第115話 際限なき再現


「“虚命障害”と僕は呼んでいる。ホロウと、広義な意での命を有す概念とは共存が不可能。何度も宿主を変えてきた僕が出せた答えはソレである」


 実に無機質な魔素カンテラの淡い光に当てられたシーカーは、その場に座り込むシヅキへと淡々と語る。


 シーカーは傍にある天体望遠鏡へとそっと手を置いた。


「コレは星の観測装置を模してはいるが、実態は集積した記録と記憶から世界を際限なく再現する装置。君はあの命在る再現世界に、魔素感知という第六感で繋がった」

「…………」

「ごめん。いきなりだった」

「トウカは……!」


 今だに朦朧とする意識の中、シヅキは唐突に叫んだ。勢いに任せ、その場に立ち上がろうとするが上手くいかない。あえなく彼の身体はバランスを崩してしまった。


 その身体を華奢な腕が支える。


「まだ動かない方がいい」


 シーカーに正面から抱きつく形となったシヅキは、思わず突き放してしまう衝動へと駆られたが、それは寸のところで止まった。


 その代わりに、ソレの肩を強い力で掴んだのだった。鎖骨の凹みへと指を食い込ませるようにして掴む。するとソレの呼吸が少しだけ乱れた。


 行為に反して、彼は静かな口調にて言う。


「頼む。トウカは……さっきのモノをトウカには観せないでやってくれ。いや……そもそも存在を教えないでやってくれ頼む。 ……じゃねえと、あいつは――」

「それを」


 シヅキの言葉は遮られる。シーカーの声は近くに居てやっと聴き取れるほどには小さい。にも関わらず、言葉を掻き消してしまうほどの力があった。

 

「それを決められるのは君なのか」

「決め、るとかじゃ無ェだろ。危ねえことなんだから……未然に防ぐのは当然で…………」

「そう考えるなら、直接彼女に言えばいい」

「直接言っちまったら……トウカに存在がバレちまうだろ! なら元から無かったように振る舞うしか――」

「そう、君は彼女の意志決定を曲げられない。正確には曲げられる気がしない」


 シーカーはその淡緑の瞳でシヅキを捉える。ゆっくりとその口を動かし、ゆっくりと……しかし確実に言葉を紡いだ。


 曰く。

 


「君は推測を働かせた。或いは察してしまった。“もしかするとトウカの目指すモノとは己が存在の犠牲を伴うものではないか”と」



 シーカーは僅かに首を横へと傾ける。


「異なるか」

「……………………そうだ」


 言語化の仕様が無いものも含め、あらゆる感情が混ぜこぜとなったシヅキの肯定。彼は左手で自身の前髪を掴むと、強引に引っ張った。


 間もなく、その場に座り込む。


「“コア”ってものがあるのだろ? ホロウとかいう奴らの中にはよ……」

「人には備わっていない、ホロウ独自の性質。有り体に言えば“他何もかもを犠牲にしてでも叶えようとする願い”。主に起こりと生活環境が原因で、価値あるものを見出せなかったホロウが有す、呪いの希望。或いは希望の呪い」

 

「……難しいことは俺には分かんねェよ。ただ、俺がトウカの傍に居たいって思っていることをよ……同じように、トウカは生命ある花に願ってるのだろ? なら、もう止めようがねェんだって……俺は……俺はよ」


 ダン!


 尻すぼみになってゆく言葉に反して、シヅキはかなり強い力で床へと拳を下ろした。そこはやけに硬質で、シヅキの左手には衝動的な痛みが走る。それでも構わず、彼は再び床を殴る。鈍い音が僅かに反響をした。


 その反響が虚しく融け消えた時に、彼は言葉の続きを紡いだ。


「……ようやくよ、落ち着いたんだ。コクヨの計画をぶっ潰して、同族をころして、挙げ句自らの身体を変えちまってよ。投げ出せるもの全て投げ出して今があるんだ」


 右腕ヒソラをガラス越しの闇空へと掲げた。生命ある世界ならば、月明かりにでも照らされるのだろうか。ここにはそんなものある筈ないが。


「……俺はよ」


 込み上げてきた嗚咽が漏れてしまわないよう、シヅキは口元をギュッと結んだ。ガクガクと顎が震える。


 

「俺ァ今、幸せだよ。失いたくなんか、ない」



 トウカが、トウカの姿が、トウカとの記録きおくが思い起こされる。碌じゃないモノも含めて。当時に刻まれた痛みだって……もはや古傷だ。


 口を閉ざしたシヅキに代わるように、シーカーは時間をかけた瞬きの後に、こう言った。

 

「知ってる。痛みを伴う幸せ」

「なんなんだよテメェは……あぁそうだ。肝心な……テメェの実態をまだ何も知らねェ」

「シーカー。記憶と記録を集める。あるべき姿に世界を造り替える」

「分かるように、言えって……」

「人の手により初めて創られた26のホロウ。通称、虚ノ黎明にはそれぞれ役割が与えられた。うち1体の僕は観測者。記憶と記録を集め、その全てを後世へ遺す。」


 流れるように発せられたシーカーの言葉。これにはすっかりと参っている今のシヅキですら、聞き逃す訳にはいかなかった。


 バッと顔を上げる。


「おい……お前、今なんだと? 直接、人の手でって……」

「そう。僕の話もする必要がある。君は彼女のことで精一杯だけど、時間は有限。 ――ちょうど彼女もここへと来た」

「……え」


 目の前に映るリーフの姿。その背後、昇降機の到達地点へと焦点を移した。 ……そこに、白銀の影を見つける。


「…………トウカ」

「役者が揃った。でも繰り広げるのは劇ではなく現実。 ……始めよう」

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