第105話 身の振り方

 

 間もなくしてソヨと合流をした。


 これからの身の振り方について、どのように彼女へと説明をしたものかと考えた訳だが、実際に説明をしたのはリンドウであった。


「――という訳だから、シヅキとトウカはここでお別れになるわね」


 最後にそのように締め括ったリンドウ。一言も口を挟まずに話を聞いていたソヨは、ただ一言「そうですか」と呟くだけだった。


 袖がくいくいと引かれる。


「シヅキ……少しだけ、2体だけにさせて欲しい、の」


 トウカの要望に、当然シヅキは首肯をした。


 ここでタイミングが良かったのは、シヅキが気絶させた2体のホロウが意識を取り戻したことであった。彼らはリンドウを連れてベースキャンプ跡地へと歩いてゆく。シヅキは随分と距離を置き、かつ目線を寄越さないようにしていたが、目の端に映る彼らからは明らかな動揺が見て取れた。


 そんな彼らとは逆方向へと歩きつつ、シヅキは思考を巡らせる。当然、トウカとソヨのことだ。


 トウカ、そしてソヨ。きっと彼女らの間にはシヅキが知り得ない関係性がある。


 “絶望”の一件の後くらいからだろうか? トウカとソヨは仲良くなっていた。別に初めから2体が険悪だったことはないけれども、それでも距離間が縮まったことは確実で。その現れを、シヅキはソヨの言葉にて体感したことがあった。


 結界前にてソヨが言った言葉。


 

『シヅキ、トウカちゃん……久しぶり。ヒソラ先生、お疲れ様です。大変身勝手ながらここまでやって来てしまいました。頼まれていたモノを届けるために。友達を……助けるために』



「友達、か」


 シヅキが知っているソヨとは、きっとあの場面で「仕事だから」などと言った筈なのだ。事実ソヨはリンドウ(或いはヒソラ)に頼まれて種を届けに来た訳で。


 ……ソヨは、ソヨの意志にてここまで来てくれた。非戦闘要員のくせしてたった1体で。友達を助けたい、なんて灰色世界には実に似つかわしくない理由なんかで。 ……あいつは良い奴だ。本当に。コアなんて無いくせに。


 しばらく荒れ果てた地面を進み続けたシヅキ。おもむろに後ろを振り向く。霧がかった棺の滝の空間とは、薄ぼやけた白に満ちていた。それが彼方を覆う闇空と混ざり合い、まばらに灰色を見せる。


「……そろそろ戻ろうか」


 口に出したシヅキは早歩きにて来た道を歩いてゆく。無意識的なその速さとは、心の端に芽生えた願望への期待であった。「もしかしたら」なんて思いがシヅキを突き動かす。


 間もなくしてシヅキは元の場所へと戻った。そこに漂う2体の影。シヅキが彼女らに声を掛ける前に、こちらを呼ぶ声があった。


 腰に手をかけた声の主とは、陽気な調子で言う。


「あぁシヅキ。もう話は終わったわよ。あんたトウカちゃんに迷惑かけないようにしなさいよ」


 ニッと笑いながらそのように言ったソヨ。彼女はシヅキの胸元を握りこぶしで軽く小突くと、すぐに踵を返してしまった。ソヨが走り去った方向にはリンドウ達の姿がある。


 シヅキが何か口を開く前に、彼らの影は呆気もなく小さくなっていった。ソヨが遠ざかってゆく。


 再びくいくいと袖が引かれた。


「シヅキ……行こ。2体で、行くんだ」


 トウカが歩き始める。彼女のか弱い引力に従い、シヅキは歩みを再開した。すると、あっと言う間に淡い霧へと巻かれて、2体きりになってしまった。


 …………。


 俯き続けるトウカへと呼びかける。


「……トウカ」

「うん。 ……うん」

「辛いな」


 ふるふると震えるトウカの背中へ手を置く。小さく、すぐにでも壊れてしまいそうなソレとは、以前と比べてどうだったろうか?


「シヅキ……私って、物分りがすごく、悪いの。自分のやりたいこととか、望みをね? 叶えたくて、たまらないの。すごくわがまま」

「あぁ」

「ソヨちゃん、に……ぶたれた。叱って、くれた」

「あいつは、良い奴だからよ。優しすぎねェんだ」

「『非戦闘員のわたしが旅をするなんて、迷惑でしかない』って……!」

「……あぁ。トウカ、よく諦められたな」


 静かに嗚咽を漏らすトウカ。それ以上にシヅキが口を挟むことはなかった。


 棺の滝にかかる、淡い霧が晴れてゆく。浅い傾斜の坂道を登ってゆく。この先にあるのは結界だ。シヅキとトウカはそこを目指した。


「……じゃあな。ソヨ」


 きっと二度と会うことはないだろう。そのような予感とは、無根拠だけれども確信めいたものがあってしまった。

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