第127話 最後のデート③



 腕の中にトウカの温もりを感じる。一方で高台を吹き抜ける風には肌寒さを感じた。


 その温度差が確かな現実感をもたらし、先ほどの自身の言動が、自分の口から飛び出たもので有ると突きつけられたような感覚に陥った。



 ………………

 ………………

 ………………。



「俺は、何を言ってるんだ……」


 ボソッと呟いたシヅキの姿勢が大きく崩れる。背後に回していた右腕により偏った重心……それに抗うことが出来ず、間も無くしてシヅキは盛大に尻餅をついた。


 下半身に鈍い痛みがすぐに走ったが、今のシヅキにソレを気にする余裕なんてものはなかった。その代わり、無意識に自身の左手を胸にやる。 ……鼓動が怒鳴っている。それこそ“絶望”やコクヨところし合ったあの時よりもずっと。体内の魔素循環が乱れているせいか、頭だってクラクラだ。


 そんなシヅキの視界上半分をナニカが覆った。見上げた先には腰を少し屈めてこちらを見るトウカが。そのまん丸な琥珀の瞳が……確かにこちらを捉えている。


 シヅキは小刻みに顎を震わせた後に、このようにまくし立てた。


「い……今言ったことは全部本当だ。ああ、本当だ。俺はただ……俺の中のエゴを押し付けるために……お前と一緒に居たくてよ……………それだけで」


 熱を帯びた額に手をやる。


「すまん……冷静じゃねェ。今、舞い上がってるんだよ」

「シヅキ」

「シーカーが“愛している”を教えてくれてさ。俺の中のこの“執着心”ってのは、まさにソレなんじゃねェかってさ……」

「シヅキってば」

「な、なんだよ――ぅお」


 シヅキが恐る恐ると視界を上げた瞬間、突然、重みが降ってきた。視界が大きくブレたものの、倒れ込んでしまうことはなんとか堪える。


 結果地べたに座り込んだシヅキ。そんな彼の膝の上には……ちょこんと座るトウカが在った。


「ト、トウカ…………?」


 シヅキからの呼びかけにトウカは答えない。その代わり、彼女はそっと、華奢な両手をシヅキの両肩の上に乗せた。そして――



「ありがと、シヅキ」



 満面の笑みでそのようなことを言ったのだった。


 唖然とするシヅキを他所にトウカは続ける。その涙で透き通った琥珀の瞳を、決してシヅキから離すことなく。


「わ、私ね? 前に言ったことがあったかな。自分のことがずっと嫌い、なの。引っ込み思案で、口下手なこと、力なんてないくせに負けず嫌いで……同族をころした」

「そうだったな」

「知っていても、私のことを愛してくれた、の?」

「あァ。 ……気でも狂ったかな」

「狂ってるよ」


 冗談交じりにシヅキが言うと、トウカは簡単に即答した。そして両肩に乗せていた手をシヅキの首へと回す。


「バカだなぁ、シヅキ。バカだよ。 ……でも、嬉しすぎる」

「…………ずっとトウカは光だった。それこそ、俺の中の世界に火を灯したんだ」

「大袈裟、だよ」

「事実を述べただけだ」


 緊張なのか、別の要因なのかは分からない。ただ現実、その震える手で再びトウカのことをひしと抱きしめた。


 …………。


 もはやシヅキの中には、取り繕いなんて言葉は存在しなかった。とにかく必死だった。改めて彼女のことを抱きしめて、時間がない、もう残っていないことを実感する。


 喉を絞り切ったような声でトウカが言った。


「シヅキは、温かいね」

「お前が、トウカが冷たすぎるんだ」

「風に当たりすぎた、かな。少し……眠いや」

「返事をくれよ」

「返事?」

「俺のことを愛してくれ」

「…………私に愛されたい、の?」

「シーカーがよ、言ったんだ。トウカの“執着”を少しでも逸らすことが出来れば、“個の崩壊”を遅らせられるかもしれないってさ」

「個の崩壊……この眠気と悪夢はそういう名前、なんだね。そっか……執着か。花への執着…………」


 花、花、花。その言葉を何度も反芻しながら、トウカはコツンとシヅキの胸へ頭を埋める。 ……ジワリと服が湿ってゆく感覚が、間も無くしてもたらされた。


 

 闇空の最底にて、トウカが言葉を吐く。


 

「シヅ、キ」

「なんだ」

「私ね……わ、私は……花を愛しているの。愛さざるを、得ないの。きっと、そう造られた」

「ああ」

「今も、求めてるの」

「ああ」

「シヅキは……そんな目的達成の、手段に過ぎなかった」

「……ああ」


 トウカはシヅキのことお構いなしに、彼の胸元へと爪を立てた。


「シヅキは…………優しいから」

「お前だけに向けたものだ」

「うん。 ……シヅキ」

「なんだ」

「…………………………ごめん」


 反響する。反響される。トウカの「ごめん」がシヅキの中で。


 初めから分かっていた。結末なんてものは、とっくに分かっていたのだ。だからこそ、このデートとはシヅキのエゴに他ならなかった。


 トウカが花を愛するように造られたように、シヅキはトウカを愛するように造られていた。空っぽの二体に与えられた唯一のモノとはたったそれだけだったのだ。


 

 ――あァ。


  

「…………………報われねェな」


 

 胸の中で寝息を立てるトウカを抱きしめ、シヅキは闇空を仰いだ。

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