第七話 自己紹介(残り)

 自己紹介も後半、廊下側の三人を残すのみだ。


「ついに我の番だな」


 前の席の男子生徒が、颯爽と前に出た。


 男にしては長めでバサバサの黒髪。目のような意匠の青いバンダナ。カラーコンタクトなのか素なのか、オレンジの右目にネイビーブルーの左目。着崩した指定でない制服。なぜか左手だけ手首まで覆う革手袋。


 イタい。かなりイタいファッションセンス。


「心して聞くがいい。我が名はカルロ・フロスベルク・ダークシュタイン・パン。大魔導師パンの系譜を継ぎ、大精霊フロスベルクの祝福を受けた偉大なる魔導術師(予定)だ。」


 そこで一度教室を見渡す。

 その勢いにほとんどの人はポカンとしていた。

 それを畏れと慄きだととらえたカルロは満足し、続けた。


「我が右目は真実を見通し、我が背には魔人の刻印。そして我が左手には準災厄級の邪骸竜『ジャグムルザルガ』を封印しているのだ!」


 掲げた左手の手袋を少しめくってみせる。そこには墨で描いた落書きのようなものの一部が見えた。竜というよりは、ムカデのようだった。


 それを見てダオール先生は「ふんっ」と鼻を鳴らした。冗談だとしても、ドラゴンを悪者にした話をよく先生の前でしたものだ。


 カルロはさすがに場の悪さを感じたが、スタイルを変えずに続けた。その心臓の強さは尊敬に値する。かもしれない。


「ん、んん、そうだな。レベルは28。《役割》は《掴むキャッチャー》。そうさ、我は掴むのだ。さらなる栄光をな!」


 拳を振り上げて宣言するカルロに、冷静な声が告げる。


「終わったなら次」


 先生の声に、静かに席に戻るカルロ。


 続いてその後ろの席の少年、ハヤテが前に出る。

 背が低く前髪で片目が隠れていて指定の制服を着ているハヤテは、正直根暗でおとなしく見える。


「はじめまして。僕はシンクウ・ハヤテ。レベルは9で《役割》は《凡人》です。よろしくお願いします」


 それだけ言ってさっさと席に戻ってしまった。カルロのときと比べてあまりに静かだった。別に誰もやかましいのを望んでるわけじゃないので、さっさと次の人に順番が回った。


「やっとオレの出番かよ」


 言いながら肩で風を切りながら悠々と前に出る、最後の少年。


 着崩した学ランに赤いインナー。銀髪をツンツンにおっ立てて、釘バットを担いている。世間に背を向けて生きる、不良の見本のような奴だ。


「オレはガラハド。これからこの学園で伝説を作る男だ。よーく覚えとけ」


 堂々とした態度で高らかと宣言する。いったいどこからその自信が出てくるのか。


「いったいどんな伝説を作るつもりなんですか?」


 そう聞いたのは王女、桃色猫耳のメローネだ。案外怖いもの知らずか? 好奇心が抑えられないか? まあ猫だしな。


「はあ? これ見りゃわかんだろ」


 番長的なやつですよね。わかります。


「野球に決まってんだろ!」


 釘バットを掲げて叫ぶガラハド。


 わかるかい!!

 え、それで野球するつもりなの? マジで言ってる?

 スポ根ものの世界の不良だったのかこいつ。


「ちなみに《役割》は《根性》! レベルは、聞いて驚け」


 ずいぶんもったいぶるじゃないか。どんだけ高レベルなんだ?


「なんと11だぜ! 嘘じゃねぇ。マジだかんな」


 ガラハドは中空にステータスウィンドウを表示させ、みんなに確認させる。確かにレベル11で、《根性》と表示されている。


「誰かさんみたいに嘘ついてるわけじゃねーからな」


 ふん、と鼻息荒く黒髪猫耳のナツキとイタい系のカルロを睨む。高レベルを目のかたきにしているようだ。わかりやすい。


「んでだ。ダオールさんよぉ」


 突然先生を振り返って睨みつけた。明らかに喧嘩をふっかけている。いきなり先生に、しかも高レベルであろうドラゴンに対しての行動としては、さすがにヤンチャに過ぎる。


「アンタがどんだけつええか、確かめさせてくれや!」


 なんの遠慮もなく、全力で振り下ろされる釘バット!


 それを微動だにせず頭で受け止めるダオール先生。


 瞬きすらしない先生に対し、釘バットの釘の方が曲がってしまった。

 さすがに驚愕と、瞬間後には蒼白の表情になるガラハド。


 ダオール先生が口を開く。


「最初だからな、不問にしてやる。次からは相応の対処をしてやろう」

「つ、次は、こうはいかねぇからな」


 強がっているが、声が震えていた。そのまま早足ぎみに自分の席へと戻った。


「一通り終わったか。ならしばらく休憩とする。質問があれば受け付ける」


 ダオール先生はなにごともなかったかのように進行し、生徒に自由にするよう告げると、自身も窓側のスペースにある箱に座った。あの箱、先生用の椅子だったんか。


 聞きたいことはいくらでもあった。しかし誰が最初に席を立つのか、きわどい空気感の中で、先陣を切って前に出た者たちがいた。


 猫耳王女たちだ。

 堂々と歩むメローネに従うように、ナツキがその後に続く。


「先生、一つおたずねしてもよろしいですか?」

「なんだ」


 質問を受け付けると言った割には、なんだか面倒くさそうに応えた。表情が読みづらいせいだけなのかな?


「わたくしどもの国の伝承にもドラゴンの方が度々登場するのですが」

「まあ、我々は目立つからな」


 目立つとかそんな軽い感じか?


「その中でも力の強い方たちは、変化の術を使って人間の姿になることが多いのですが、ダオール先生は人間の姿にはならないのですか?」


 瞬間、空気が凍った。

 その質問はつまり「先生はドラゴンの中では弱い方なのか」とあおっているに近い。


 確かに、多種多様な種族が入り乱れるこの学園の中にあってさえ、四足歩行に近い体型でいる者はまずいない。ドラゴンであるからこそ特別な存在と判断出来たが、もし牛や山羊のような姿だったら、ただの獣と扱われてもおかしくなかっただろう。

 メローネ本人としてはただの好奇心から出た言葉だ。人型になれるなら、その方が便利じゃないかと。

 ガラハドの釘バットでは傷一つつかなかったが、実際の彼の強さはどうなのだろうか。それは気になるところではあるが、だからこそ触れづらい部分でもあるはずだった。


 先生は不敵に笑った。そう見えた。


「聞きたいか。ならそうだな、ちょっと考えてみてくれないか」


 彼は考えをまとめるように、一拍間をおいた。


「例えばメローネ、君が高度な科学技術を持って宇宙を旅行しているとする。そして新しい星を見つけると、そこである程度の文明をもち、十分な社会性を構築している生物を発見したとしよう」


 先生はメローネの顔を見る。メローネは興味を惹かれつつも、困惑気味だ。


「その生物はメローネ、君たちに比べれば明らかにか弱く脆くあったが、君たちと同じく社会生活をし、娯楽を楽しみ、文明を高め、時に喧嘩をし、感動的な物語を紡いでいる、十分尊敬に値する存在だったとしよう。ここまではいいか?」


 メローネはうんうんと頷く。メローネ以外のクラスメイトも、耳をすませて聞いている気配だ。


「だから君は、その彼らと交流をしたいと思い、接触した。ただ、彼らは君と比べてかなり小さかった。仮にネズミほどの大きさとしようか。で、ここで問題だ」


 ここでまた、間を取る。


「もしこの生物の姿が、ナメクジのようだった場合、君はわざわざこのんでまでナメクジになろうと思うかい? 丈夫な皮膚も強い骨格も捨てて? せいぜい、目線を合わせる程度が歩み寄れる限界、ではないかな」


 先生の眼は、笑っているようだが、その奥底に湛える感情まで読み解くことはできなかった。


「なるほど、それは悩むところですね」


 先生の質問の意図をわかっているのかいないのか、メローネはさらなる疑問を投げかけた。


「では、わたくしの自慢の親友、ナツキと先生は、戦ったらどちらが勝ちますか?」


 コイツ、怖いもの知らずか!? それともあれか? 上流階級特有の、マウント取らないと気がすまない病か?

 しかし、クラスの張り詰めた空気とは逆に、先生の雰囲気から剣呑なものが消えた。


「仮に卒業まで勉学や訓練に励んだとして、先生といい勝負が出来るのは、一人か二人。三人はいないだろうな」

「そうなのですね。ありがとうございます」


 それだけ言って、メローネ(とナツキ)は席に戻った。


 ダオール先生の口調は柔らかく、教室内の緊迫した空気はほぐれた気がした。

 その後休憩が終わると、今後のスケジュールの説明があり、そののちに今日は解散となった。

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