第十六話 アリバイ探し

 次の日、エースとキリが教室に入ると、先生を含めアーチェ以外の全員が揃っていた。

 いや、廊下側の前の席、そこに人はなく、一輪挿しの花瓶が置いてあった。


 キリが泣きそうな顔でその花瓶を見ている。エースは心の中で祈りを捧げると、キリの背中を押して席についた。


「今日は、午前中は話し合いにあてる。午後からは通常授業を行う」


 ダオール先生がそう言うと、クラスにやや不穏な空気が流れる。こんな状況でも授業優先なのが不満なのだろう。ただ、いまさら言っても先生はあてにならないと、文句を言うほどの人はいなかった。


「まずはカルロの遺体を調べてわかったことから伝えよう」


 先生が黒板に板書していく。


「まずは死因だが、眉間の少し上を細長いもので貫かれたようだ。内部にはなにも残っていない。弾丸のようなものをほじくり出した形跡もないため、直径五ミリ、長さ五センチほどかそれ以上の長さの凶器と見られる。他に大きな外傷はない」

「え、じゃあアーちゃんじゃないじゃん」


 ルカが思わず声を出した。


「早く出してあげないと」

「まあ待てよ」


 遮ったのはガラハドだ。


「凶器が銃じゃなかったってだけで、犯人じゃないって決まったわけじゃねーだろ。本当に犯人だったら絶対に疑われる銃を使うわけねーんだから、逆にあやしいまであんじゃねーのか」

「どうしてもアーちゃんを犯人にしたいの!?」


 それには答えず、はんっと鼻で笑い飛ばした。


「とりあえず先生のお話を聞いて、情報をまとめてからでもいいのではないですか?」


 そう言ったのはメローネだ。ルカは納得できたわけではないようだが、振り返っていた体勢を前に戻し、座り直した。


「凶器の候補はなにかないんですか?」


ハヤテが質問した。


「傷の内部がいくらか乱れていたようなので、多少の湾曲はあっても成り立つようだ」


 傷の内部って、脳みそってことだよね。乱れてたって、うぇ。


「先生すいません、ちょっとトイレに行ってもいいですか?」


 リカルドが片手で口を押さえながら、もう片方の手を挙げて進言した。

 先生が頷くと、リカルドは慌てるように出ていった。脳みそぐちゃぐちゃを思い浮かべちゃったんだろうな。


 他のみんなはなんとなく教室内を見回す。なになら凶器になりうるだろうか?

 ボールペン? シャーペン? チョークは無理か。ヘアピンのようなアクセサリー類はどうだろう?


 もしくは誰ならそんな凶器で人を殺せるだろう。

 今疑われているアーチェの《技能》は、銃を撃つだけでなく、手に持てる程度のものを射出することが出来る。釘のようなものがあれば、撃ち込んだあとに抜くことも出来るだろう。


 エースなら箸でも木の枝でも可能だ。

 キリなら、召喚術でなにか呼び出せるかもしれない。

 メローネとナツキ。この二人は、猫獣人の身体能力として、爪を長く伸ばすことが出来る。

 ルカならカルロ自身を操って、なにかに頭をぶつけさせることが出来るかもしれない。


 しかし結局、はっきりと特定することは出来なかった。

 扉を開けて、リカルドが戻ってきた。顔色は悪く見えるが、とりあえずは大丈夫そうだ。


「次に死亡推定時刻だが、あの邪龍が出現する十分ほど前だと推測される」

「出てきたときじゃないんだ」


 リカルドの疑問には、他の人も同意だった。


「それだと教室内で具現化し、別の意味でも大変なことになっていただろうな。封印で圧縮された状態でグラウンドまで移動したのだろう」


 そう言われると、なんとなく想像がついた。絵に描かれたムカデが狭い隙間を通って、外まで歩いて行くのだ。


「今わかることはこれだけだ」


 先生がチョークを置き、教壇の脇に避ける。


「では、昨日と話がかぶるとは思いますが、改めてその時間、誰がどこでなにをしていたのか、はっきりさせましょうか」


 メローネが立ち上がって言う。


「まずはわたくしたちですが、ナツキと家庭科室で料理の試作品を作っていましたわ。授業が終わってからずっといましたので、犯人にはなりえませんわ」


 そう言って座った。

 続いてリカルドが立ち上がった。


「僕とルカもずっと一緒にいたよ。あれは、邪龍が出てくるより三十分くらい前かな。教室でルカとカルロと一緒に飾り付けの小物を作ってたら、その鳥居に当たっちゃって、その拍子に割れちゃって、なんとか直そうとしたんだけど材料と道具が足りなくって。それで先生に道具を借りる相談に行ったんだけど、職員室にもう先生がいなくて。どうしようかウロウロしてたら急に周りが慌ただしくなって、校庭を見たらあの邪龍がいたんだ」


 リカルドがルカに目配せすると、ルカがうんうんと頷く。

 ガラハドが手をあげて質問した。


「先生ぇ、いなかったんスか?」

「ああ、ちょうどキリカドの補習の準備をしていたときだな」

「じゃあ職員室まで行ったのは、少なくとも本当なんだ」


 ハヤテが言うが、ガラハドが反論する。


「その時点でもう殺してたかもしれねーだろ。証拠隠滅しようとしてたんじゃねーのか」

「そんなワケないじゃん! なんでそんなこと言うの!?」


 ルカが立ち上がり、ガラハドを睨んで大声をあげた。


「思いついたから言ってみただけだろ。誰だって思うぜ?」


 動じないガラハド。

 リカルドがルカを落ち着かせ、「以上です」と言って座った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る