第71話 ソヨとリンドウ②
レインは、トウカと同じく中央区からやって来たホロウだった。物腰が柔らかく、仕事の覚えも早く、愛想だって良い。雑務型の中でも評判の良いホロウだった。
そんなホロウだったからだろうか? 付き合いはそれ程長くないにしろ、ソヨとレインの間には程々に深い仲が芽生えたものだった。
彼女らが話をする内容は専ら仕事への愚痴だったが、たまには服の話や食べ物の話もした。そこそこに波長の合うホロウだったな、とソヨは思う。
――だからこそ、レインが魔人に
ソヨは長らく閉じていた瞳をゆっくりと開いた。その目線の先にはリンドウの姿がある。
「……」
ソヨは口内の唾液を飲み込んだ後に、その口を小さく開いたのだった。
「レインのことを教えて欲しい、ですか。その……何故それをわたしに? 他にもっと適任は居るかと思いますが」
「あら? あなたに尋ねることに不都合でもあるのかしら?」
「い、いえ。そういう訳では…………分かりました」
ソヨは手櫛で自身の前髪を一つ梳いた後に、レインというホロウについて話をした。中央区からやってきたこと、愛想が良いホロウだったこと、評判の良いホロウだったこと……ソヨは、そんな
しかし、ソヨの話を聴いてもリンドウの表情は晴れなかった。
「わたしが知りたいことはもっと質の高い事よ。あなたに尋ねたことにはそれ相応の理由があっての事……あなたにしか話せないことがあるんじゃないかしら」
「……わたしは他に何も……」
「そう。なら強行手段ね」
「えっ! ちょっと――」
ソヨが言葉を言い終える前に、リンドウは大胆にも応接室に設置されたテーブルを乗り越えたのだった。そして、ソヨの頬に手を添えてみせたのだった。
「解読型はホロウの心を読むことが出来る……なんてのは聞いたことがあるかしら?」
「!? ひょっとして今……」
リンドウは、妖艶に且つ不敵に笑ってみせた。
「部屋、引き出し、遺書……遺書があるのね」
血の気が引くとはこのような時のことを言うのだろうか? ホロウの身体には血なんて通っていないが、確かにソヨの表情は青ざめたのだった。
頬からゆっくりと手を離したリンドウは、再び自身の席に戻り足を組み直したのだった。
「ごめんなさいね。無許可であなたの深層へと踏み込んでしまったわ。でもこれは、仕方のないことだったのよ。
「わたし、たち……?」
「あら言ってなかったかしら? わたしがあなたを訪ねたのはヒソラの指示よ」
「ヒソラ先生が……どうして……」
「言ってるじゃない。わたしたちは知る必要があったのよ。そのカギを握っているのは他でもない、あなたじゃなくて?」
「……」
ソヨはただ俯いて、自身のスカートをぎゅっと握りこんだのだった。
「……先ほどわたしに触れた時に、どこまで心を読んだのですか?」
「それは全て口に出したわよ。『部屋』『引き出し』『遺書』わたしがあなたから読み取れたものはたったそれだけ」
そう言うと、リンドウは自身の掌をソヨの方へと差し出したのだった。
「心を読めるなんて言うと、まるで超能力のようだけれどね。実際のところ、そこまで役に立つ力でも無いのよ。理屈としては通心と何も変わらないもの……そうね」
リンドウは目の前にある飲み干したマグを手に取ると、ちょうどテーブルの真ん中辺りに置いたのだった。
「話が脱線するけれど、少しだけ講義をするわね。テーマは解読型の能力について」
リンドウは次に自身のことを指差すと、このように続けた。
「“通心”と呼ばれる意思疎通手段の仕組みは、雑務型のあなたなら知っているでしょう?」
「……」
とてもじゃないが今はそんな話をする精神状態では無かったソヨ。しかし、流石にリンドウを相手に押し黙り続ける訳にもいかず、重苦しく口を開くしかなかった。
「普段、発する言葉を魔素の中に圧縮して、言葉が圧縮された魔素を任意のホロウへと送る……ですよね」
「そうね。ちょうどこのマグに紅茶を注いで提供することと同じ。液体のままでは運ぶことが出来ないのだから、マグという容れ物を用意するの。同様に、言葉はその場に居ない誰かへと届けることは出来ないのだから、魔素という容れ物を用意する訳ね」
リンドウは一息で言い終えてしまうと、テーブルの上を滑らせながらマグをソヨへと寄越した。
「マグが与えられたのなら、その中身である紅茶を飲むわよね? ようは容れ物の中にある要素を取り出すわけね。同様に、魔素という容れ物の中にある言葉という要素を取り出して、私たちはその内容を知ることが出来る……コレが通心で行われていることね」
そんな当たり前のことを話して何が言いたいのだろう、とソヨは考えた訳だが、その気持ちを全て見透かしているかのように、リンドウはこのように続けたのだった。
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