第34話 俺はずっと……


  ビュン、としなつたが高速で飛んでくる。


 シヅキが半身になってそれをかわすと、すぐ後ろから乾いた破裂音のようなものが聞こえてきた。蔦が伸びきった音だ。


 すぐさまシヅキはバックステップをした。すると、やはりビュンと空気を裂く音と共に、今度は後方から蔦が襲いかかってくる。ソレはシヅキが立っていた場所に派手に叩きつけられた。土煙が舞う……


 グシャグシャに潰された花々と地面を眼に捉えたシヅキは口元を歪ませて言った。


「イかれてんだろ」


 汗と土で塗れた袖元で顎元を拭う。シヅキが凝視する漆黒の花……“絶望”は相変わらず左右に揺れ動いていた。奴の周りには5本の太い蔦が生えている。それらは上下左右に撓らせながらシヅキのことを狙い続けていた。


「……っ!!」


 何度も、何度も飛んでくる蔦共。シヅキはそれらを避け、鎌で流し、なんとか対処をしている。彼の背後には気を失ってしまったホロウ……トウカが居た。


 再び伸びてきた蔦を受け流したところで、シヅキは自身の胸元に手を当てた。


 鼓動と熱、それを感じる――


(さっきから、なんか変だな……)


 “絶望”の蔦に襲われ続けているのに、シヅキは恐怖感にさいなまれることなく、怒りに狂う訳でもない。それどころか穏やかな気分なのだ。 ……何故なのか? シヅキの中にはボンヤリとした答えがあった。


 困惑気味な声で呟く。


「トウカが……きていたから」


 だから自分は今、安心しているのだろうか? 


「……」


 否定したい衝動に駆られた。別にトウカに限った話ではない。 ……たかが1体のホロウの安否に対して、自分の心がこんなにも揺れ動いたことを受け容れたくなかったのだ。


 小さく溜息を吐く。


「こんな葛藤……初めてだ」


 闇空に再び、鋭利な蔓が飛んでくるのが見えた。1本は身をひるがえし避け、もう1本は鎌の峰で受け流した。


 そして、最後の1本は――


「フッ――!」


 出来るだけ刃の中心で捉えるように、鎌を小さく振った。


 ブチッッッ


 確かな手応えと共に、鈍い音が響いた。シヅキの眼の先には……一刀両断された蔓が確かにあった。


 そそくさと“絶望”のもとへと引っ込んでいく破損した蔓を見ながら、シヅキは拳を固めた。


「よし、斬れるな」


 鎌の峰で何度も攻撃を受け流す中で、蔓にそこまでの強固性が無いことは分かっていた。思いきって斬り伏せることを試みたが……上手くいった。


 鎌を構え直す。刃先を向けた“絶望”は、心なし先ほどまでより花弁をうねらせているように見えた。止むことなく飛んできていた蔓の攻撃も、今は飛んできていない。ある程度は損傷を負わせたろうか?


「……」


 それを確認したところで、シヅキは首を少しだけ捻り、改めてトウカに眼を向けた。 


 ……魔素の流出はもうしていない。還素薬が効いているのだろう。未だ気を失ったままだが、呼吸は安定しているようだった。



 ――改めてトウカを見て、ふと気付いたことがあった。



(思えば、俺の心は……あいつに出会ってからずっと揺れているのかもしれない)


 18年前に造られてから、周りの同胞は「人間の為に」なんてひたすらに言い続けていた。だからシヅキも「人間は復活させた方がいいのか」なんて、漠然と思っていた。それを達成すべく、文字通り身を削り、鎌を生成し、魔人を刈り続けた。  ……それ位しか、自分に出来ることはないと思っていたから。



『人間の為になんて……そんなのおかしいよ。ホロウは……ホロウにだってちゃんと意志がある! 怖いものは怖いし、痛いものは痛い。それなのに、何で私たちは私たちのことを第一に思えないの?』



 ――でも、トウカは違った。



 あいつは「人間の為に」なんていうホロウの在り方を、真っ向から否定した。ちゃんと自分の意志があって、明確な目的があって、周りに流されない強さを持っている。まるで他のホロウたちとは真逆だった。


 それに気がついた時、最初はバカなんじゃないかと思った。闇に染まりきった救いのない世界で、そんな在り方は無意味なだけだと……そうやって信じきっていた。だから、その全てを否定しようとした。 ……激昂して、一蹴した。


 ああ。


「バカなのは、どっちだよ」


 琥珀色の瞳を思い出した。吸い込まれそうなほど、貫かれてしまいそうなほどに綺麗な瞳。何故あんなにも魅入られていたのか……今になってようやく分かった。“トウカ”というホロウを失いかけて、漸く分かったのだ。


 シヅキは言う。



「あの眼には、トウカの“信念”が篭っているのか」



 信念……正しいと信じて止まない、自分の考え。瞳の琥珀にはそんなものが宿っているんじゃないかって。


 本当に自分らしくない言葉だ。よくもまあ、そんな綺麗事を考えられたものだと思う。


 でも、不思議と嫌悪感は抱かなかった。何もかもを諦めた思考より、ずっとマシに思えたから。


「ふぅ…………」


 小さく、長く溜息を吐いた。戦闘中にも関わらず簡単に身体は脱力した。


 そして、呟く。

 

「俺はずっと……羨ましかったんだ。トウカの在り方が」


『やーっと素直になったか〜! ほんとにひねくれているんだからもー』


 そんなソヨの呆れ声が、どこからともなく聞こえた気がした。

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