながら扉を引いて、中を見ると……」
メローネは息を整え、続けた。
「アーチェさんが、物干し竿に吊るした紐で、首を吊っていましたの」
そこでメローネの声が詰まった。
「んでだ、メロの様子が変だったから、なんかあったんだと思ってオレが中に飛び込んだのよ」
そう言ったのはガラハドだ。
「とにかく降ろさないとって思って、すぐに紐を切って床に寝かせた。そのときまだ体が温かかったから、まだ助かると思って、メロと一緒に人工呼吸と心臓マッサージをしたんだがな……」
再び、ため息のような空白の間が広がる。
沈黙を破ってキリが言う。
「一応、室内を確認したんだけど、誰かが付けたマスキングテープがベランダの扉に貼ってあって、剥がした様子も無かったから、そこは使われてないと思う。お風呂もトイレも見たけど、誰もいなかった」
メローネの猫耳が、ピクリとかすかに揺れた。それはすぐ隣のエースと、メローネの後ろでいつも彼女のことを気にかけているナツキだけが気付いたようだった。
「ほんとに……自殺、なの?」
そう呟いたのはハヤテだった。
「だってそんな、理由が無いじゃないか。もう少しだけ待ってれば、普通に出られたんだよ?」
「一つだけ、可能性として一つだけ、考えられます」
遮ったのはナツキだ。
「彼女が、カルロくんを殺した犯人で、もう逃れられないと決意した場合です」
「そんなわけ……無いだろ!」
ハヤテが珍しく感情をあらわにするが、それだけだ。具体的な反論が出るわけでもない。
ガラハドが、こちらも珍しく、優しい声音で諭す。
「でも、状況からして、首を吊ったのはここで話し合いをしていた最中だ。自殺以外にありえねーし。だったらもう、そうとしか考えられねーだろ」
「でもアーチェさんは他の人をたくさん目撃してるんだ。エースくんが他のクラスの人と会ってるなんて、実際に見ないとわからないよ!」
「殺したあとに、うろついたんだろうな」
「そ、そんな……」
そのとき、ポロロン、という通知音が聞こえた。
「うむ、アーチェの検死結果が出たようだ」
ダオール先生がウィンドウを開きながら言った。
「死亡推定時刻は、状況不明な部分があり、概ね二時間、最長で六時間前。死因は絞殺であり、自殺ではない」
それを聞いた瞬間、クラスの全員の頭の上にハテナが浮かんだ。
「自殺じゃ……ない? 殺人ってことなのか?」
エースのセリフに、空気がざわつく。
メローネが急に立ち上がった。
「そ、そんなことがわかるのですか!?」
「ああ、首に残る紐の跡の角度が違うらしい。首の前後での圧迫の差とかな」
それを聞いてリカルドが手を挙げた。
「そういえば、さっき状況を聞いてて違和感があったんだよ」
みんなの視線が集まる。
「ルカが鉛筆を外すとき、それの並びが乱れてたみたいなんだけど、確か昨日扉を閉めたときは、キレイに揃ってたはずなんだ」
ピクリ、とまたもメローネが反応する。本人はそれを隠そうとしているようだが、逆に内にある不安を体現しているかのようだった。
「つまり、誰かが外から入ったってことなんじゃないか?」
「だとして、じゃあ誰ならアーチェさんを殺せたんだ?」
エースの呟きに、みんながお互いに顔を見合わせる。
死亡推定時刻が概ね二時間前。今から二時間前なら休憩の前だから、アーチェを迎えに行く少し前ということになる。触ったときにまだ温かかったらしいから、それほど間違ってはいないのだろう。
それなら教室での話し合いの真っ最中だ。誰も殺せそうにないから自殺だと思っていたのだから。
「うーん、無理っぽいね」
と言ったのはキリだ。誰も反論を言わないってことは、概ね同意見だということだろう。
エースが頭を悩ませながら言う。
「てことはだ、カルロくんのときは誰でも殺せて、逆にアーチェさんのときは誰も殺せない、ってことか」
事態は迷宮入りの様相をていしてきた。かもしれない。
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