第十ニ話 それは始まりだった……ほんの、ね

 それを見たエースは窓を開けて、その身を外に踊らせた。そこは二階だったが、難なく着地する。


「なんだあれは」


 この学校のグラウンドは、ドーム球場四つは入るほど広大なのだが、そこにそれこそドーム球場ほどの大きさのものが出現していた。


 濡れたような光沢の鱗に包まれた蛇のような長い胴体の左右に、長い鉤爪のようなものが体側に沿って無数に並び、蠢いている。それだけ見るとムカデのようだ。

 しかしその背側には幾対もの細長い皮膜の翼が揺れる。

 そしてその頭。まるで人の頭蓋骨にも似た外骨格は、深海魚のように大きな顎を開き、無数の牙の間から汚れた粘液を垂らしている。


 それがとぐろを巻いて辺りを探っている。


「邪龍、の類でしょうか」


 そう声をかけてきたのは、校舎から出てきたメローネだ。後ろにはナツキもいる。


「知っているのか?」

「いえ、何かの書物で見かけたものと似ているような気がして」

「地域によっては、単純に巨大なものを龍族とすることもあります。ともかく、相当な危険生物に違いなさそうです」


 そう言ったのはナツキ。メローネを守るために一歩前に出て、真剣な顔で戦闘態勢に入っている。


「なんよアレ、戦うつもりなん?」


 アーチェが走って合流してきた。


「エース! みんな! 大丈夫!?」


 キリも反対から走ってきた。

 クラスメイトが集まるなか、逆に他の生徒は避難していく。

 これはまさか。


「とうとう始まったのか、このクラスの《テーマ》が」

「生き残りバトルものってことです?」


 なぜかメローネは目を輝かせている。いや、このお姫様は派手な展開を好む傾向は前からあったな。


「みんな、どうなってる?」


 そう言いながらさらにリカルドとルカも合流。戦闘能力の高くない二人は、不安そうに身を寄せ合っている。


「アレ、わたくしたちで倒すみたいですよ!」


 メローネのセリフに、アレを見る二人。絶望感に怯えている。まあ普通はそうなる。

 そのとき、仮称邪龍がこっちに気づいて、その虚ろな視線を向けてきた。


「ナツキさん、いけるか?」

「他に選択肢はなさそうです」

「あとのみんなは守りに専念だ。出来るなら逃げてくれ」

「ボクだっていけるよ!」

「あちしの新しい《技能スキル》も見せてやるけんね」


 キリとアーチェが意気込む。


「じゃあわたくしたちは邪魔にならないようにしてましょう」


 メローネがリカルドとルカで集まる。

 邪龍が吠え声をあげ、地に鉤爪を突き立てると、魔力が流れて無数の岩が宙に浮く。それを砲弾のように飛ばしてきた。


「気をつけろよ!」


 エースが剣で岩を弾く。

 死ぬなよ、とは言えなかった。それを意識したくなかった。が、正直楽観視できるほど楽な展開になるとも思えなかった。

 ならば、出来る限り早く倒すしかない。

 エースとナツキが走り出す。

 その後ろで、アーチェが拳銃を構える。


「『重撃ヘビーショット』!」


 弾丸が岩を砕き、邪龍にヒットする。しかし、ダメージは見られず、ただ邪龍を苛つかせただけのようだ。


「『限定召喚』衝撃波ショックウェーブ!」


 キリの展開した召喚陣から巨大な鳥類の頭が現れ、その口から指向性のある衝撃波が放たれる。いくつかの岩を砕き、邪龍をよろめかせる。


 二人が防御を兼ねた攻撃を続ける、が、その隙間を抜けて一回り大きな岩がルカに迫る。

 リカルドが前に出て剣を構えるが、彼の手には余る威力だ。このままではリカルドはもちろん、その後ろのルカまで巻き込んで大惨事になる。そんな幻視が見えた瞬間、リカルドの前に誰かが割り込んできた。


 『能力解放スキルオープン破壊撃ブレイクシュート


「はあっ!」


 突如現れたその人物はキックで岩を破壊。爆裂したカケラが周囲に散らばった。


「た、助かった……」


 リカルドが安堵の言葉を漏らす。

 謎の人物はフルフェイスに、からだ全体をボディスーツで包んでいた。要所要所には急所を守るようにプロテクターが当てられている。


「あれはまさか、ライダー!?」


 振り返ったエースが思わず声に出した。


「ん? 別に何にも乗ってませんけど」

「そうだけどそうじゃなくてな」


 ナツキのツッコミに、一言で説明できないエース。


 ライダー(仮)は、振り返ってリカルドに手で『大丈夫?』と『気をつけて』と示すと、邪龍に向きなおる。


 『機能変換モードチェンジ獣走加速ビーストラン


 取り出したマテリアルカードをベルトに差し込むと、機械的な音声が流れ、プロテクターの色と形が変化する。風になびく薄緑色の毛並みのような、スピードタイプ。

 獣の爪のように変化した爪先が地面を掻き、爆発的な加速で駆けた。


「わたしも、やらなきゃ」


 ルカが羽に固定しているリュックのボタンを外し、取り外す。濡れたような艷やかな光沢の羽を軽く羽ばたかせ、広げる。


「『精一杯の応援がんばれ、がんばれ』!」


 ルカの新しい《技能》が発動。ルカを守る者、つまり仲間の能力を遺憾なく発揮させる強化能力。


「『完全召喚』ゴーレム!」


 キリが新しい召喚陣を展開。そこから巨体のアイアンゴーレムがせり出してくる。ゴーレムは体勢を低くし、防御の構え。

 そのゴーレムを盾にして、みんなが隠れる。


 ゴーレムにぶつかった岩が砕け散る。しかし、ゴーレムも相応のダメージを受けていた。


「わたくしも少しは役に立たなくてはね」


 メローネはそう言うと、ゴーレムの後ろから飛び出した。


「ほらほら、こちらですよ」


 岩のいくつかが、メローネを狙って放たれる。

 それを踊るように跳ねるように回避するメローネ。狙いが分散したぶん、ゴーレムが持ち直す。

 メローネは見事に回避していくが、全てを余裕で、というわけにはいかなかった。いくつかはかすりそうになり、そのうちに一つ、明らかな直撃コースの岩が飛んできた。


 メローネもそれには気づいていたが、どうしても回避が間に合わないタイミングだった。


「メローネさん!」


 思わずルカが飛び出そうになるが、慌ててリカルドがそれを止める。


「待って! 大丈夫だよ」


メローネは一撃は食らう覚悟で、出来る限りダメージを小さく受けようと防御したときだった。


「うおりゃぁ!」


 力任せに振られた炎の釘バットが、その岩を打ち返した。

 熱血の炎を背負ったガラハドがギリギリで間に合ったのだ。


「へっ、待たせたか?」

「そういうのは、強い方が言うものですよ」

「オレだってな、ちったぁ強くなってんだぜ」


 そう言いながらも、不敵な笑みを浮かべあう二人だった。


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