第九話 ゲームのエンディングとかでありそうなやつ

 それから、二ヶ月ほど経った。


 その間にはいろんなことがあった。がしかし、ここでそれを詳細に語るのは、間延びすることになるし、本筋がわからなくなるだろう。だからここでは、その一部をダイジェストでお届けするとしようと思う。


 さあ思い浮かべて。優しいメロディから始まるノスタルジックな音楽。


 大きなコルクボードを背景に、そこにピン止めされたいくつかの写真。それが画面をゆっくりと横切っている。


 授業風景。昼食の時間。放課後の自由時間などの写真が並ぶ。


 その中の一枚がアップになり、動き出す。


 それは運動会。クラスメイトが体操服で、グラウンドを駆けている。その中で一番のアップになっているのは、パンを食べるメローネだ。


「メ、メローネ、この競技はそういう競技じゃないんです!」

「え? だってパンをたくさん食べた方が勝ちなんでしょう?」


 ナツキの声にも構わずパンを食べ続けるメローネ。


「パン食い競争は大食い大会じゃねーよ! ちゃんと説明を聞けよ!」


 そう叫んでいるのはなんとあの不良ガラハドだ。社会のルールは破っても、競争のルール違反は許せないとかそういうやつか?


「オレの分も残しとけよ!」


 そっちかよ!



 画面はコルクボードに戻り、流れゆく写真。


 次の場面は喫茶店、飲み物の並ぶテーブルを挟んで座るリカルドとルカ。二人とも本を読んでいるが、ルカはチラチラとリカルドを見ていた。


「ホントに本が好きなんだね」


 それは話しかけたというよりは、独り言に近かった。


「うん、そうだね」


 なのに返事が帰ってきて、少し慌てた。


「ゴメン、邪魔しちゃった」

「大丈夫だよ」


 リカルドは少しだけ視線を上げて微笑む。

 ルカは少しだけ迷って聞いてみた。


「その本、面白い?」

「これは、そんなでもないね」

「面白くないの? じゃあなんで読んでるの?」

「物語を完結させるためだよ」


 ルカが小首をかしげる。


「でも、もう本になってるんだから、読まなくても終わってるよね?」


 リカルドは本を閉じて、えーとと考える。


「哲学だったか心理学だったか忘れたけど、『この世界は、人が見ているから存在している』って考え方があるんだ。量子力学だったかもしれない」

「え? 見てなくても無くなったりしないよね?」

「その辺を説明すると難しいんだけど、僕は本も同じようなものだと思うんだ。本って、誰か他の人に読んでもらうためにあるものでしょ?」


 ルカは理解が追いつかない、フワッとした表情をしている。


「作者にとっては完成しているかもしれないけど、読者にとっては読む前はタイトルから内容を予想するくらいしかないでしょ? それを最後まで読んで初めて、読者の心の中に、その本の物語世界が出来上がるんだよ」


 好きなことを夢中で話すリカルドを、ルカは眩しそうに見ていた。

 それに気づいたリカルドが今度は慌てた。


「ごめん、わかんないよね。僕の個人的なこだわりなだけだから、気にしないで」


 そんな微笑ましいところで写真に戻る。


 次にアップになったのは、校舎裏の場面。


 木の上にいるハヤテを、子犬を抱いて見上げるガラハド。あまり一緒にいる印象のない二人だ。


「ほら、もう大丈夫だから降りてこいよ」

「わかってるけど、ちょっと待ってよ」


 どういう状況だ? 子犬から逃げて木に登ったハヤテが下りられなくなった?


「コイツが無事に下りたのに、お前が下りられなくなってどうすんだよ、なあ」


 最後は子犬に語りかけるガラハド。


「それはよかった。ガラハドくん、その子、受け止めてくれてありがとう」


 逆だった。子犬を追いかけて登ったみたい。

 子犬もキャンキャンと吠えている。


「しーっ、おい黙れよ。誰かに見つかったら追い出されんぞ」

「すぐに下りるから、でも枝が意外と細くて。ああ!」


 べキッと折れてしまう枝。当然一緒に落ちるハヤテ。途中で太めの枝に一度ぶつかったあと、そのまま地面に背中から落ちた。


「いててて……」

「大丈夫か?」

「うん、なんとか」


 クゥンクゥンと鼻を鳴らす子犬。


「お前も大丈夫だったか?」


 ハッハッと子犬。


「どうする、コイツ」


 いまだ抱いているままの子犬をあやしながら、ガラハドが言う。


「追い出されたらどうなるかわかんねぇし、あんたさえよければ、みんなには秘密で飼ってやらねぇか?」

「ええ!? どこで?」

「ここで」

「ここで!? 大丈夫?」

「大丈夫大丈夫。オレに任せとけよ。犬の扱いにゃ慣れてんだ」


 いやいや、ホントに大丈夫か?

 そんなところで場面は終わる。


 再びコルクボード。今度はちょっと軽快で青春感じるメロディ。

 下から上に流れるいくつかの写真。

 その中の一枚がピックアップされて、画面いっぱいに広がる。


 それは誰かの部屋。寮の一室のようだが、他の人の部屋よりも倍くらい広い。そこにアーチェとルカがテーブルに教科書とノートを広げて勉強をしている。

 そこに、扉を開けてメローネとナツキが入ってきた。手にはティーカップやクッキーの乗ったお盆を持っている。


「休憩にしましょう」


 いったんテーブルの上を片付けて、お茶とクッキーを置く。どうやらこの部屋はメローネとナツキの二人部屋のようだ。

 四人はおやつタイムしつつ、雑談している。


「そういえば、ルカっちはさ、リカルドくんとどこまでいったの?」


 アーチェが独特の訛りのイントネーションでルカにたずねた。


「わたくしも聞きたいです。どうなんですか?」


 メローネも身を乗り出して興味津々だ。ナツキも、気にしてない風を装っているが、チラチラと視線を向けている。


「どこって、うーん、まあアレよね」


 ルカは視線をそらしつつ答えた。


「商店街の本屋さんかな」

「そうじゃなくてさ」

「そうそう、キスはしたのってことよ」

「キ、キスは、その、したような、してないような……」

「そもそもさ」


 アーチェがルカに詰め寄るように近づく。


「ルカっちはリカルドくんのこと、好きなの?」

「え? ……なんで?」

「だって、その羽を見られたからなんでしょ? 『魅了』されたリカルドくんはともかく、ルカはどうなの」


 ルカは今もリュックを背負っている。


「自分の能力コントロールができないから、後始末も合わせてそれをできるようになるためにここに来たんだしってのもあるけど、わたしだって、どうしても嫌なら付き合ってないよ」

「へぇ。ノロケるじゃん」

「ノロッ!? 別にそういうわけじゃ」


 そのとき、コンコンッ! とノックのあと。


「ゴメン! 遅れちゃった!」


 突然入ってきたのはキリだ。


「補習が長引いちゃって」

「おつかれー」「お疲れさま」「どうぞ」


 ナツキが場所をあけ、新しいティーカップを出した。ありがとーとキリが受け取る。


「じゃあ流れのままキリちゃんにも聞くけど」

「ん? なんの話?」

「エースくんとはどういう関係なの?」

「ボクの運命の人だよ」


 迷うことなく答えるキリ。正確には運命を変えた人、ってつもりで言っているんだけど、その小さくて大きな差異に本人は気づいていない。


「それはそれはごちそうさま」

「え? もう食べないの?」


 クッキーをつまんだキリが言った。


 そこで場面は写真に戻る。


 流れる写真から続いてピックアップされたのは、今度は男子が集まっているものだ。


 場所はファミレスだろうか、飲食店内でテーブルを合わせて勉強道具を広げている。場所柄だろうか、他にも同じようにしている学生もいて、店員も特に咎めたりはしない。


「試験範囲はココまでだよな?」

「そうですね。そんなに広くはないです」


 ガラハドの疑問にハヤテが答える。


「正直に言おう。ガラハドくんが試験勉強をしているとは思っていなかった!」


 そう言ったのはカルロだ。


「はぁあ!? 喧嘩売ってんのかコラ!」

「もちろん違う。純粋に感動しているんだ」

「バカにしてんじゃねぇか」

「と同時に、かなり焦りを感じている」

「カルロくん、自信だけはありそげなんだよね」


 最後のはリカルドだ。


「今まで、我が力による魔物討伐に時間が取られていたからな。正直勉学はてんでダメだ」

「だから、なんで自慢げなんだよ」

「でなければここにいないさ」


 ツッコミを入れたのはエースだったが、カルロは聞いていない。

 そんなカルロはほっておいて、ガラハドが話題を変える。


「そういや、オレにもやっと《技能スキル》が発現したぜ」


 そう言って表示したステータスウィンドウには、『強化(初級)』とあった。


「ハヤテはなんか出たか?」

「ぼ、僕のはいいよ。それより謎の役割ロールのリカルドくんは?」

「それが、出たのは出たんだけどね」


 リカルドのウィンドウをみんなが覗き込むと。


「『ちょっと』……?」

「うん、ちょっと読めるらしいんだ」

「何が?」

「さあ?」


 結局、《読む者リーダー》という役割の意味はいまだによくわからなかった。

 本人も、知らない言語、他人の心、顔色、未来などなど、読めそうなものを読もうとしてみたが、結局読めそうなのは空気くらいのものだった。


「それも読めてるんだかどうだか」

「リカルドくん、ルカさんとは最近どうなんだい?」

「カルロはちゃんと空気読め!?」


 まさかのガラハドのツッコミだ。


「どうって、デートくらいはするよ。本屋とか、喫茶店とか」

「ほかには?」


 そう聞いたのはまさかのハヤテだ。


「っていうか、『魅了』って、ホントにされてるの?」

「うーん、多分、されてないかな」

「されてないの!?」

「もちろん、気持ちはされてるよ。でも、あのリュックの中を見たときにビックリはしたけど、『魅了』かっていわれたらそんなことないと思うんだ」

「じゃあなんで付き合ってんだよ」


 とはガラハド。お前も気にはなるんだな。


「なんか必死だったから。可愛いかったし」


 さすがにほんのり顔が赤いリカルド。


「キリさんとはどうなんだ、エースくん!」

「空気読めって言ったばかりだろカルロ!」

「俺とキリは別になんもないぞ」

「そもそもどんな関係?」

「行きがかりじょう、流れで拾った感じだな」

「それはもう、運命的ってやつ?」

「まあ、最後まで責任は取らなきゃなとは思ってるけど」


 その言い方はちょっと誤解を招くぞ。


 実際、それぞれいろんな想像をしているようで、微妙な空気になったまま場面は写真に戻った。

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