第二話 学園

 校門へと進みながら、周りを観察する。

 学生たちが続々と入っていく。よく見れば、小学生くらいから成人した大学生まで意外と年齢層は幅広い。


「はえ~、でかいな」


 エースが見上げて言う。校舎は五階建てだろうか。広大な敷地に幾棟もの校舎がところ狭しと並んでいる。

 この国はこの学園を中心として成り立っているだけあって、かなりの規模だ。


「ふん、この国もいずれオレ様のものにしてやる」


 ジョーが不穏なことを言った。ジョーは、世界平和のために世界征服をすると言ってはばからない。実際に彼の治める剣山帝国は、周りの国を平定、統合して勢力を増強している。とはいえそれを実現するのはまだまだ先のことになるだろう。


 ちなみに、この星『天地球』は次元的に非常に不安定な環境にあるため、、様々な異世界の影響を受けている。特に、特定の異世界の影響の強い場所を一般的に『領域』もしくは『国』と呼んでいる。

 つまりこの『世界学園』も、学園を舞台とした異世界の『領域』であり、一つの『国』であるということだ。


 ジョーが先頭を切って校門を通った。そのとき、突然ジョーがくず折れて膝をついた。


「あぁ? なんだ? 体が、力が入らねぇ」

「どうしたジョー……あああ!!」


 ジョーを追って入ったエースは、突然奇声を発してアイテム欄からなにかを取り出した。

 そのエースに続いて入ってきたキリは、


「えっ…………」


 立ち尽くしていた。

 その手足から、キリの力を封印していたリングが次々と外れて地に落ちた。一番最後に、首にある錠前が外れ、それは落ちる前に手で受けとめた。

 それは、それらは、キリの強すぎる能力を、自ら封印するためのものだったはずだ。その拘束具が外れてしまったにもかかわらず、キリの力は解放されなかった。


「……静かになった」


 キリは辺りを見回して言う。辺りは学生で雑然としていて、静かとは言いがたいし、仮に学園の外と比べてもむしろうるさいくらいだ。


「エース! 静かになったよ! とってもいい気分だ!」


 キリがエースの腕を掴んで話しかけるが、そのエースは両の手にものを握ったまま悔しそうになにかをこらえているようだ。


「チートを……解除された」

「なに?」

「拡張していたアイテム欄が、初期の十枠に戻されたんだ」


 はぁ、と大きく息を吐く。


「取り出せたのはなんとかこれだけ」


 その手には、一振りの剣と、小さな丸いものが握られていた。それは、使用禁止になっていくアイテム欄の枠からなんとか取り出せたものだった。選んでいる余裕などなく、手に触れたものを掴んだだけだ。

 残った十枠に入っているのは、日常生活での使用頻度の高い財布や水筒などだけ。なので、その取り出せた剣が唯一の武器になってしまった。まあ、学園生活で必要になるかといわれたら、まずいらない部類のアイテムだけど。


「取り出せないだけで無くなったわけじゃないから、でも、またみんなと合流したときに《次元士》に協力してもらわないと」


 ため息をつきながら、隣を見る。


「ジョー、大丈夫か?」


 やっと立ち上がったジョーは、自分の手を見ていた。


「いったいなんだってんだ?」

「言い忘れてたけど、この世界学園は『情報系』の世界なんだ」

「『情報系』? ってことはあれか、世界自体がプログラムされてるっつー」


 いわゆる、ゲームの中のような世界のことだ。辺りを見回せば、空中にホログラムのようなウィンドウを出現させている人が何人もいる。


 なるほどな、とジョーは思った。

 エースが続ける。


「そう。だから、この世界が受け入れられないものは、バグやエラー判定されて、使えなくなったんだ」


 ジョーは、常人には有り得ないほど強大な練氣術を使える。それを錬金術で物質化して戦うのがジョーの戦闘スタイルだ。その練氣術の方が制限されたため、脱力感にみまわれたのだろう。


 キリが拾い上げているリングが外れたのもそのせいだ。キリは、制御できず暴走してしまうほどの召喚術の力を持っている。無意識に溢れ出すその力を、封印のリングで反転させて抑えていたのだが、力自体が無くなったために、自然と外れたのだ。痩せてベルトが落ちるみたいに。


「はあっ!」


 ジョーが練氣術で氣を練る。続いて、指を鳴らして錬金術を発動。ジョーの手に剣が現れる。


「一本が限界か。しょぼくなったな」


 ジョーはそう言うが、エネルギーそのものを直接物質に変換出来る時点で相当なものだ。


「で、お前のそれはなんだ?」


 ジョーがエースの手の中のものを指す。


「これか? これは通称『偽りの達人マスターフェイク』って呼ばれる剣さ。んでこれは」


 剣とは反対の手を開いて見せた。そこには、形も大きさもちょうど五百円玉ほどのものがあった。ただ、材質は透明なガラスのようで、中に紙切れが一枚封じ込められていた。


「ずいぶん前に、どこかの山の上に住んでた仙人みたいな爺さんから賭けで巻き上げた、御守りみたいなやつ」


 なにやってんだよお前。


「爺さんは『コレこそが世界の真理なんじゃ!』とかなんとか言ってたけど、正直なんなのか全然わからん」

「みせてみせて」


 キリがエースに向かって手のひらを掲げてみせる。

 エースは、ほれ、とその手に謎の御守りをのせた。


 キリがそれをつまんで見ると、中に入っている紙切れは、どうやら本のページの一部のようで、文字の一部と句点だけが見て取れた。

 ひっくり返してもみたが、他にはなにも書いてなかった。

 キリはそれを日にかざしてみたり、爪で弾いてみたりしてみたが、特に何も起こらなかった。


 満足したキリがそれをエースに返そうとしたとき、


「わあっ」


 どんっとその背中に黒服の男がぶつかり、衝撃でキリは御守りを落としてしまった。


 黒服は他にも何人かいて、校門前にスペースを確保していた。そこに横付けされた黒塗りの高級車から、背中まである桃色の髪の、ドレスをまとった女性が降り立った。


「わぁ、これが学校ですのね!」

「姫様、あまりはしゃがれませんように」


 そう言ったのは、黒髪ショートのメイド服の女性。

 そんなありがちシーンが展開されていた。特徴的なのは、黒服を含めたその関係者の頭には、例外なく猫耳がついているところだろうか。


 なんてフラグっぽいことが背後で起こっているなか、エースはそれどころではなかった。

 落ちてしまった御守りを拾おうとするが、通行人に蹴り飛ばされてしまった。転がるそれを追いかけるも、さらに蹴られ、跳ね、視界から消える。

 中腰で手を伸ばしたポーズのまま動きを止めたエースに、キリが話しかける。


「あ、あの、ごめんなさい」


 エースはやり場をなくした手で髪を掻き乱しながら、


「まあ、別にいいや。そんなに価値もなさそうだし」


 キリに笑いかける。力なく。


「しょうがないから、中に入るか」


 そう言ってジョーを振り返ると、


「あんだテメェ、やんのかコラ」

「上等だボケ。直通で地獄に送ってやんよ」


 逆立った銀髪に、短ランで釘バットを担ぐという、古き良きヤンキー姿の生徒に絡んでいた。

 なんでそうなったーー!? 心の中でそう叫びながら、エースはジョーとキリの腕を引っ張った。


「あ、すみません、俺たち急ぐんで! 失礼しまーす!」


 それだけを言い放って、校舎に向かって走り出した。

 幸い、追いかけられることはなかった。



  ◇◆◇◆◇



 歩いていると、ふと足の下に違和感を覚えた。なにか踏んだようだ。

 足をのけると、そこには小さく綺麗なものが落ちていた。

 コインのような大きさ形で透明。中には紙切れが封じ込められている。

 異国のお金? キーホルダー? 御守り? アクセサリー? 民芸品?

 誰かの落とし物だろうか? そう思って辺りを見回すが、それらしい人はいない。

 ここに落ちていたらいずれは誰かに踏まれて壊れてしまうだろう。高価なものかどうかも分からないが、壊れるよりはいいだろう。いずれ持ち主が分かるかもしれない。

 そう思って、それを服のポケットに入れた。



  ◇◆◇◆◇

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