第十八話 なにが本当でなにが嘘なのか

 ◇◆◇◆◇


 ルカ・リィリス。16才。《誘惑》


 夢魔族に生まれた彼女は、普通の人間とはちょっと違う環境にいた。

 夢魔族とは一般的に、サキュバス、インキュバスといった、魔物に分類されることが多い。

 とはいえ、一口に夢魔といっても、世界によって姿も生態も全く違うことも多い。


 ルカの種族は、ほとんど人間と同じ生活をしている。ただ、問題が一つあり、なぜか同種族で子供ができないのだ。

 だから、人間と交わる必要がある。

 そのための能力として、魅了や共感のスキルを使える者も多く、それらを駆使して人間を連れてくるのだ。人間からしてみれば、家族を騙し、無理矢理攫う魔物として扱いたくなるのもわかる。


 ちなみに、一度夢魔に魅了されると、人間同士での恋愛感情がわかなくなり、夢魔の集団の中に人間の家族を内包することは難しい。

 そんな中、ルカもいい歳になってきた。彼女は容姿もよく、性格も悪くない。魅了が出来ないわけでもないので、連れ合いを探すのに問題はないはずだった。


 ただ、姿を誤魔化す能力が得られなかった。

 つまり羽だ。


 ちょうどその時期、近隣の人間の町や集落では夢魔を特に警戒していて、羽なんて出していたら一発で殺られてしまう。


 そこで考えた結果、遠くの学園に通うことにした。

 その学園は、様々な国からいろんな人が集まるため、夢魔がいても大丈夫。しかも出会いの機会も多く、相手を見つけるのにチャンスがゴロゴロ転がっているはずだ。

 つまり、極端な話、彼女の目的は婚活、なのだった。


 そういう意味では、リカルドを本当に虜にすることが出来るならば、彼女の目的はすでに達成されているとも言えた。

 いつでも帰れると思っていた。


 ◇◆◇◆◇


「ところで、なんだけど」


 一時の静寂を破って、キリが声をあげた。エースに目配せし、彼が頷いたのを確認して続けた。


「実は昨日、カルロくんの机を片付けてたんだけど、奥にこんなのが入ってたんだよ」


 それは例のノートの1ページ。それを先生に許可をもらってコピーさせてもらったものだ。



『新しいクラスはとんでもないヤツらばかりだ。

 クセが強くて特殊な背景を持ってるヤツらばかりだ。

 特殊すぎて嘘をついてるヤツらばかりだ。

 肩書きも《王女》に《■■》に《正義の味方》?

 ご立派なことで。

 ゲームかよ。RPGかよ。

 半分ゲームみたいなもんだったわ。

 我も負けてられないな。

 とはいえ《封印シール》でできることってなんだ?

 まあいい。どうにかなる。

 ただ1つだけ。


 《人狼》には気をつけろ。』



「なんだよ、気をつけろって。いや、そもそもなにが言いたいんだ?」


 ガラハドの言葉はもっともだ。誰にあてるでもないメモ書きを命令形にする意味はない。ただ、それを書いたのがカルロならば、なるほどな、と受け入れられてしまう流れがあった。


「どういう意味でしょうか」

「そもそも、意味なんてあるのか?」

「状況から察するに、自分たちが初対面のころ…入学当初のメモだろう? まさか予言でもあるまいに」

「その初対面、自己紹介のとき、カルロがなんて言ってたか覚えてるか?」


 エースから問われたナツキが少し考える。


「確か、《役割ロール》が《掴む者キャッチャー》で、左手に邪龍を封印し、嘘を見破る目を持っている?」

「そう。《掴む者》は、見栄を張った嘘だったんだろうな。《封印シール》が本人的に気に入らなかったんだろ。だって他のクラスメイトがみんな嘘をついていることがわかっていたから、嘘に抵抗が少なかったんだろうからな」

「つまり、邪龍のことが本当だったように、嘘を見抜く力も本当だったと?」


 エースは頷いた。


「しかも、ただ嘘を見抜くだけじゃなく、その裏にある真実まで突き止めることが出来たはずなんだ」

「は? そんなわけあるか? こんなんでなにがわかるっつんだよ」

「ガラハドの言いたいことはわかる。でも、このわざと汚してあるところがあるだろう? そこには、俺に関するごく個人的なことが書かれてあったんだ。これはダオール先生に確認して貰えばわかる」


 みんなの視線が先生に集まる。先生は静かに、しかし確かにしっかりと頷いて言った。


「先生は、わざわざ状況を混乱させるような嘘はつかない。それは学園のルールと思ってもらってもかまわない」


 先生の言葉に、みなは不承不承ながらも納得せざるをえない。

 それでも、先生にとっては実はかなりグレーな範囲だった。


 実際に消された情報は、エースのものではなく、キリのものだ。元《大災厄》であるキリは、実はまだ《役割》の判定で《災厄》として扱われていたのだ。

 自己紹介のときに言った《召喚士サマナー》は《副役割サブロール》としてのものだった。どうやら、一部の《上級役割ハイロール》の中には《副役割》を得られるものがあるらしい。エースの《勇者》と《剣士》のように。


 なぜ《災厄》をキリのものではなく、エースのものと偽ったのか。それは万が一隠された単語が《災厄》だとバレたときに、キリを守るための、エースの保護者としての責任からだ。それ以上の理由はなく、先生が正確に表現しないで済むギリギリのラインだった。

 つまり、誰も知らないはずの個人情報をカルロが知っていたことで、カルロの能力を証明する意図の回答である。


「で、だったらなんだってんだよ」

「この中に、カルロくんが警戒する必要があると判断した《人狼》がいるってことだ」

「人狼? つまり、裏切り者がいるってことか?」


 と言ったのはリカルド。


「でも裏切り者っていうのも曖昧だな。いったいなにを裏切ってなにがしたいんだ?」

「少なくとも、殺人を含むような思想だってことだな」


 うっ、と言葉を詰まらせるリカルド。彼に限らず、人狼のイメージがクラス内に共有されつつあった。


「それで、どうやって人狼を探すんですか? 全員のステータスを開示させますか?」

「いやそれが、どうやら《役割》として《人狼》を持ってる人は居ないみたいなんだ」


 そう言ってエースは先生を見た。


「基本的に、生徒の個人情報を無制限に公開することはできないが、居ないものを居ないと言うことは可能だ」

「ちなみに、この《正義の味方》ってのも居ないらしい。カルロ独自の表現方法だったみたいなんだ」


 エースの中ではなんとなく誰のことなのか予想がついていたが、それを言う必要もないだろう。


「今俺たちがすべきことは、人狼……犯人から身を守りつつ、それを特定することだ」

「……うん、それはまあ、わかってたことだけど」


 リカルドは、ここまでのくだり、必要だった? という顔。それにエースは答えた。


「これは予想でしかないけど、この事実こそが、カルロくんが殺される動機だったんじゃないかな」


 人狼が自分の正体を隠すために、口封じをしたということだ。


「んな、こまけぇことはいいんだよ」


 ガラハドが痺れを切らした。


「いったい誰が犯人なんだよ」

「それはもっと外堀から固めていくしかないな」

「だったら、次はどうする? アリバイや動機から探すのが難しいなら……」

「凶器……凶器は? 銃弾じゃなかったんなら、なんだったの?」


 リカルドの言葉に答えたのは、ルカだった。


「いったいなにを使ったらあんな傷になるの?」


 それはさっき、ざっくりと探したけれどわからなかったものだ。

 メローネが考えながら言った。


「細長くて固くて鋭いもの。工具類ならそれっぽいものがありそうですわね」


 そして何気なく、教室の後ろに置いてあった工具箱を開けた。


「え?」


 そして動きを止めた。

 心配したナツキがその手元を覗き込むと。


「ありました。凶器です」


 メローネを連れてそこから離れた。


 逆にエースが咄嗟に動き、それを確認する。


 そこには、先端を血で汚された、プラスドライバーが無造作にしまわれていた。


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