第二十話 一進一退

「ここに居ない人が犯人って、どういうことですか!?」


 ナツキがリカルドを問いつめている。


「いや、正確には、ドライバーに指紋が残ってない人、かな」

「ですから、なにを根拠にそんなことを」

「ならもし、ナツキさんがなにかの事故で人を殺めてしまったら、どうしますか?」

「まずはなんとか治療を施し、それが叶わなければ自首します」

「あ、うん。そうだよね」


 ナツキのある意味純粋な返答に気を削がれるリカルド。


「今回の場合のように、ドライバーで刺してしまって、それを隠したい犯人の場合、どうすると思う?」


 ナツキはなにかを掴んで突き刺す仕草をしながら考える。


「隠すとなると、まずは凶器を隠すか、もしくは不自然にならないように、キレイにして……」


 彼女はハッとする。


「犯人はなぜこんなに血の付いたままのドライバーを工具箱に戻したのか……」

「そう、なんでだと思う?」

「……これを使った、指紋の残っている人に、疑いを向けるため……?」

「そう考えていたとしても、おかしくはないよね」


 ナツキは考え込んでいる。だとしたら、いったい誰がそんなことを。

 そんな姿にエースが補足する。


「深読みしちゃうなら、誰かがそう推理することまで考えて、わざとそのまま戻したってこともあり得る。危険な賭けだけどな。当然、気が動転してただのミスでこうなったってこともあり得るし。だから、それだけで絶対の証拠にはならないってことだ」

「そんな……。ではまた振り出しに戻った、ってこと?」

「残念だけど」


 ナツキの呟きに、リカルドが答えた。


「結局は、誰にでも犯行可能だったってことになるかな。極端に言えば」


 エースが、どこか投げやりに言った。


「とりあえず、みなさんが戻ってきたら、もう一度話し合いましょう」


 焦りを含んだような、いらついたような空気をなんとかしようと、ハヤテが次の指針を提案する。


「そうだな。とりあえず昼も近いし、いったん休憩しよう」


 うぅー、とエースが大きく伸びをする。

 各自気を緩め、お昼はなににしようかと考えたり、トイレや水分補給をして過ごす。

 そうやってしばらく待っていると、アーチェを迎えに行ったメンバーが帰ってきた。

 彼女らの表情は、かなり暗いものだった。ナツキが心配そうに声をかける。


「メローネ、大丈夫ですか? アーチェさんは?」


 答えたのはガラハドだ。


「ダメだ。アーチェは……自殺していた」

「蘇生法も試したのですが、もう手遅れで……」

「え!? なんで!?」


 それはハヤテの声。


「彼女が犯人の可能性はかなり低かったはずだろ? なんで彼女が死ななきゃならないんだよ!」

「そんなこと、オレに言われてもわかるわけねーだろ!」


 攻めるハヤテも反論するガラハドも、お互い悔しそうにしている。


「アーチェは彼女の、部屋にいます。よろしくお願いします」


 メローネがダオール先生に彼女のことを頼む。先生は頷くと、静かに教室を出ていった。

 それと同時に昼休憩をつげるチャイムが鳴った。


「詳しい話も聞きたいけど、まずは休もう。いろんなことがありすぎて、集中力も持たないだろう」


 エースがそう言いながら取り出したバナナを、メローネに差し出す。

 彼女はそれをやんわり断りながら、ナツキと一緒にお弁当を取り出す。


 所在のなくなったバナナを、ガラハドが奪い取っていく。


 結局、ナツキとメローネ、あとエースとキリがお弁当を取り出して教室でお昼を済ます。他のハヤテ、ガラハド、ルカとリカルドは、学食かどこかへ食べに行ってしまった。


 教室に、食事の音だけが響く。しばらくは会話もなく、黙々とモグモグと食事を済ませていく。

 食事が終わると、多少落ち着いたのか、メローネが話しかけてきた。


「お互い、二手に別れていたときのことは、みんなが戻ってからにしましょう。それより先に聞いておきたいことがあります」

「ん、なんだ?」

「あなた方お二人、こんな状況になっても、ずいぶん落ち着いてらっしゃいますわね」


 エースとキリが顔を見合わせる。なんと説明すればいいのか、詳しく話すと長くなるし、簡単に済ますと疑われそうだ。


「いえ、あなた方を疑っているわけではなく、できれば、そう、信用出来る方を、探していて」

「信用……してくれるのはありがたいが、なぜ俺たちなんだ? 逆に、誰か怪しい人でもいたのか?」

「それが、そう、それは……いえ、忘れてください」

「えー、気になるよぉ」


 そう言うキリをメローネはしばらく見つめていた。なにか、思いつめているのはわかる。今にも泣き出しそう、そんな雰囲気すら漂う。しかし、無理にでも気丈に振る舞っていた。


「それでは……」


 と、なにかを言いかけたところで、扉を開けて誰かが入ってきた。ハヤテとガラハドだ。特になにも言わぬまま、それぞれの席に座った。

 メローネのセリフは止まったまま、再開はしなかった。


 続いてリカルドとルカが戻ってきた。二人の表情はかたく、くつろいで来たようには見えない。

 二人に向けてガラハドが声をかけた。


「どこ行ってたんだよ。学食にはいなかったよなぁ?」

「いったん、寮に戻ってたんだ。ルカが、食事できそうになかったから」


 リカルドが答える。確かにルカの顔色は悪く、今にも倒れてしまいそうだった。


「ルカちゃん大丈夫?」

「うん、今はもう大丈夫だよ。なんとかね」


 キリの言葉にそう答えたものの全然大丈夫そうには見えないが、本人が頑張っているのだからとやかく言うのはひかえた。


 スピーカーから昼休憩終了のチャイムが鳴り、先生が入ってきた。


「午後からは授業にするつもりだったが、状況が状況だ。改めて話し合いの時間としよう。お互いの情報をすり合わせ、解決に努めるがいい」


 話し合い、午後の部が始まった。

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