第六話 自己紹介(真ん中の列)

「順番が前後するが、ちょうどいい。次は君がやりなさい」


 ダオール先生は、立っている桃色髪の猫耳少女を指名した。


「わかりました」


 席に戻りかけていた彼女は、くるりと振り返って教壇に向かった。


「はじめまして皆さま。わたくしはメローネ・f・クレッシモ。ユウキョク王国の第一王女をさせていただいています」

「お姫さまってこと?」


 思わずそう口にしてしまったのはキリ。それにやんわりと微笑み返して続けた。


「レベルは、うーん、3ということで。《役割》はそのまま《王女プリンセス》ですわね」


 あからさま、とまではいかないが、なにかを誤魔化しているような言い方。


「とはいえ、この学園においては一生徒ですので、皆さまはなにも気にすることなく、クラスメイトとして接してくださいね。わたくしもできる限り皆さまに合わせますので」


 よろしくお願いしますね。そう言いながら、優雅にお辞儀してみせた。

 そのままゆっくりと席に戻る彼女とすれ違うように、一番後ろの席の黒髪猫耳の少女、先ほどメローネの剣技で手伝いをしていた生徒が、先生の指示もないうちに出てきた。


「ナツキ・f・フーラー。レベル32。《守護者ガード》だ」


 唐突な自己紹介だが、先生も特に止める様子はない。


「32って、さすがに嘘だろ」

「ああ、嘘だな」


 不良の声に答えたのは、個性の強い男だった。それを無視してナツキは続ける。


「自分はメローネの付き人であり守護者であり……ともかく、メローネに害するものがあるなら、自分が全て排除しますので、そのおつもりで」


 思わず「監視者」と言いかけて誤魔化し気味に言いきった。

 彼女は嘘をついている。しかしそれはレベルではなく、役割の方だ。彼女の本当の役割は《第七王女プリンセス》。メローネの従姉妹の一人で、低位ながら継承権もある。第二王女を姉に持つ彼女は、家からはあわよくば王女の命を、と暗に含められていたが、本人にはその気は全くない。継承権争いのために死を利用するような家に不快感があるのもそうだが、好奇心旺盛で奔放であっても、周囲に気を配れて心優しいメローネが王位につくことこそがふさわしいと心から思っているからだ。


「お前が守護者ぁ? そんなナリでか?」


 不良が突っかかる。確かに彼女は小柄で、それほど筋肉質にも見えない。むしろその体格の割に胸が大きく、運動には邪魔になりそうだ。見た目でいえば全く強そうには見えない。


「あなたが排除対象になったならば、存分に確認していただけますが?」


 そう言って胸の前に掲げた両手の間に、バリバリと放電がおこる。

 ふん、と鼻をならしただけで不良は黙った。

 最後に一礼して、彼女は席に戻った。


「では中の列で残った君、次だ」


 先生が指名したのはアーチェだ。


「はい」


 返事をして前に出る。

 ほとんどの生徒は指定の制服を着る中、彼女は朝見たときと同じ私服だった。別に校則で決まっているわけではないので、違反ではない。


「アーチェです。レベルはあちしも3で、《役割》は《銃使いガンナー》、なんだけど」


 アーチェはダオール先生に振り向いた。


「あの、《銃使いガンナー》って、何すればいいんですか?」


 先生は無言で自分のウィンドウを開き、何かを確認して言った。


「君には銃、飛び道具に関して適性があるということだな。すでに《技能スキル》も獲得済みのようだ。試しにこれを後ろの黒板めがけて投げてみなさい」


 先生は手近にあったチョークを一本アーチェに渡した。アーチェはおそるおそるそれを受け取り、困惑の表情を浮かべる。

 視線で疑問を投げるアーチェに、仕草でやってみろと返す先生。


 戸惑いながらも、教室の後ろの小さめの黒板に向かってチョークを投げた。

 投げるフォームも力の込め方もデタラメだったが、えいっという掛け声とともに手から離れたチョークは、一直線に教室を横切って黒板へ着弾。砕けて四散した。


 え? おぉ!? という感嘆と疑問の間の声が湧く中、当の本人は「すごーい!」と喜んでいる。


 アーチェにガンナーの才能? と誰もが思うところだったが、田舎カントリー風の服と相まって、西部劇のガンマンのようなカッコよさが出る……かもしれない。


 そんなちぐはぐな空気を破るように、突然バンッ! と教室の扉が勢い良く開かれた。


「ごめんなさい! 遅れましたぁ!」


 そこには、そう言って深々と頭を下げる少女が一人立っていた。

 唖然とする一同のなか、先生はアーチェを席に戻らせて言った。


「今は自己紹介をしている時間だ。前に立って自己紹介をしなさい」


 視線を下げたまま教壇に立った少女は、どれだけ急いで来たのか、汗だくでぜぇはぁと肩で息をしている。

 深呼吸を繰り返し、なんとか息を整えてから発言した。


「ルカ・リィリスです! よろしくお願いします!」


 言いながら再び深く頭を下げる。


 赤紫のショートヘアに、手持ちの鞄の他に背中にリュックを背負っている。制服を着てはいるのだが、デザインは規定のものとは別だった。


「あの、ここにたどり着くまでに道に迷ってしまって。その、遅れてすみませんでした」


 それだけ言うと、言うことがなくなったのか、しばらくもごもごしたあともう一度よろしくお願いしますと言って、あいている真ん中一番前の席に向かった。


 あの、どこかで見たような? エースが記憶をたどる。そうだ、登校中にジョーとぶつかった娘だ。フラグが立ったと思ったが、ジョーとではなかったのか。


 ルカは手持ちの鞄を机の横のフックに引っ掛け、リュックは背負ったまま椅子に座った。

 いや座りづらいだろう?

 しかし、本人は多少もぞもぞしたものの、そのまま座り続けていた。まあいいんだけど。


 これで、真ん中の列まで自己紹介が終わった。

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