第100話 根絶やし

 

 知恵の種インデックスを摂取したことにより、肥大化し、黒に染まり、尊厳など失くしたシヅキの右腕。そこに確かなる幻聴が彼を後押しし、体躯を縛る茨を破壊した。そうして、その勢いのままに、シヅキの右腕とはコクヨを穿ったのだった。


 両断、と言えるほどに刃は通りきらなかったが、自己修復するにはあまりにも無謀な程に内臓をぶった斬った。それと同時に、周辺の魔素濃度が急激に上昇。コクヨを象っていた膨大な魔素が、空気中へと融け出したのだ。


 地面に倒れ込んだコクヨは、痙攣を繰り返している。

 

「あ゛ぁぁ……………アァァァァ………………!!!」


 棺の滝の、体温よりもずっと冷たい地面にて彼女が苦痛を訴える。ひん剥いた眼も、唾液塗れの口元も、土埃に塗れた頬も、乱れ切った髪も。それらは全て彼女らしく無い惨状で。いや、彼女が表には出さなかった心の奥深くの……苦痛と憤怒。ソレを全て灰色世界へと引きずり出した者とは、紛れもなくシヅキだった。


 震える膝を折り、コクヨの傍へ座り込んだ。シヅキは何も喋らない。トドメを刺す真似もせず、ただ座り込むだけだった。棺の滝には、コクヨの荒れた息遣いのみが残酷に響いていた。



 ………………


 ………………


 ………………。



 しばらくの時間が経った。魔素の濃度はもう上がらない。出るところまで出てしまったのだ。コクヨの身体とは、ホロウとしての体躯を保とうと自らの修復を試みている。欠けた内臓と骨を……傷のついていない脚や頭を形成する魔素を希薄することで、補わんとしている。


 コクヨの指先が僅かに動いた。すぐ近くに在った布切れを掴み取る。布切れとはシヅキが着る外套の端くれであった。弱々しく握るその手とは振り解くことなど造作なかったが、シヅキはそれを受け容れる。


 間も無くして荒い口呼吸とともに、掠れきった声にてコクヨは尋ねたのだった。


知恵の種インデックスを摂取したということは、お前は知ったのだろう? 人間が犯し、我々にひた隠してきた罪を。ワタシ、は。ワタシはどうしても認められなかったのだ」

 

 コクヨの漆黒の眼が闇空を捉える。シヅキも仰ぎ見た。


 

 ――種を食べた瞬間、命ありし人間の記憶が流れ込んできた。ソレは、一介のホロウが有すにはあまりにも膨大な量であり、しかし全てを取り込めたのはやはり右腕ヒソラが肩代わりをしてくれたからだろう。


 そこでシヅキは知ったのだ。極一部のホロウのみが共有し、ひた隠しにしてきた“人間の罪”を。

 


「生命が生きられぬ世界となったのは、伝承で謳われる“流行病はやりやまい”などではなく、人間と人間による



 コクヨの言葉とは、紛れなき事実であった。


 人間の有す感情を外へと発露した現象……魔法。人間は魔法により、物質の生成や簡単な未来視といった超常を創り出し、世界の支配をも達した。 


 しかし問題はその後にあった。世界を支配した人間にとって最大の障害とは何だったか? ……それは同種、つまり人間であった。


 思想あるいは意志の対立が争いへと発展し、大きなコロニーを巻き込んだものは戦争と呼ばれた。人間が人間の命を奪い、奪い、奪い。戦争により国が痩せると、二次被害的に犠牲者が出た。


 やがて人間は望むようになった。魔法の力を人間の発展ではなく、人間の破壊へ差し向けることを。やがてそのような感情とは体現をされた。戦友が殺された恨みが、痩せた国にて生き残るの覚悟が、殺人への快楽感情が、愛国の想いが……業火の魔法となり、雷の魔法となり、猛毒の魔法となった。


 果てに人間は倫理をも殺した。このような破壊を及ぼす過激な魔法を、人間そのものにかけたのだ。理性を失うこと、異形と化すことを代償に、肉体が強烈に強化された者……通称“魔人”とは兵器として運用をされ、大量の人間を殺したのだった。


 繰り返される犠牲。そして束の間の栄光。連鎖し環状する負の感情。このような惨状とは、ついに世界の理を壊してしまったのだ。いや、それとも星の持つ防衛機構だったのだろうか? いずれにせよ生命の減衰とはここから始まった。


 あまりにも、あまりにもドス黒い負の感情から生まれ続く魔法を、ついに大気は飽和しきれなくなった。魔法の素となる物質、魔素が空気の汚染を始める。一人間の心の中へ、不特定多数の人間の負の感情が侵入。精神を汚染し、心を狂わせた……つまるところ、犯罪者や一部の下等兵士へと運用をされた“魔人化”とは、自然現象的に発生をするようになったのだ。


 人間がその原因に気がついた時には、もう手遅れであった。人間の大部分は既に魔人化、あるいは精神汚染に耐えきれずに狂死。動物と虫には精神汚染の症状は見られなかったものの、軒並みが変死を迎えた。


 呆気なく迎えた終末世界。僅かに残った人間は、人間の存続をついに諦めたのだった。その代わりとしてホロウと呼ばれる人間に酷似した魔素の集合体を創り出してしまったのだ。



 ――そのコンセプトとは、“無条件に人間を崇高すること”と“人間が犯した大罪を美談として語り継ぐこと”であった。




 ………………


 ………………。



 闇空たいざいを仰ぎ見るコクヨが、自身の感情にその身を全て任せ、震える声にて吐き出すのだった。


 

 「ワタシは、人間を根絶やしにしたかったのだ。過去に在りし人間の記憶、そして今に在りし人間の末路を根絶やしにだ。そうせねば、ワタシたちは囚われ続けることとなる。大罪人が生み出した……最期の大罪として……負の感情にて構成された罪の化身として……。ワタシは人間を、根絶やしにしたかったのだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る