第五話 自己紹介

 先生は、ざわつく生徒らを見回した。


「席の順にするか。そっちから前に出て話せ」


 そう言って、窓側の前の席を指さした。


「え、あ、はい」


 男子生徒が慌てて立ち上がる。先生は前に出てくるよう示し、自分は脇にのけた。


「えっと、シグレ……リカルド・シグレです。よろしくお願いします」


 確か、先生が来るまで本を読んでいた生徒だ。茶色がかった黒髪で、背は少し高め。華奢な体格であまり運動が得意には見えない。とはいってもか弱いわけではなく、いたって普通な感じだ。


「あ、えーと……」

「話すことがなければ、ステータスを参考にしろ」

「あ、はい……」

「ただし、全部言う必要はないし本当のことを言う必要もない」

「嘘ついてもいいってのかよ」


 そう言ったのは、あの不良だった。


「そうだ。必要だと思えば、そうするといい」


 不良はそれを聞くと、ふんっと鼻をならして黙った。

 リカルドは自分のステータスウィンドウを確認して話す。


「レベルは、6です。えっと、《役割》は……」


 彼は少し言いよどんでから続けた。


「《リーダー》、です」


「マジかよ! お前が?」


 そう言ったのはまたも不良だ。


「そんなふうには見えねぇけどな!」


 明らかな因縁をつける態度に、リカルドは慌てて答えた。


「あの、違うんです。《読む者》と書いて《リーダー》なんです。あの、よろしくお願いします」


 それだけ言って、そそくさと自分の席に戻っていった。

 それに対して、なにかを言う人はいなかった。


「次、その後ろ」


 先生が次に指名したのは、キリだ。

 普段から無口で、コミュニケーション能力が高いとはいえないキリだが、大丈夫だろうか。というエースの心配をよそに、


「はいっ!」


 と元気よく返事をして、スタスタと前に出るキリ。


「キリカド・ジョカです。キリって気軽に呼んでください。いわゆる異世界からとばされて来ました。この世界のことをもっとよく知りたいので、皆さんよろしくお願いします!」


 え、ちょっとキャラ変わってませんか? とエースが内心困惑するほどハキハキと発言するキリ。

 思い返せば、この学園の校門を抜けた辺りから、なんとなく雰囲気が明るくなったなぁとは思っていたが、まるで別人のようだった。


「レベルは4で、《役割》は、えーっと、《召喚士サマナー》です。以上です」


 キリがお辞儀をすると、パチパチと拍手がおこる。キリが席に戻ると、次はエースの番だ。


「エースだ。俺も異世界人で、最近は見聞を広めることと仕事を探すために、さっきのキリと一緒に旅をしている」


 そう言うと、好奇の視線が集まるのを感じる。しかしずっと隠しておけるものでもないだろうから、いっそ最初に公表してしまおうと、キリとも話していた。今後、一緒にいることが多くなっても、不自然に思われないだろう。


「レベルは……」


 さあ問題はここだった。彼は世界を滅ぼしかねない《大災厄》を解決した《勇者》である。しかも出身もここと同じ情報系世界。親和性が高い。つまりぶっちゃけ、かなりの高レベル、レベル97の《勇者》なんてものだったのだ。

 レベル97がこんなところでなにやってんの? って話だし、学園にきた目的はキリの知識と見識を深め、友達を作るためだ。自分が目立ってはいけない。


「レベルは7で、《役割》は《剣士》だ。よろしくな」


 レベルは一の位だけ、《役割》は《副役割サブロール》と表記のあったものを答えた。《剣士》は、普段他のエースと見分けるために名乗っているものだったので、答えやすかった。


「剣士ぃ? 剣も持ってないのにか?」


 そう言ってきたのは、またもあの不良だった。さっきからやけに絡んで来るなぁ。

 エースは先生に、剣を取り出していいかと目配せする。特に止められはしなかった。


「これでいいか?」


 そう言って『アイテム欄』から取り出したのは、容量制限される寸前に取り出せたあの『偽りの達人マスターフェイク』だ。これでどうだと見せた瞬間。


「お前、とんでもない嘘をついているな!」


 そう言ったのは、先生が来る直前に入ってきた、ちょっとイタい感じの個性の強いあの男だった。その彼が続けようとする直前。


「初めて見ましたそれ!」


 急に立ち上がって近づいてきたのは、桃色髪の猫耳少女だ。しかも気が付いたときにはエースの手から剣を奪い取っていた。


「ちょっと試させていただきますね」


そう言ってためらうことなく刃を抜き放った。


「なるほど、質は悪くないようですね」

「おい、危ないだろそれは!」

「ナツキ、お願い」

「はい、メローネ」


 彼女はエースの注意を無視し、教室の後ろのスペースに移動する。そこには、ナツキと呼ばれた黒髪ショートの猫耳少女がなにやら待機していた。桃色髪のメローネが剣を構えると、ナツキが手に持っていた紙束を宙にバラまく。それはノートを破って作ったトランプ大の紙束で、○や×が書かれていた。

 盛大に広がり宙を舞う紙に向かって、メローネの持つ偽りの達人マスターフェイクが繰り出される。


 それは目にも止まらぬ連続突き。


 紙が床に散らばるまでのわずかな時間。バランスを崩しつつも突き出した剣の先には、いくつかの紙が貫かれていた。


 唖然とする一同に対し、


「わあ! すごーい! ホントに出来るんですね!」


 と、メローネ本人ははしゃいでいた。


「なんだ今の」


 そうつぶやいたのは、最初に自己紹介したリカルドだった。


「説明しましょう」


 そう言って振り向いた桃色猫耳少女は、床に落ちた数枚の紙を拾い、剣と一緒に掲げてみんなに見せた。


「今のはわたくしの実力ではありません。この剣に付与魔術強化エンチャントされた魔術によるものなのです。見ての通りこの剣は、きれいな丸を正確に貫くのです」


 確かに剣に貫かれているのは、コンパスや定規を使った正確な○だけで、床から拾った紙には×や△など様々な記号や、○でも手書きで歪んだものは対象外のようだった。


「でもじゃあ実戦で、敵の体にそんなマークがありますか? まずないですよね。ならこの剣の使いみちは?」


 話す彼女の隣で、黒髪猫耳のナツキが剣に刺さったり床に散らばった紙を片付けている。

 メローネは剣を鞘に収めてエースに差し出した。


「試験で好成績を出すため。ですよね? 剣士さん」

「なんだ、ズルかよ」


 そんな声を聞きつつ、あはは、と曖昧な笑みを浮かべてエースはそれを受け取った。


「まぁ、よろしくな」


 それだけ言って、エースは席に戻っていった。

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