第十五話 取りあえず監禁

  ◇◆◇◆◇


カルロ・フロスベルク・ダークシュタイン・パン。14才。《封印シール


 パン家の三男で、生まれつき両目で色が違う。その右目は魔導師の家系に祝福をもたらす大精霊の加護の証。しかし真実を見透すその力は、近所の他人はもとより、家族の中にあってさえ、うとましく思われていた。

 そのせいか、彼は自分の考えや感情を過剰に表現するようになった。自らの潔白を知らしめるかのように。


 彼が6才のとき、書斎にあった魔導書の一つを開いた。するとそこから魔人が現れた。それが問いかける問題は、普通の者なら騙され、間違えてしまうものだったが、彼はその右目の能力によって正解を導き出した。そして魔人の力を得た。


 彼が10才のとき、彼が住む国が邪龍の襲撃を受けた。国をあげての討伐戦となった。当然、魔導術師の彼の家族もそれに参加していた。

 総力戦となった。少なくない被害を出したが、それでも討伐には至らなかった。

 彼自身に参加の義務はなかったが、家族が目を離したすきに、最前線へと向かっていた。

 邪龍の目の前に立った彼が左手をかざすと、彼に宿った魔人の力が邪龍をとらえた。

 魔人は邪龍を次元的に折りたたみ、その存在力そのものを小さくすると、彼の左手に封印した。その封印の維持に、魔人の力のほとんどを奪われることになった。


 彼は、国を救った英雄であるとともに、厄介事を背負った腫れ物として扱われることになった。

 そして彼が一人で旅が出来る歳になると、勉強のためだと、追い出されるように遠くの学園に入れられた。


 それがこの学園だ。

 そんな、あまり望ましくない形での入学となったが、彼自身は肩の荷がおりたような開放感を味わっていた。

 彼のことを知らないクラスメイトは、彼のことを特別扱いしない。

 彼はやっと年相応の男の子になれたのだった。


 ◇◆◇◆◇


 教室を出てから、女子寮までアーチェを送っているメンバーたち。

 アーチェとルカを先頭に、ハヤテとリカルド、ガラハド、メローネ、ナツキと続いている。


 ちなみに、寮は異性厳禁、ではない。

 種族が違えば文化も違う。なんなら世界のルールすら違うところから集まっているのだ。厳密に男女を分けて管理することなど、どだい無理なことなのだ。


 周りの人は騒がしく楽しそうにしているなか、沈痛な面持ちで言葉少なに進む一同。

 そんななかで、ガラハドが小声でメローネに話しかけた。


(正直アイツがそうとは思えねーけど、いちおー犯人候補なわけだから、外から鍵かけたほうがいいよな?)

(……そうですわね。なにか簡単な仕掛けでも作れないかしら)


 そのうちアーチェの部屋の前に着いた。


「アーチェさん、申し訳ないのですが、念の為外から閉じられる簡単な鍵をかけさせてもらいます」


 アーチェは怯えた顔をしている。


「そのかわり、この後もしなにかあったとき、閉じ込められているアーチェさんは犯人ではないことが確定します。なので、しばらくは我慢してくださいね」


 メローネの説明に、戸惑いながらも返す言葉のないアーチェ。


「明日のお昼くらいに様子を見に来るから。それまではどうにかなる?」

「うん、3日分くらいの食べ物はある」


 1Kとはいえ、トイレもお風呂もある。そのへんの心配はしなくても良さそうだ。


「ベランダにも印を付けておきましょうか?」

「そうね、その方が安心ね」


 ナツキの提案にメローネが答える。お邪魔します、と部屋にあがると、部屋干し用の物干し竿を避けながらベランダへの扉を確認。鍵を閉めると、鍵の部分やサッシと扉をまたぐようにマスキングテープを貼る。これでベランダに出ようとすると、マスキングテープが切れるか、剥がした跡が残る。


「他に出られそうな所は……ありませんね」


 ナツキが一通り確認して、外へ戻る。


 そこでは、ガラハドが金属の板を折り曲げていた。よく見ると、金属製の定規だ。それをU字型に曲げて、扉の横の一番下の壁に釘で固定。そこに鉛筆を三本ほど噛ませることで、外開きの扉に対してかんぬきの役割をもたせる。ちなみに、材料はみんながアイテム欄に持っていた文房具や文化祭準備に使うつもりだった工具を利用した。


「本気で閉じ込めるつもりはねーから、いざってときには、火事とかな、強引に押せば開くだろ。さすがに鉛筆くらい折れるよな?」

「ただし、なにもないのに外に出ていたとわかると心象が悪くなりますので、お気をつけください」


 アーチェは神妙に頷く。さすがの彼女も言葉が少ない。


「こっちも出来るだけ調査するからね。犯人がわかったらすぐに迎えに来るから」


 ルカも精一杯はげます。アーチェは不安そうだが頷いている。


「それではまた明日、お昼には参りますわ」


 メローネが扉を閉めると、ガラハドが鉛筆を金具にはさむ。なんとなくひと仕事終えた感でほっとする。


「それでは、わたくしたちも今日は休みましょう。各自、戸締まりはちゃんとして、今日は誰が来ても部屋の中には入れないこと。よろしくて?」


 みんな神妙な顔つきで頷き、それぞれが自分の部屋へと戻っていった。


 ふと、金具に挟んである鉛筆を見ると、一本だけ反対側に向いていた。なんとなくそれをきれいに揃えて、自分の部屋へと歩みを進めた。


 ◇◆◇◆◇


アーチェ。18才。《銃使いガンナー


 彼女は、国ごとの文明度に差があるこの世界において、比較的田舎に類する国に生まれた。

 五人姉弟の長女で、まだ幼い弟妹たちの面倒を見ながら家事の手伝いなどをしていた。

 その弟たちも大きくなったあるとき、父親から提案があった。


 学校へ行ってみるか、と。

 すでに大人といっていい歳ではあるが、学校へは、いわゆる小学校レベルのところにしか通ったことがなかった。そこで、父親が特殊な学校の話を聞き、そこは学費も高くないということで、勧めてみたのだった。

 父親にしてみれば、もちろん勉強して戻ってくれば女でも稼げる仕事につけるかもしれない、なんて期待もあっただろうが、安い学費でその間口減らしが出来る、そんなことを考えていたのかもしれない。


 そんな思惑も少しは感じていたのだろう。ただ、別にそれが不憫だとは思わなかった。自分の周りにも同じような境遇の人はいくらでもいたのだ。


 そんな中、自分でスキルを得ることができた。射撃なんて、意外と有用なスキルだ。もしかしたらこの学園から出てしまうと消えてしまうのかもしれないけど、それでも経験が全てなくなるわけではないだろう。これなら、比較的稼ぎのいい、狩りのメンバーに入れてもらえるかもしれない。

 そう考えれば、この学園の授業や訓練は、とても有意義なものだった。


 アーチェの学園生活は充実し、彼女自身もそれを楽しんでいた。


 ◇◆◇◆◇


 夜、エースは寝つけず、なんとなくベランダから空を眺めていた。

 こういった事件は、今までも何度かあった。でも正直、人を疑うというのは得意ではなかった。特に知り合いを疑わざるをえない状況ならなおさら。今のところ、犯人を特定するものが何もないため、全てを一律に疑うしかなかった。唯一、キリに関してはまずないだろうと思ってはいるが、例え1%未満であろうとも、その可能性があるなら決めつけることはできなかった。


 犯人はなぜカルロを殺したのだろうか。そもそも本当にクラス内に犯人がいるのだろうか。みんなはおとなしく部屋にいるだろうか。


 見回りに出ることも考えたが、容疑者が特定出来ない現状、エース一人では手が足りない。そのうえ出歩いているところを誰かに見られれば、怪しいとして今度はエースが閉じ込められることになるだろう。

 そうなれば、犯人を探すのは難しくなる。それだけは避けなければならない。


 今日の夜風はやたら冷えた。季節はこれから暑くなるはずで、昨夜は蒸し暑くて寝苦しいくらいだったのに。

 どこからか獣の遠吠えが聞こえる。はっきりとは分からないが、思ったより近く、学園の敷地内のように聞こえる。誰か内緒で犬でも飼っているのだろうか? それともどこかのクラスの獣人の血が騒いだか。

 そう思って見上げれば、頂点に差し掛かろうとする満月の鈍色の輝きが、不安な心をやけに刺激した。


「……そろそろ寝るか」


 エースは部屋に戻り、しっかりと鍵をかけると、明かりを消した。

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