第33話 私はまだ……
………………
………………
………………。
――あれ? どうなったんだっけ?
あまり意識がハッキリとしない。何があったのか、何をしているのか……よく分からない。
夢を見ているのだろうか? 眠った覚えなんて全然ないのに。でも現実か夢どちらか? と訊かれれば、夢と答えてしまうだろう。 ……なら、夢?
――よく、分かんないや。
思考が上手く働かない。考えようとすればするほど、煙に巻かれたかのように辺りは白んでしまう。
どうしたものかと途方に暮れていたところ、突如としてボンヤリとした影のようなものが現れた。
酷く輪郭が曖昧で、影の正体はイマイチ掴めない。
――なんだろ、あれ。
直感的に、眼を離してはならない
不思議とそれを見るだけで、ひどく心が高鳴り、全身が熱を帯びた。 ……そうやって、私を大きく突き動かしてくれるものなんて、たった一つしかなかった。
――ああ、そうだったんだね。なんですぐに気づかなかったんだろう。
私は、その影に手を伸ばそうとした。別にそれで
しかしながら、そこで私は状況を
――手が、ない?
視界に映るのは曖昧な影だけで、そこに自身の手が映り込むことはなかった。それどころか、身体が
――なん、で? 私はどうなったんだっけ?
そうやって最初の疑問に帰結したところで、遠くから声が聞こえた。
「………………カ!」
やはり初めは分からなかった。でも何度も声は聞こえる。
「………………ウカ!」
――わた、し?
最後はハッキリと聞こえた。 ……聞き慣れかけている声だ。
「トウカ!!!」
呼ばれてる。自分の名前を何度も、呼ばれている。すごく悲しそうな声だった。
――行かないと、いけないね。また怒られちゃう。
不思議とどう行けばいいのかは、迷わなかった。
※※※※※
「………………あぁ…………」
「――っ! トウカ?」
「シ……ヅ…………キ?」
焦点の合っていない眼、掠れきった声、常に小刻みに震えている頬……状態は最悪だ。いつ終わりを迎えても、おかしくないほどに。それでも……
「トウカ……お前、まだ……良かった」
まだ、トウカは
「だい……じょう…………ぶ?」
「……バカ野郎。俺のことはいいだろ。それよりお前……傷が」
「き……ず?」
「刺されたんだよ、トウカ」
シヅキがそう言うと、トウカは固まってしまった。状況が未だ理解できていないらしい。思考が鈍っているのだろうか? その眼で辺りを見渡して、漸く彼女の口は開いた。
「…………魔素の、流出が」
「……そうだ。お前、このままだと消えちまうって。でもよ……頭悪いから俺分かんねぇんだ。どうしたらお前を……助けられる?」
自身の赤黒く染まった掌を見ながら、シヅキは
浅い呼吸を繰り返しながら、トウカは話さない。考えているのか、それとも考える力も残っていないのか……後者であれば、もうトウカは。
しかし幸いにも、彼女の口は動いてくれた。
「かん…………そ…………やく」
「え? なんだ?」
「還素薬……応急……措置」
「! ヒソラの……」
シヅキが思い返したのは、先日医務室を訪れた時のやりとりだった。
『この前、
『還素薬?』
シヅキは数日前の記憶を思い返してみて、すぐに思い当たる節があった。液体状の何かを飲まされた記憶があるのだ。
『あーあれか。飲んだけど、よく分からんかった』
『プレ版だから薬の配合量自体は少ないよ。効果に気づかなかっただけだと思うけど、あれは傷ついた魔素を回復する作用があるんだ。魔人と戦闘する浄化型には必須だと思うよ』
『……どうだかな』
「あれか!」
シヅキは、腰元のベルトに装着された、布製の袋を強引に
「こいつ浄化型用のものじゃないのか?」
「体内……魔素が…………空気に触れたら……希薄…………する……から。魔素の……状態を…………維持する……ために」
「ああ、そういう使い方もあるのか」
大きく頷いたシヅキ。細かく震える手を押さえ込みつつ、小瓶の蓋を開けた。すぐに濃い魔素の臭いが鼻につく。
「……いいか? 飲ませるぞ」
トウカが僅かに頷いたのを確認した後、シヅキは彼女の顎を上げた。そして、ゆっくり、ゆっくりと流し込んでいく。先ほど派手に吐血をしたばかりではあったが、トウカは瓶を1本、飲み干した。
「これで、いいか?」
「う、ん。 …………シヅキ…………私…………まだ終わり……たく……ない」
「――っ!」
シヅキはその場に立ち上がった。自身の表情を見られたくなかったから。気を抜いたらポロポロと溢してしまいそうになる喉を、首ごと強引に掴んで押さえ込む。低いトーンで彼は言った。
「……終わらせるかよ。港町、行くんだろ」
シヅキは目線を逸らした。それ以上、トウカを見ることが出来なかったから、というのもある。 ……しかし、それ以上に。
――灰色に染まった花畑。シヅキはそこに異分子を見つけた。どす黒い異分子だ。ソレは灰色の花に紛れるようにポツンと在るが、擬態なんて全く出来ていない。
彼が眼を向けたからか、それとも単なる偶然か……ソレは笑うように鳴いた。
「ミィミィミィミィミィミィ」
シヅキは大きく舌打ちをする。
「さっきから気色
体内魔素を操作。間も無くして彼の手には大鎌が宿った。
「ミィミィ」
「残念だったな。奇襲は失敗に終わった。同じ手はもう効かねえよ。 ……俺が効かさねえよ」
「ミィ」
最後に小さく鳴いたソレ。間も無くして、奴の近くの地面から蔦が生えた。 ……先端が鋭く尖った蔦だ。
対してシヅキも武器を構えた。漆黒の大鎌は、まるで闇空に溶けている。
口元を歪ませながら呟いた。
「……真っ黒だな。俺も、お前も」
眼に捉えたソレの正体は、黒色の花だった。花のくせして左右に揺れ動くし、ミィと鳴く。そんな奇怪な存在を見ることは、当然初めてだった。
しかしシヅキには検討がついている。 ……流れからして、正体なんて一つしかなかった。
フゥと息を長く吐く。乾いた唇を舌で湿らせる。そして、随分と低いトーンでシヅキは問うた。
「お前、“絶望”か?」
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