第104話 バケモノ
トウカを自身の傍へと引き寄せたシヅキ。軽く息を吐き出し、リンドウと対面する。
リンドウ……紫の長髪と大きな丸メガネが特徴的な彼女は、ヒソラと同様に裾の長い白衣を身に纏っていた。その風貌をシヅキは今まで知らなかった。トウカだってそうだ。 ……ただリンドウが何者であるか、それは
トウカが頭を下げる。
「リンドウ、さん。私とシヅキが助かるように、裏で色々と手筈を整えて下さり、ありがとうございます」
「どういたしまして、なんて言うつもり無いわよ? 謙遜でもない。わたしは頼まれたことを頼まれたようにやっただけだもの」
「頼まれた、こと……」
「ヒソラか」
シヅキの呟きとは独り言に近しいものであったが、リンドウはゆっくりと首を縦に振り肯定の意を示した。 ……レンズの向こう側にて佇む紫の瞳をシヅキは捉える。
故に、思わず口走ってしまったのだ。
「俺ぁ、ヒソラを
「待ちなさい。あなたはそれ以上に言葉を紡がないで。不愉快を憶えるわ」
「……ああ」
まともにリンドウのことを見られず、シヅキはすっかり傷んでボロ切れに近しい黒の外套を目深に被ったのだった。
「ごめんなさいね。私情を漏らすつもりは無かったのだけれど。 ――解読型である
「け、警告ですか……」
「トウカは察しがつくかしら?」
先ほどまでより低いトーンにてリンドウが問いかける。それに対しトウカは、シヅキの袖をギュッと掴みつつ答えたのだった。
「私とシヅキ……2体のオドへの帰還は許されない、ことですか」
…………!
…………。
(それも、そうか)
頭の中を駆け巡る悪い可能性の群れ。シヅキは邪推を展開することが悪癖であったわけだが、今回に関して言えば実に真実めいたものとまで思えてしまった。 ……それもそうなのだ。先刻の出来事がもはや裏付けであった訳なのだから。
トウカの答えに対し、やはりリンドウは首を縦に振った。
「正確に言えば、シヅキというホロウをオドへと帰す訳にはいかないわ。その理由とは犯した罪の重さでも、精神状態を鑑みた結果でもない。それらは本質と少しだけズレている。もっと単純なのよ」
リンドウがゆっくりと手を伸ばす。指先が差す末路とは、シヅキの腕であった。
「真っ黒に変色し肥大化した腕と、無数の黒の蔦もどきが這い覆った顔部の右半分……ホロウとは程遠い見た目ね」
「…………」
ズキリ、と。先ほど感じた胸の痛みとは毛色の異なる痛みが走った。ぽっかりと穴が空いた感覚だ。
『く、くそっ! バケモノめ!』
思い出されたのは槍武装のホロウが放った言葉だった。あの時は戦うことに必死で、その言葉の重みを感じられなかったが、今はそうじゃない。あのような拒絶とは、シヅキにとって初めての体験であった。
「疎外、感……」
人間の記憶、その断片が実に抽象的な煙のごときイメージで再生をされる。疎外、差別、迫害。異分子と称された者共の末路。自分は今そこに立っているのだ。
…………。
すっかりと黙りこくってしまったシヅキを見かねたのか、リンドウが言葉を重ねる。
「見た目を直せばいいなんて話でもないけれどね。浄化型のあなたであれば、その右腕もその顔も繕えないのかしら」
「……俺はそんなに器用じゃない。それに、こいつぁ俺の罪だ」
「それを聞いて安心したわ。 ……是非戻ってこないで頂戴」
リンドウの強い言葉に、身構えていたにも関わらずクラッとシヅキの身体はよろけてしまった。しかし、その身体を支えてくれた者が居た。 ……トウカであった。
「リンドウ、さん。あなたは、私の帰還も許されない、って言いましたね。 ……正確に言えば、私はオドに帰還しないってこと、ですよね」
「……! トウカお前」
常軌を保っているその左眼にてトウカの姿を捉える。琥珀色の、眼。
トウカは柔和な笑みを浮かべた。
「シヅキ、安心して。もともと私はね? オドに帰るつもりはなかったの。考えがあって。だからえっと……身の振り方は後で一緒に、考えよ?」
拙くて、途切れ途切れの言葉遣い。今となってシヅキは、トウカとまた会えたという実感を得たのだった。そしてこれからも一緒に居られるのだという確信を。
「……あぁ。そうだな」
自分はもはやバケモノだ。他所から見れば魔人と等しい。
トウカの手をとった。トウカの温もりが伝わってくる。トウカと眼が合った。琥珀色の綺麗な眼だ。トウカの傍にいられる。それ以外全てを捨て置ける。
もはやバケモノでも構わない。
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