第一話 初めての登校

 ここは次元の交差点。

 世界と世界の狭間の吹き溜まり。様々な異世界が重なり合う場所である。

 


 そのとある街道を、三人の人間が歩いていた。


「まだ結構ありそうだな」


 『世界学園→』と書かれた案内板を見て言ったのは、背の高い好青年。スポーツをするなら野球よりはサッカー、テニスよりはバスケットが似合う、それなりにイケメンだ。

 彼の名はエース。以前、世界を滅ぼす《大災厄》を倒した《勇者と英雄達》のうちの、まさにその《勇者》であった。


 彼は特異な環境にあり、普段は十一人の本人が同じ場所にいるのだが、今はその中の一人、《剣士》エースだけだった。


 そのすぐ後ろにぴったりついて歩くのは、その元《大災厄》。ゴスロリに近いヒラヒラの服を着た小柄な少女、キリだ。不安そうにしているが、初めて見る街に興味をひかれているらしく、物珍しそうに辺りをキョロキョロと見回している。相変わらず手首や足首に封印のリングが着けられ、そこから伸びる細い鎖が首輪にある錠前に繋がっている。はたから見るとかなり怪しいが、本人は気にしていない。

 ちなみに、今までずっと着ていた鎧はどうしたかというと、剣山帝国の城に置いてきた。それに頼ってばかりも良くないだろうってことで。


「はーん、ホントに若いヤツらばっかだな」


 なんてことを言うのは、自分だってそれほど年がかわるわけでもない、剣山帝国の皇帝、ジョー・ジャック・ジャックポットその人である。

 赤髪に相変わらず世紀末をイメージしたロックバンドのメンバーみたいないでたちで、周りからはちょっと浮いている。


 周りは確かに、学生らしい姿が同じ方向へ大きな流れを作って進んでいる。数人で会話しながらや、本を片手に読みながら歩く人もいる。



 あのアインヘル事件からだいたい一年が経とうとしていた。事件の影響自体はほとんど解決していた。が、元々のエースとキリの問題はいまだ継続中だ。そのあたりの詳しいことが知りたかったら、前回の話『勇者が容疑者の事件記録』を読んでね。ちなみに読まなくてもこのお話はわかるので問題はないです。



 で、いろいろ考えた結果、こっちの世界に来てから行ってなかった『学校に通う』てことをすれば、得られるものがあるんじゃないかと方向性が決まったのだ。


 ジョーがつまらなそうに呟く。


「はぁ、なんだってオレ様が今更学校に通わにゃならんのだ」

「学校、まともに行ったことないんだろ? 学校ってのは、孤立した社会の縮図みたいなところあるからな。いわゆる学習だけじゃなく、学ぶことは多いさ」


 そう返すエースは、ちょっと楽しそうだ。


「つってもな、オレ様だって暇じゃねーんだぜ」

「キジネさんがうまくやってくれてんだろ? 心配ないよ」

「そういうことじゃなくてな」


 なんて話をしていると、曲がり角から飛び出してきた人影とジョーがぶつかった。


「きゃっ!」

「おい、気をつけろよ」


 赤紫のショートヘアで、手持ち鞄の他にリュックを背負っている女生徒だ。ぶつかった勢いで尻餅をついてしまった彼女は、スカートの前を慌てて抑えて立ち上がった。


「あの、ごめんなさい!」


 それだけ言って走り去る女生徒。


「あ、おい!」


 ジョーの声にも止まることはなかった。


「なんなんだよ、いったい」

「フラグだな」


 エースの言葉に、キリがうんうんと頷く。


「ふらぐ? なんだそりゃ」

「うーん、なんて言えばいいか。予兆とか予感、みたいなものだよ」


 元はゲーム用語だけど、そこから説明するのは面倒くさい。


「人とぶつかって予感とか、喧嘩始めるしかなくねーか?」

「いや、うん、まあ、今はそれでいいや」


 エースは諦めた。


「じゃあもしかして、さっきからずっとオレ様たちの後ろをついて来てるのも、ふらぐってヤツか?」


 三人が振り向くと、そこには一人の女の子が立っていた。

 女の子はそばかすが目立つが愛嬌のある顔立ちに、茶色の短い髪を後ろに縛っている。まるで長旅でもしてきたかのようなくたびれた、しかし丈夫そうな衣服に、肩掛け鞄を提げていた。


「え? あちし?」


 急に注目された女の子は、きょとんとしていた。


「あー、別にあとをつけてるつもりはなかったんよ。ただ、目印にしてただけで」


 独特なイントネーションで話す女の子。


「目印?」

「世界学園に向かってんでしょ? あちしもそうやから」

「なんでわかった?」

「見てたらすぐわかるよ。それに」


 女の子は手で辺りを示す。


「ここにいるほとんどの人は実際そうだし」

「じゃあ他のヤツんとこに行けよ」

「あちしもさ、今日が初日なんよ。あんたらもそうでしょ? なんか親近感てやつ?」


 ジョーとエースは顔を見合わせる。別に問題はないだろう。


「じゃあ一緒に行くか?」

「ホントに? ありがと! 実を言うとちょっと不安だったんだ。あ、あちしはアーチェ、ヨロシクね」


 アーチェはそう言って、三人と並んで歩いた。

 歩くのが遅いキリに合わせてゆっくり進みながら、話をする。


「俺はエースで、こっちがジョー、そんでこいつがキリ。アーチェさんは、一人で?」

「そう。あちしの実家は田舎でさー、学費が安くていいところていったら、けっこう遠くになっちゃってさ」

「それにしては荷物が少ないな」

「身軽な方がいいじゃん、なんて言えればよかったんだけど。全寮制だから着いちゃえばどうにでもなるから、お金に余裕があるわけじゃないし、ヒッチハイクとあとは現地調達でね」

「金がないのに現地調達だと?」


 なにかに引っかかったのか、ジョーが聞き返す。


「別に悪いことはしてないよー。魚を釣ったり鹿や蛇を狩ったり、山菜を採ったり」

「案外、たくましいな」

「あんた達も荷物少ないじゃん。やっぱ狩り?」

「こっちにはエースがいるからな」

「俺には『アイテム欄』があるから」


 そう言って、どこからともなく水筒を取り出してみせる。


「えーいいなあ、便利」


 『アイテム欄』とは、亜空間ポケットを使った倉庫だ。最近では、『アイテムボックス』とか『インベントリ』なんて呼ばれたりするアレだ。


 この《剣士》エースは元々情報系の異世界出身のため、環境としてこの『アイテム欄』を利用できたのだ。今ではそれを改造して、無限ともいえる容量のなかに、なんでもかんでも詰め込んでいる。


 なんて話をしながら歩く。

 大きな通りの角を曲がったとき、その先に大きな建物と、校門が見えた。

 ハッとアーチェが目を輝かせる。


「えっと、あちし先に行くね! またどこかで会おうね!」


 そう言って走って行ってしまった。キリに合わせた速度ではもどかしかったのだろう。

 残された三人は、だからといって特に急ぐでもなく、そのままのペースで歩いて行った。



 三人のたどり着いた新しい舞台、『異世界交流学園』。通称『世界学園』。ここではいったいどんな出来事が始まるのだろうか。新たな物語の幕が、上がろうとしていた。


 物語の進行は、前回と同じく《地の文精霊》の『ジノブ』がお送りします。漢字で書くなら『忍』に濁点。ご存じの通り、《地の文精霊》は物語そのものには全く影響しない、居るようで居ないような曖昧な存在なので……え? 初耳? 前回自己紹介しなかったっけ?


 えーっと……して、ないね。


 あのそのえっと、はじめまして。《地の文精霊》の『ジノブ』と申します。さっき言ったなこれ。

 えっとまあそういうことなので、何卒なにとぞよろしくお願いいたします。




−−−−−−−−−−−−−−−−−−


お読みいただきありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけるよう、いろいろ込めたつもりです。

応援、コメントなどお気軽に、どうぞお気軽にお寄せくださいね。

ほら、そこのやつをポチッとするだけですから、ね? ね?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る