第36話 【4日目午後】 王女と大隊長
コルテロと侍女ブルシモが市場で買い物をしていたころ、フィオリレ市郊外の丘の上、小さな林の外れに簡易天幕が張られていた。天幕の外には2羽のトリが木に繋がれている。中ではガバリエーレがその巨躯を窮屈そうにさせながら座っていた。
ガバリエーレの険しい視線の先には、横になっているシリエジオ王女の姿があった。
フィオリレ市付近に降り立った時は荒く肩で息をしていた王女だったが、薬を飲ませて横になると、次第に呼吸も落ち着いていき、今は眠っている。
王女が病に苦しんでいるに関わらず、何もできないでいる自分に腹を立てていた。そして、己の無力感に対してと同等以上に、王女に呪いをかけたロッソ家への怒りも腸が煮えくり返るほどあった。
何より許せないのは、王女の全身に広がる呪毒の痣だった。醜くボコボコと焼けただれたような紫黒いその痣は、確認できる範囲で王女の体の半分近くに広がっている。
特に、まだあどけなさが残る王女の顔に広がった痣は、顔の右半分を蝕んでいた。
「婚姻前の年頃の娘に何て惨いことを」
ガバリエーレは呟いた。例え、無事に7日以内に『湖島の魔女』の下へたどり着き、王女の命が助かったとしても、この全身に広がった痣が残らない保証は無かった。
気付くとガバリエーレは拳を握っていた。握った自分の指が痺れるほど、強く強く握り締めていた。
「ミンキャ(ちくしょうが)!」
ガバリエーレは力任せに地面を殴った。拳を上げると、ポタポタと赤い血が地に垂れる。
「これじゃあ・・・あの方との・・・あいつとの約束はどうなる?! 俺はこのままじゃあ・・・あいつに何も返せないまま・・・」
「・・・うぅ」
「姫様?・・・申し訳ありません、起こしてしまいましたか?」
ガバリエーレは血が滲んだ手を背中に隠し、目を覚ましてしまった王女にできるだけ小さな声で尋ねた。
「姫様、どこか痛まれますか? 水を・・・それか何か召し上がれますか? 御召し物を変えられたいなら少々お持ちください。 ブルシモは今出ているので」
「・・・みずを」
ガバリエーレは行李から飲み水の入った革袋を取り出した。そのまま手渡そうとしたが、思い直して椀に少量を注いだ。
「ご自分で飲まれますか?」
王女は肘をついて体を起き上がらせようとしたが、あまりに辛そうにしているので、ガバリエーレは王女の身体を引き起こし、王女の背中側に荷物と布を置いて寄り掛かれるようにした。
ガバリエーレは水の入った椀を手渡したが、椀を取るために伸ばされた王女の手は何故か虚空を掴んだ。
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