第113話 最上階
渡り廊下を歩く最中に、シヅキはその異変に気がついた。下に映る景色を見渡す。
「形が……変わっているのか?」
張り巡らされた階段が、塔を支える巨大な柱群が、ある二点を繋ぐ渡り廊下が。トウカをベッドへと寝かせる前後でその位置を変化させていた。
呟いたシヅキの言葉に隣のシーカーは首を縦に振る。
「心の塔。心は常に移ろい続くもの。施しがなければ塔はその形を時の流れに依存する。精神状態が露骨に自らの能力に影響する君たちと同じ」
「……おい待てよ。なら俺たちが離れている間にトウカは何処かに行っちまうってことか?」
ギロと睨みつけたシヅキの眼。しかしながらシーカーは動揺の色を見せない。
「施しをしてある。多用する部屋と地形はその場に固定している」
「……トウカは無事なんだな」
「肯定する。 ――基より心は人由来。当然、人の心を内面に持つ僕達は、この塔を操ることが出来る」
そのように言ったシーカーはリーフの手をゆっくりと上げた。釣られてシヅキの視線も塔の上層を見上げる。
………………。
「こいつは……」
間もなくしてすぐに変化があった。音も立てず、地形が降りてきたのだ。落ちてきたのではなく、降りてきた。ワイヤー等の支えが何も無いのになぜ……?
シヅキの問いを無視し、円形の地形……改め昇降機が渡り廊下と平行になるところで止まった。シーカーは躊躇いなく昇降機へと身を移す。
そして、シヅキへとその手を差し出した。
「僕は嘘をつかない。君達には嫌われたくない」
「……んだよ、それ」
シーカーから飛び出たその言葉の後、シヅキは意味もなく瞬きを繰り返し、自身の後頭部を掻いた。
昇降機へと飛び乗る。
「案内しろよ」
※※※※※
最上階は床以外がガラス張りである、ドームの形をした大部屋だった。
やけに透き通ったガラス越しに、眼に穴が開くまで見続けてきた闇空が映る。しかしながら、どこか印象が異なって見えてしまうのはいつもと環境が異なるからだろうか?
視線を落とし、部屋を見渡した。床に埋め込まれている魔素カンテラの仄かな光が規則正しく部屋の奥まで続いている。かなり広い……それこそ、から風荒野で中へ入った大穴よりも広い。しかしながらここは実に殺風景な空間だ。モノなんてほとんどない。
故にシヅキの視線はある一点ですぐ定まった。それはおそらく、シーカーがシヅキを
その装置を見たシヅキの口が自然とこう動いた。
「星の観測……天体望遠鏡」
すぐにシヅキは自身の口元に左手をやる。眉間に寄せられた深い皺は彼の困惑を大いに表していた。
「そう。眼の前にあるのは、天体望遠鏡。星の上に在りながら、星を観ることに憧れを抱いた人が造り出した装置」
「その単語を、
「種の副作用。無断で知識が君に介入をする」
「知っている! ……あぁクソ」
派手に舌打ちをするシヅキを他所に、シーカーは望遠鏡の傍に立った。
「残念だけれど、この装置は星を観られない。その姿を模倣しているだけ。 ――代わりにもっと別のモノを見られる」
「……何をだよ」
「研究の成果」
そう言ったシーカーの傍にある天体望遠鏡が勝手に動き出す。その場でジリジリと回転を始め、本来星を観るはずの接眼レンズがシヅキの方向を向いた。
シヅキは口内に溜まった唾を飲み込む。要は覗けと、そういうことだ。ただ何となくそんな気はしていた。天体望遠鏡は予想外だったが、きっと生命に関連することだろうなんて。
……………。
(……トウカよりも、先に覗いちまっていいのか?)
接眼レンズに手を触れながらふと思う。これはトウカが切に願っていた行為じゃないのか? あろうことか先に自身が及んでしまっても……いや、何が起こるか分からない以上、確認はしておくべきだろうか。そもそものところで覗くこと自体どうなのだろう……。
振れる自身の考えに、シヅキは一度顔を上げる。別に助けを求めるつもりは無かったが、なんともなしにシーカーの方向を振り返った。
――否、振り返ろうとした。その視線が中途半端な位置で止まる。
働かない思考。無意識に固まる身体。半開きとなる口元。風らしきものが吹き、そんなシヅキの髪を揺らした。
シヅキは意味もなく瞬きを繰り返し、自身の後頭部を掻いた。
「…………どこだよ、ここ」
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