第128話 自分の末路
彼らにとって人間を除くモノへの執着とは、
ふと眼を閉じる。ある光景を脳の水底から
何故なら、その記録内容こそがシーカーにとっての執着であった訳だから。
「シヅキ、トウカ。僕が君たちを見つけ出したことは必然だった」
このようなことを口走ったならば、きっとシヅキは
自分は対等なコミュニーケーションを取ることが苦手だ。ソレを初めて教えたのは、それこそあの人だった。「君は賢いからね。孤独を愛さないと」などと。
…………。
「懐かしい」
心の塔で過ごした歳月とは、あの人の言葉を理解するのに十分過ぎるものであった。環境が変わり、それに伴い常識が大きく変わった。己が姿さえ幾度と上書きしてきた筈なのに、自分には友と呼べる者は誰も居なかった。
ずっと孤独に、ずっとやり方を模索し続けている。世界に生命を取り戻す……なんてバカげたことを目指し続けているのだ。
シーカーは再び息をつく。
「カエデさん。僕はついに孤独を愛せなかった。 ……さて」
長く時間をかけ息を吐き出したシーカーは立ち上がる。シヅキとトウカに希望を持てなくなった今、新たな希望を探す必要がある。再び世界の監視を始めるのだ。膨大な時間と精神を擦り減らし、灰色世界という海から一粒の砂金を探し当てなければならない。
――そう決意し、ひたすらに闇空を仰ぐシヅキに背を向けようとした時だった。
バリィィィィィィィィィィィィィィィィィィン
硝子を壊したような音が、けたたましく鳴り響いたのだ。
※※※※※
何が起きたのかすぐには分からなかった。
ただ耳を
「町が……無ェ」
正確に言えば、そこに町の原型が無かった。石が積まれた建物の壁、規則正しい模様の道、こじんまりとはしているが無数のモノが詰め込まれた屋台……その全てが有るべき形を失い、重力を忘れたように空へと昇っているのだ。さらに言えば彼方まで広がっていた無限の闇の海は、チカチカと白に瞬いていた。
そのような異常な光景を前に、眠るトウカを抱えたシヅキが吐く言葉とは言うまでもなかった。
「……なんだよ、これ」
「シヅキ」
困惑、或いは思考に浸る間もなくモノトーンの声がかけられる。見上げた前方に写る影……シーカーはいつの間にかそこに立っていた。
シヅキが何かを言う前に、ソレは言葉を重ねる。
「想定外の事態が起きている。ここを離れたほうがいい」
「何が起こっているんだ」
「外的な要因。おそらくは、“世界”」
「……どういう意味だ。世界じゃ分からねェよ」
「灰色世界が、僕と君たちを
「なんだ? 灰色世界様が自ら“生命を望む異物”を排除しに――」
「そう」
「あ?」
「そう。一言一句正しい」
思わぬ肯定の言葉にシヅキは言葉に詰まる。見れば、シーカーの表情は実に険しいものであった。あのシーカーが、だ。
ソレは港町の方向を
「たった今、塔周辺の分析が完了した。僕の結界を破ったモノを1体確認。結界を破り、あろうことか君の創造したこのささやかな世界にも穴を開けた」
「……へぇ」
「だから――」
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
再び響くけたたましい音の壁。今度のソレは酷く鈍い音であり、更に言えば強烈な振動を伴っていた。
足元を揺らがす地響きにシヅキの体制は崩れかけるが、体幹を意識すればついにそうなることはなかった。しかし一方で、シーカーは地面に叩きつけられてしまった。
しばらくして揺れが収まったところで、
「僕はこの通り。ホロウの上書きは完全な行為じゃない。身体を入れ替えるたびに僕の精神をすり減らし……身体能力の悪影響は
「……俺にその侵入者を
「そう」
「……その道理は……もう俺には無ェよ」
見下ろした視線の先にあるトウカ。彼女の瞼は硬く閉ざされ、もはや眠っているのか、それとも気を失っているのか判断は付かなかった。
ただ、たった一つだけある絶対的な確信。その残酷な現実をシヅキは言語化する。
「……トウカは起きねェんだ。やがて個の崩壊に蝕まれて……こいつは人間のエゴに
「シヅキ」
「デートはもう出来ない。会話だってな。笑った顔だってよ、もう二度と見れねェし、もう二度と……トウカは帰ってこない」
「ほ、他に頼る宛が無い。僕の望みの為にはこの塔の存在が絶対条件」
「ああ。
淡々と、淡々と言葉を吐くシヅキ。シーカーは彼の言葉を聞き、少しだけ黙り込んだかと思うと、「そう」とだけ呟いた。やがて、揺れ動く地面をポツポツと歩き始める。
「……今までの協力に感謝をする。あとは僕だけで何とかする」
借り物の身体を引き摺りつつシーカーが歩みを進める。地響きに何度も足を取られ、何度もその場にしゃがみ込んだ。そうやって揺れがマシになると再び歩き始める。それは実に痛々しい姿だった。
……………………
……………………
……………………。
「シーカー、待てよ。俺は別に道理が無いと言っただけだ」
「……どういう意味」
「分からねェか? 気が変わったって事だ」
その下唇を強く噛んだシヅキ。彼はシーカーに呆気なく追いついたところで、片腕に抱いていたトウカを差し出した。
シーカーが淡緑の瞳を細める。
「何を」
「丁寧に扱ってくれよ。気を失っていても、痛いものは痛いだろうからさ」
「だから、何を」
「その侵入者をぶっ
シーカーから少しだけ距離をとったところで、シヅキは真っ黒に染まった異形の腕を縦に、横に振るった。その衝撃に空気がブワンと
その空気に紛らわせるように、彼は一つ溜息を吐いた。
「シーカー、俺に任せろ。お前のご都合を叶えてやる。 ………………そういや俺も、“自分の末路”ってやつを捜していたんだ」
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