第十四話 始まりは唐突に

 ルカの悲鳴をキッカケに、一瞬動きを止めていたみんなが一斉に動く。


 突然の悲劇に取り乱したルカとアーチェ、その二人を保護するようにキリとリカルドが教室の前の方へ移動させる。


 エースはカルロの傷を見て、その手を取り脈を確認すると、それを覗き込むナツキとメローネに頭を振って結果を伝える。ナツキは警戒と覚悟を、メローネは恐怖と不安と、ほんの少しの好奇心の混じった表情でカルロを観察する。少し離れているガラハドも、不快そうに顔を歪めた。


 ハヤテは教室内を見回し、どこかに誰か、なにかが隠れていないか探っている。人を殺すようななにかを。しかし、なにも見つけられそうになかった。


 不意に教室の扉が開く。

 視線の集中するなか、入ってきたのはダオール先生だった。


「先生! カルロくんが! 大変なんです!」


 アーチェが駆け寄り、訴える。

 先生は教室を見回し、状況を確認する。


「そうか、死体はこちらで処分しておく。そのままにしておけ」

「え? それ、だけ、ですか? 人が死んどるんですよ!」

「ああ、死因などの情報はまとめておく」

「ふざけんといてください! 事故なんかじゃないんですよ! 殺人です! 警察を、犯人を捕まえないと!」


 先生は目を細めてアーチェを見る。


「最初に説明したはずだが、クラスの《テーマ》に関することは、クラス内で解決しなければならない。学校外のものはもちろん、他クラスも、そして先生もこれに関与することは出来ない。ごく稀な状況として、クラスを越え、学園、ひいては国に影響を及ぼしかねないほどの超絶的な問題に対応するときにのみ、クラス外の協力を得られる場合がある」


 アーチェは、なにかを言おうと口を開けたまま、しかし言う言葉が見つからず、困惑している。


「だったら先生は、なにをしてくれるんですか?」


 ルカが、珍しくきつい口調でたずねる。


「今まで通り、授業をやる。あとは《テーマ》の、メインじゃない割に他クラスに被害が出そうな場合にはフォローする。さっきみたいにな」


 そう言って、なにかの絵が描かれた、和紙のような紙を取り出した。


「残留していた封印式を利用して、再封印してみた」


 それは、墨で描いたムカデのような絵だ。エースはひらめき、カルロの左手の手袋を見る。それは手の甲の部分が破れていた。そこに描かれていたはずの絵は見当たらなかった。


「あれは、本当だったんだ」


 カルロが自己紹介のときに言っていた、邪骸竜ザルムルなんとかというドラゴンを左手に封印しているという話。


「じゃあ、アレが校庭に出現したときが、カルロくんが死んだとき?」


 空気が緊張する。あのとき、自分はどこでなにをしていただろうか。そして他のみんなは?


「オレは屋上で昼寝してたぞ。なあハヤテ」

「あ、うん。邪龍が出てくる少し前まで、一緒に屋上にいたから」


 エースが質問する。


「じゃあハヤテくんは途中でどこかに行ったのか?」

「そう、だね。ちょっと用事があって。ただ、一人だったから自己申告でしかないけど」

「わたくしたちは、家庭科室で文化祭用の料理のレシピを確認していましたわ」


 メローネが、ナツキの腕を引き寄せながら言った。


「ほとんどずっと一緒にいましたから、お互いに不在証明アリバイを証明できますわ」


 ナツキもしっかりと頷いた。


「私たちもアリバイはあります」

「僕たちは、鳥居をなおす道具を借りに行ってたんだ」


 リカルドとルカだ。不安そうなルカにリカルドが寄り添っている。


「ボクは、体育館で補習だったから、先生を待ってた。その間は一人だったね」


 というキリの発言に続き、アーチェが言う。


「あちしは一回寮に戻って、そのあとは他のクラスがどんなんしとるんか見て回っとった。なんか参考にできんかと思って。まぁ、一人だったからあれだけど」

「俺は他のクラスの知り合いと会ってたな。文化祭とは関係なかったけど」


 そう言ったエースでアリバイの証言は最後か。

 全員の証言が出たところで、リカルドがまとめた。


「じゃあ、アリバイが無いのはハヤテくん、アーチェさん、キリさんの三人か?」

「待ってよ、エースくんは? このクラスのことなのに、他のクラスの人と会っとったって、アリバイになるの?」


 疑われたアーチェが慌てたように声をあげた。


「それに、リカルドくんとルカっちは恋人だし、メローネさんとナツキさんは主従関係でしょ? 口裏を合わせるくらいするんやないの?」

「わたくしたちが嘘を言ってるとおっしゃるの!?」

「だって、本当にそうなのか確認できんのやもん」


 アーチェは少しパニックに陥っているようだ。


「落ち着けよ。誰もアーチェさんが犯人だなんて言ってないよ」

「言ってるよ! エースくんだって疑われとんのに、なんでそんなに平気なんよ」

「俺は自分が犯人じゃないって知ってるからな」


 余裕ぶるエースを見て、慌てすぎている自分が逆にあやしいと自覚したアーチェは、少し落ち着くことが出来た。


「もっと他の方向から情報を集めようぜ。最後に生きてるカルロくんと会ったのは誰なんだ?」


 お互いに顔を見合わせる。授業中は当然として、文化祭準備の間はどうだっただろうか。カルロはいつも一人で騒いでいるイメージがあるが、最近はみんなスルーすることが多くなり、どのタイミングが最後だったかいまいち確定出来ずにいた。


「あ、そう言えば」


 キリが思い至った。


「姿は見てないけど、声なら聞いたよ。確か邪龍が出てくる十五分くらい前かな」


 全員の視線がキリに集まる。


「ちょうどこの教室の前の廊下を通ったときに、カルロくんの声が聞こえたんだ。珍しく強い口調だったんだけど、まあカルロくんだからと思って通り過ぎたんだ。補習に遅れるかもって急いでたし。でもそう考えたら、あれが最後に聞いたカルロくんの声だったんだなぁ」


 寂しそうに言うキリ。でもまぁさすが元《大災厄》とでも言おうか、人の死には何度となく立ち会ったせいで、それほど取り乱した感はない。


「じゃあここで最後に話してた人がいるってことか? 誰だかわからないのか?」

「うん、相手の声は聞こえなかった」

「誰か、それは自分だって人は?」


 エースの問いかけには誰も答えない。そうなると、そのときの相手が犯人の可能性が高いか。


「一人で騒いでたんじゃねーのか?」


 とはガラハドの意見。


「普段ならそれもありえるかもしれないけど、殺されてるからなぁ。さすがに無関係だなんて楽観視は出来ないよ」


 ふむ、と唸るガラハド。

 そこでメローネが発言した。


「それはそうと、カルロくんのこと、もっと調べなくていいんですの?」

「確かにそうか。って言っても、専門的なことはわかんないけど」


 エースはカルロの顔を覗き込む。半目になった目を閉じてやり、両手を合わせて軽く拝む。


 目立つ外傷としては、額にあいている穴だ。直径は小さく、小指でも入りそうにない。深さはわからないが、少なくとも頭蓋骨は貫通しているようだ。他に傷がないかと簡単に探してみたが、少なくとも出血するような傷はなかった。


「結局これかな。一体どうやったらこうなるんだ?」


 リカルドが前に出てきた。


「鋭いもので突き刺したか、もしくは……」

「銃痕みたいだな」


 ガラハドの言葉に、再びアーチェに視線が集まる。


「え? 違うよ、そんなわけないじゃん?」


 アーチェはなるべく焦らないように否定する。が、みんなからかけられた疑いは晴れない。


「待ってよ、よく考えて。あちしがカルロくんを殺す理由なんてないでしょ?」

「そんなの、僕にだってないよ」

「わたくしにもありませんわ」


 ハヤテとメローネが続けて言った。


「誰にだってないよ! あるわけないじゃん!」


 ルカが突然大きな声で言い、我慢できなくなった涙が流れた。押し殺した嗚咽を漏らすなか、リカルドが教室の隅に椅子を移動させ、休ませた。状況の急展開に感情が追いつかず、爆発してしまったのだろう。


「そうは言っても、犯人がいる可能性が高いのがわかってるのに、なにもしないわけにはいかないでしょう」


 ハヤテが珍しく自主的に発言した。


「ならどうしますの?」

「他に被害が出ないように、いったん閉じ込めておく、とか?」

「やめてよ! あちしは嫌だよ!」


 アーチェがまた取り乱しはじめた。


「あちしが知ってること全部話すから、そしたら犯人じゃないってわかるよね」


 彼女は指を折りながら思い出していく。


「順番は忘れちゃったけど、キリちゃんを見た。すっごい急いでた。リカルカの二人も見たよ。すっごい深刻そうな顔で歩いてた。どっちもあやしくない?」


 それから、と続ける。


「猫耳二人は見てない。あやしいよね。ホントはエースくんが誰かと話してるのも見てた。あちしが犯人なら他の人を有利にすることなんて言わないよね。あとは」


 半分パニックになりながらまくしたてるアーチェの手を、ガラハドが掴んで止めた。


「落ち着けって。どっちにしろ隔離するのはコイツで決まりだな」


 え? とガラハドの顔を見るアーチェ。泣きそうになっている。


「どうして!? あちしじゃないもん!」

「わぁったから」

「今のアーチェさんが心配なんですよ」


 ハヤテが優しい声で言った。


「アーチェさんが犯人じゃないなら、一人でいた方が安全じゃないですか? ちょっと休んだ方がいいですよ。寮の部屋に戻りましょう」


 はぁはぁとアーチェは息を整える。少しだけ落ち着いた彼女は、ゆっくり頷いた。


「わかった。そうね。そうするわ」

「方針は決まったか」


 ダオール先生が発言した。


「もうとっくに下校時間は過ぎている。今日は帰りなさい」


 それだけ言って教室を出ていこうとする。が、間際に振り返って告げた。


「この教室にあるカルロの荷物だけまとめておいてくれ」


 それを聞いて、エースとキリが荷物をまとめることになった。

 みんなが教室を出て二人だけになると、教室後ろの棚にあったカルロのカバンを机に持ってきて、机の中身をその中に詰め込んでいく。


「見て見てエース、カルロくんの机の中、ぐちゃぐちゃだよ。小学生でももうちょっとキレイに入れるよ」


 確かに、教科書やノートが曲がったまま無理矢理突っ込まれていて、プリントなどクシャクシャになっている。

 手前から順に引っ張り出し、一応軽く揃えてカバンに入れる。プリント類も、念の為すべて開いて揃えていく。

 大半のものを取り出したあと、なにか残ってないかと机の中を覗き込むキリ。一番奥に、押し込められて固まった紙を見つけ、取り出した。


「なんだろこれ」


 それは破り取られたノートの1ページ。書いたのは当然カルロだろう。内容はこうだ。


『新しいクラスはとんでもないヤツらばかりだ。

 クセが強くて特殊な背景を持ってるヤツらばかりだ。

 特殊すぎて嘘をついてるヤツらばかりだ。

 肩書きも《王女》に《災厄》に《正義の味方》?

 ご立派なことで。

 ゲームかよ。RPGかよ。

 半分ゲームみたいなもんだったわ。

 我も負けてられないな。

 とはいえ《封印シール》でできることってなんだ?

 まあいい。どうにかなる。

 ただ1つだけ。


 《人狼》には気をつけろ。』


「人狼って?」

「一般的には、狼男とかだな。条件を満たすと、狼の姿になる人間、獣人のことだ」

「メロちゃんやナッちゃんみたいな?」

「あの子らは変身、するのかなぁ?」

「じゃあ、一般的じゃない人狼って?」

「それは……」


 エースはひとつ息を整えて言った。


「人食い狼。つまり、裏切り者ってヤツだ」

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