第十九話 進展あり
◇◆◇◆◇
メローネ・f・クレッシモ。15才。《
ナツキ・f・フーラー。19才。《
二人は、いわゆる従姉妹の関係であり、王家の血筋を受け継ぐ者である。
先に生まれたのはナツキなのだが、直系の子であるメローネが生まれたことで、継承権の順位が下がった。そのこと自体は、ナツキは特に気にしてはいなかった。
二人は幼少のころから一緒に遊んで暮らしていた。そしてある程度大きくなると、メローネは王女らしくすることを求められ、ナツキは戦闘能力を買われてその護衛として彼女の近くに置かれるようになった。
メローネは好奇心旺盛で、普段あまり自由に動けないぶん、新しい体験ができるときには積極的に突っ込んでいった。高等教育も受けているし、意外と雑学もよく知っている。
ナツキは、表向きメローネの護衛だが、彼女の家族からはメローネの弱みを掴み、いつかその地位を覆すきっかけを探れと言われていた。しかし本人はそのつもりは全く無く、むしろメローネこそ女王にふさわしいと思っている。
そしてメローネが大きくなり、民衆の価値観の意識や集団生活を知るために一番ふさわしい所はどこかという流れになった。
つまり、学校だ。
ただ、自国の学校では意味がなかった。結局特別扱いされ、生徒の飾らない意見や一般人の集団生活を知ることが出来ない。
そこで白羽の矢が立ったのがこの学園だ。
一般的な庶民、ではないかもしれないが、他では無いような貴重な体験ができ、多様な価値観を知ることもできる。
当然のように本人も乗り気で、当然のようにナツキも付いていくことになった。
彼女たちは普段の堅苦しい空気から開放され、のびのびと学園生活を送っていたのだった。
このときまでは。
◇◆◇◆◇
プラスドライバーの先端は血液らしきもので汚れている。それはほとんど乾いていて、赤黒くこびりついている。
「先生、これ、調べてもらえますか?」
エースがダオール先生を呼んだ。先生はそれを見て顔をしかめると、工具箱ごと先生用の机に持っていった。
「検査してみよう。しばし待て」
先生はウインドウを開いて、なにやらスキャンをしているようだ。
「じゃあその間に……」
「結果が出たぞ」
「はやっ」
思わず声を出してしまったキリは、バツが悪そうに口元を押さえた。
「付着している体液はカルロのもので間違いない」
はっ、と息をのむ音がいくつか聞こえる。
「そして、このドライバーには指紋がいくつか付いている。エース、ハヤテ、リカルドのものだ」
さらっと出た情報は、かなり重要なものだった。
「え? では最重要容疑者はその三人?」
メローネがつぶやく。ハヤテとリカルドは慌てて否定。エースは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
ガラハドがニヤニヤしながら言う。
「はっ、やっと証拠が出てきたな」
「そんなワケない!」
ルカが叫ぶ。
「少なくともリカルドは違うよ! ずっと一緒だったんだから!」
「じゃあエースなんだな、ハヤテの無罪はオレが知ってる」
「でもエースくんはアーチェさんが見たらしいですし。もし犯人なら、他のクラスの人をアリバイに使うでしょうか? アーチェさんがその姿を見たのも偶然ですよ?」
ナツキがエースをかばう。かばったのか? まあ、弁護をした風ではある。
メローネが手をあげて言った。
「一度落ち着きましょう。とりあえず、アーチェさんを迎えに行きませんか? 今の状況では、彼女一人を閉じ込めておく意味もないでしょう」
お昼も近いですし。そう言われて時計を見れば、確かにいい時間になろうとしている。
ナツキが席を立ちながら言った。
「では、行くにしても、全員で行く必要はないですね。どうしましょうか」
「ナツキは残って、話を聞いていてください。ルカさん、一緒に行きましょう」
ナツキを残すのは、暗に容疑者を見張らせるためだ。
「オレも行くぜ。そろそろ退屈になってきたからな」
ガラハドも立ち上がる。それを見たナツキは顔をしかめたが、諦めて座りなおした。
「ボクも行ってくるね」
キリがエースにそう告げて立ち上がった。
メローネがルカとガラハド、そしてキリを引き連れて出ていく。
残されたのはエース、ハヤテ、リカルド、そしてナツキだ。あ、先生もいた。
「うーん、誰なんだろうなぁ」
エースが誰にともなく言う。なんとなくわざとらしく聞こえる。もちろん、犯人のことだ。
「この中にいるのでは?」
ナツキが言い放つ。声が冷たく、鋭い。
「どう思う、ハヤテくん」
「え、うーん」
ハヤテは斜め下の床を睨みながらうめく。
「自分が犯人じゃないのは当然だけど、だからって、誰かを犯人呼ばわりしたくない気持ちもある…」
「でも実際には、誰かがやってんだぜ?」
「そうだけど……」
「リカルドくんは?」
「そうだな。もしかしたらだけど」
リカルドは真剣な顔で言った。
「ここに居ない人の中にいるんじゃないか?」
◇◆◇◆◇
リカルド・シグレ。18才。《
彼は実は、この学園の地元出身である。
なので、別に深く考えることもなく、これまでの同級生と同じように当たり前のようにこの学園に入学した。
ただ、家庭の事情で、入学時期は少しずれてしまった。それ自体に問題は無い。
ここに来る前の彼はいわゆる優等生だった。大きな問題を起こすでもなく、真面目に授業を受け、それなりに良い成績を修め、そのまま卒業した。
では、彼が特別読書好きかといえば、常軌を逸しているような読書量、ということは無かった。
嫌いではないが、入れ込むほどではなかった。
彼自身、《読む者》という《役割》を持て余していた。どうせなら、《召喚士》や《銃使い》みたいなわかりやすく派手な役割の方が良かったと、思わなくもなかった。
とはいえ、入学してからすぐに可愛い彼女ができたし、クラスメイトは見ていて飽きないし、先生はなんとドラゴンだ。
ここは特別な学園だと聞いてはいたが、これまでいた学校とは全然違う。
退屈しなくてすみそうだ。そう思っていた。
◇◆◇◆◇
「アーちゃん、大丈夫かな?」
ルカが心配そうに呟く。
「無事だといいね」
キリも同意する。
「なにか美味しいものでも用意しましょうか」
「いいね! そしたら疑ったこと許してくれるかも」
「おいおい、気楽かよ。カルロ、死んでんだぜ?」
「そうですけど、犯人扱いしてしまったことは、謝罪すべきでしょう?」
そう言うメローネの陰からキリが覗き込み、舌を出して威嚇している。
そんなことを言いあいながら、アーチェの部屋の前にたどり着いた。
ルカが、床に付くように取り付けられた簡易的な
「アーチェさん、ご機嫌はいかが? よければ一緒にお昼でも……」
そう言って部屋に入りかけたメローネの動きが、不自然に止まる。
「……え?」
そこには、物干し竿から吊るした紐にぶら下がる、アーチェがいた。
首で、だ。
不審なメローネの姿に、顔を覗かせたガラハドがメローネを押しのけてアーチェに走り寄るのと、ルカが大きな悲鳴をあげるのはほぼ同時だった。
「誰か! 紐を切ってくれ!」
ガラハドがアーチェを持ち上げながら叫ぶ。その声にメローネが気を持ち直し、瞬時に反応。爪を伸ばし、物干し竿につながる紐を切る。そして床に横たえられた彼女の首を縛る紐も、注意深く爪を引っ掛け、切り裂いた。
「おい、しっかりしろ!」
ガラハドが呼びかけるが、アーチェはピクリともしない。
首や手首で脈を確認していたメローネが、なにかに気づいて言う。
「まだ温かい……。でも脈も呼吸も止まっています」
「人工呼吸だ! オレは心臓マッサージをやる!」
保健で習った蘇生法を、ぎこちなく、だが確実に行使する。ルカはまだ衝撃から立ち直れず、その場から動けないが、キリは室内に入り、治癒能力を持つ妖精を限定召喚。しかし妖精は戸惑い、なにも出来ないまま還っていった。つまり、
「ダメだ。もう、手遅れだった」
ガラハドが、絞り出すように声を出す。
メローネはアーチェの手を握り、静かに泣いていた。
キリは深呼吸を一つして気持ちを落ち着かせ、薄く開いていたアーチェの目と口を閉じてやった。ふと首を見ると、苦しくて掻きむしったような傷があった。
入り口からルカの声が聞こえる。
「なんで、こんなことに? だって、お昼には来るって言ったし、あとちょっとだけ、まてなかったの……?」
しばらく、押し殺した泣き声だけが満ちる部屋の中、キリはベランダへの扉を確認する。そこにはマスキングテープが貼ってあり、剥がした跡は確認できなかった。物干し竿には特におかしな所はなく、紐は荷物を結ぶときに使う一般的なもので、こちらも見える範囲に特殊な加工などは無かった。
部屋の中を見回す。部屋は整頓されていて、特に誰かと争ったようには見えない。
「部屋の中はあんまり触らないようにしようぜ。なにかの痕跡を台無しにしちまうかもしれねぇ」
「あ、ごめん」
キリが伸ばしかけた手を引っ込める。
「じゃあ一度戻ろうか。みんなにも、先生にも伝えないといけないし」
「そうだな。行こう」
ガラハドが先に動き、それにキリが続く。
「ここだけ確認しとくね」
と言って、トイレとお風呂を覗く。誰もいない。
ルカに対して、立てるか、と言葉をかけるガラハドの声が聞こえた。
メローネも名残惜しそうに玄関を振り返った。
そして歩き始めたとき、あることに気付いた。
背筋に戦慄が走る。気付いたことと自分の感情を整理出来ず、軽い混乱に見舞われる。
「行くぞ?」
ガラハドのセリフに、ビクリとしたが。
「すぐ行きますわ」
極力動揺を悟られぬよう、呼吸を整えて前に進む。
しかし、思考は整っているとはいえない状態にあった。
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