第112話 心の塔
塔の内部はオドを彷彿とさせる吹き抜けの構造だった。
そこは外壁と同じく、彩色の一切ない真っ白に包まれた空間だ。見上げると階段や柱、渡り廊下などが張り巡らされており、まるで迷路のようになっている。塔外部から見上げた時でさえも、その現実味のなさに圧倒をされた訳だが、内部はことさらに顕著だ。
材質か、あるいはこの空間の影響なのか。やけにその影を反射させる床。そこにぽつんと佇むシーカーは、シヅキが歩みを止めたところでゆっくりとその口を開いた。
「心の塔、と僕は呼んでいる。通常の建物より超高密度な魔素で形作った建築物……それがこの塔」
「……何をするための建物なんだ」
「二つ役割がある。 ……説明をすると長い。まずは移動する」
「ああ」
大きな広場らしき空間を抜け、天井のある通路を進む。 ……こんな巨大な建物にたった1体で住んでいるのか? なんて疑問を内心で燻らせつつ歩き、辿り着いたのは円形の空間だった。先程の大広間のように吹き抜けの構造となっており、シヅキはすぐに察した。
「昇降機……」
「当たり」
間も無くして自身の身体が床に張り付く感覚に襲われた。オドに設置されている古いものとは異なり、かなり静かに動いている。それこそ気がつかないほどに。
円の向かいに立つシーカーはそのような静寂に満たされた空間にて無機質な声色で語り出した。
「この塔には二つの役割がある。一つはありとあらゆる記憶と記録の保管庫。ここは人間、ホロウに関わらずその真実を魔素の中に取り込んでいる。故にこの建物は超高密度……その片鱗を“結界”で見たはず」
「……! やはりアレはお前の仕業だったのか」
「そう。僕は敵が多いから。 ――二つ目の役割は、世界に生命を取り戻すこと。その研究施設」
「……そうか」
「君は思うところがある」
「あんのは俺じゃ無ェよ」
腕から滑り落ちそうになるトウカを抱き直したところで、昇降機が止まる。部屋の外へ出ると、そこは吹き抜けの一角だった。現在居るのが先刻に見上げていた渡り廊下だと理解する。下には縦横無尽に走る渡り廊下や階段が見え、入り組んだその奥底には大広間が見えた。
そのような眼下の光景を睨みつけるように見ながら、シヅキは心の中で呟く。
(最悪……飛び降りれば逃げられるか)
それからさほど時間はかからなかった。廊下を渡り終えた最終地点にあったのは高さ3メートルほどの大きな扉だった。シーカーがその手で扉の表面を撫でるように触れると、それは真横にズレるようにして開いた。
振り返りシーカーが言う。
「ここは居住スペースである。好きに使ってもらって構わない。この先に定量の魔素を保っている部屋がある。あとはホロウの身体が自己修復をするはず」
「……その部屋にトウカを寝かせればいいんだな」
「そう。その後は君の自由。何か望みがあるなら言う。大抵の行動は認める」
相変わらず淡々と言葉を連ねるシーカーに対し、シヅキは何を言うでもなくただ俯いた。その視界には眠りについているトウカの横顔が映る。 ……先刻と比較して呼吸は落ち着いている。しばらくしたら無事に眼が覚めるだろう、というのはシヅキでも分かった。
………………。
「警戒している」
「……当たり前だ」
「無理もない。君にとって彼女の存在はその全て。一方で僕という存在は、彼女が探し求めていたもの。君は僕の扱いを決めかねている。或いは僕を知りたがっている。或いは――」
「お前は! ……お前は俺たちのことをどこまで知っているんだ?」
「知っていることだけ」
「答えになってねえよ」
「情報を求めているなら、案内をする。塔の最上階」
あっさりとシーカーの口から出た言葉。どうやら情報を伝える意志はあるらしい。自然とシヅキの視線は上を向いた。入り組んだ柱と廊下と階段。 ……オドの上層には秘匿された情報が保管されていた事実を思い出す。
シヅキは絞り出すように声を出した。
「……ここじゃあダメなのか」
「五感は少ない。ホロウは第六感を使う」
「んだよ、それ」
「彼女に害は与えない。今、この塔に存在をするのは僕と君と彼女だけである。もし不安なら彼女が目を覚ますまで残るといい。その場合、僕は散歩でもする」
不敵にシーカーが笑う。表情の作り方はかつてのエイガと同じであるはずなのに、不思議と軽薄さは感じなかった。つらつらと事実だけをありのままに語っていると、そのような印象を受ける。 ……受けることまで、折り込み済なのか?
…………。
(どんな行動を取ろうが、リスクはあるか)
重苦しく、シヅキは口を開いた。
「案内を、してくれ。今は情報が欲しい」
「賢明な判断。君のそういうところを僕は好んでいる」
「……なんだよ、急に」
不敵な笑みを浮かべたまま、シーカーは扉側へ立っているシヅキの元へと歩いてくる。カツ、カツとやけに反響をする足音が否応もなく鼓膜を震わした。
そして。シヅキの隣を通り過ぎる間際に、ソレは囁くように、或いは挑発的に問いかけた。
「或いは…………僕に嫉妬をしている」
通り過ぎて行ったシーカーの方を、反射的に振り向く。ソレが見せるのはリーフの背中だけだった。ついてこいと言わんばかりに、細かな足音を反響させる。
シヅキは小さく舌打ちをした。
「……俺が関わるホロウって、なんでこんなダルい奴らばかりなんだ」
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