第十一話 文化祭の準備とか

「それでは、文化祭の出し物は、『ミコミコホラー喫茶』に決まりました」


 教壇に立つリカルドがそう言うと、黒板に書いてあるいくつかの候補のうち、その文字列をメローネが丸く囲った。


 一週間後の文化祭は、数少ない学園全体イベントの一つだ。その出し物はメイド喫茶ならぬ、冥土喫茶に巫女服要素を取り入れようという、かなり迷走したものになった。


 失敗の未来しか見えない……。


 ちなみに文化祭実行委員として、男子は《役割ロール》がリーダー(読み方だけ)のリカルドに押し付けられ、逆に女子はメローネが自分から立候補した。メローネは学校の行事に意外と積極的に参加していた。


 そこから店内の飾り付けからメニューの決定、調理器具や衣装の調達など必要なことを書き出して、手分けして進めるよう段取りを決めた。


「時間はあまりないので、全員で協力してやっていきましょう」


 文化祭準備は、順調に進んでいた。

 そう、あの時までは。

 そろそろ忘れかけていたアレ。


 このクラスの《テーマ》が始まってしまうその時までは。



 三日が経った。


 授業の合間に準備を進め、本番までには間に合いそうな目処がたっていた。

 そんな放課後、キリが廊下を走っていた。

 飾り付けに使うために借りていた道具を返しに行っていると、いつもの補習に遅れそうだと思ったのだ。


(理由をちゃんと話したら大丈夫かな)


 そんなことを考えながら、教室の前を通りがかった。


(ん? 誰かが話してる?)


 教室の中から声が聞こえた。


(これは、カルロくん、かな?)


 カルロがなにか叫んでいる。最初はみんなもいちいち反応を返していたが、話が飛躍するので返すのに疲れるのと、本人は言っただけで案外自己満足しているようなので、最近はみんな放置しがちになってきていた。


 ただ、今回のカルロは語気が強く、なんだか喧嘩でもしているかのようだ。

 だが、相手の声が聞こえない。声が小さいのか、喋っていないのか、それともそもそも他に誰もいないのか。


 少し気にはなったが、急いでいたのでそのまま通り過ぎた。後々そのことを後悔することになるのだが。


 そのころ、エースは別の廊下で、珍しい人と会っていた。

 相手は、誰もがすでに忘れ去っているだろう、あの皇帝ジョー・ジャック・ジャックポットだった。


「あれ、ジョーじゃん。久しぶりじゃないか」

「エースか。そっちは大丈夫か?」

「大丈夫って? なにかあったのか?」


 ジョーは警戒しているのか、辺りをチラチラと見ている。


「なにかもなにも……」

「ジョーくん、なにしてるの?」

「うわっ」


 驚くジョーの後ろから突然話しかけてきたのは、黒髪セミロングの真面目そうな女生徒だった。


「その人は? 友達?」

「俺はエース。ジョーとは、前からの仲間だよ」


 彼女はふーん、とエースを見ていたが、すぐにジョーの方を向いて口を開いた。

 だが、彼女が話し始める前にジョーが遮って言った。


「メリア、話が済んだらすぐ行くから、先に行っといてくれないか」

「そう? じゃあ遅れないようにね」


 メリアと呼ばれた女生徒は、少し寂しそうに離れていった。


「どうした? 急ぎの用事か?」

「いや、そういうわけじゃねんだ」


 なんだかいつものジョーらしくなく、オドオドというかソワソワというか、落ち着きがない。


「ジョーちん見っけ」


 台詞とともにジョーの背中に飛びついてきた少女は、ウェーブがかった金髪を左右の耳の上で束ねた、かなり軽い感じのだった。


「あ、別のクラスん人? ちーっす、リーリアだよ。ジョーちんの……」

「でやっ!」


 片手を上げて挨拶してきたリーリアを、ジョーは軽く投げ飛ばした。

 リーリアは難なく着地する。


「リーリアも、今大事な話をしてるから、後でちゃんと行くから、な?」

「なに、照れてんの? しょうがないなあ、じゃあ待ってるからね」


 ウィンクと投げキッスをして、何度も振り返りながら去っていった。

 エースもなんとなく状況が見えてきた。


「もしかして、ジョーのクラスって」

「ああ、《ハーレム系ラブコメ》ってヤツらしいんだ」


 疲れた顔で言うジョー。


「クラスの男女比が1:9。なんかもう、どうにもならねー」


 エースは、学園に入る前に曲がり角でぶつかったルカのことを話題に出そうと思っていたが、言い出せる空気ではなかったのでやめた。


「絶対キジネの陰謀だ。『様々な人と出会う学生という経験は視野を広げます』とかなんとか無理やり追い出しやがって」


 キジネとは、ジョーの国の参謀のような位置にいる女性で、かなり優秀との評判だ。どんな思惑なのかはわからないが、なにがしかの考えはあるのだろう。


「でも、楽しそうでよかったじゃないか」


 ジョーの視線が険しくなる。


「本気で言ってんのか? 目的もなに考えてんのかもわかんねーヤツらがしょーもねーキッカケで寄ってくんだぜ? 不信感しかわかねーって」

「あ、ジョーっち見っけ!」


 エースの背後から声をかけてきたのは、四人の女生徒たち。髪の色も茶、赤、青、緑とカラフルで、ポニーテール、三つ編み、その他説明しづらい謎髪型と、まるで恋愛シミュレーションゲームさながらのキャラの濃さだ。


「げっ! じゃあまたな!」


 それだけ言ってジョーは駆け出した。


「ちょ、ジョーっちなんで逃げんのよーー!」


 それを女の子たちが追いかけていく。

 ジョーにも苦手なものがあるんだなあなんて、新しい発見でなんとなく和んだエース。基本、問題は拳で解決してきたジョーには試練の時なのかもしれない。


 そんなことを考えていると、突然校舎が揺れた。しかもそれは断続的に続き、止まらない。

 周りの生徒も心配そうにしている。


「おい、あれ!」


 一人の生徒が窓の外のグラウンドを指さしていた。


 そこには巨大なものが出現していた。

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