第3話 焦燥

 十二月十六日。彼は先週以来一度も来院がなく、私も気になっていたが、今日は予約の連絡があった。


 「お、来たね、カガリ君。お久しぶり」

 「お久しぶりです」


 今日の彼は前ほど顔が緊張している風ではなく、どちらかというと穏やかそうに見えた。ただ相変わらず線が細く、見るからに病弱だった。


 「最近はどうかな。少しは良くなっているといいんだけど」

 「吐き気が少し落ち着いてきた気はします」


 少し来てない間に何かあったらと思うと気が気でなかった私はやっと落ち着いて座っていられる。相変わらず彼の壁が分厚く、そして高く感じた。


 「さて、じゃあ何から話そうかね」

 「はい、えっと。特に吐き気が少し治まったのと、あとは特に変わっていません」


 彼は少し体が強張っているように見えた。また、不安そうな顔をして何か迷っているようにも見えなくはなかった。

 私は自分が質問するまでの間、何を聞こうか考えながら時間を稼ぐようにしてひたすら喋っていても、そんなのはお構いなしと言うように、押し黙って何か考えているようだった。彼はやっとの思いで手を伸ばしたかのような必死さで聞いた。


 「あの、僕は、僕はどうなるんでしょうか」


 彼のあまりの必死さに一瞬気を取られて思考が停止してしまった。


 「えっとね、カガリ君。確かにつらいだろうけど、君は何も死に関わるようなことではないのよ。だから少し落ち着いて、ね?」


 彼は少しづつ熱が冷めていくように段々と冷静さを取り戻して行った。彼は我に返ると小さな声ですみませんと言って座りなおした。


 「それで、僕はこの先どうなっていくと思いますか」

 「どうって言われても、私には無責任なことは言えないのよ。ただ、他の患者さんにも言えることだけど、過去にあったつらい記憶や考え方を認めること。あるいは違う見方に導くのが私の仕事なの。だから私は寄り添うことはできても結局解決するのは患者さん本人次第と言えるのよ」

 「認めること。ですか」


 彼はうつむいてやたら不安そうな面持ちで私を見据えた。


 「そう、結局あった事をなかった事にするのは難しくてね、それを否定しようとすると余計に思い出してしまうのよ」

 「僕も、そんな気がします。だけど先生、僕には責任があるんです。とても認めてしまっては友人が可哀そうというか、ただの出来事として受け止めたくないんです」


 彼は迷っている。その友人との思い出が深いあまり、自分の意志と友人を思う気持ちとが混同してしまっている。私にはその違いを理解してもらうことしかできない。

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