第30話 【3日目昼前】 お粥

コンコンコンと扉を叩く軽快な音で目が覚めた。目を開けた瞬間、座っていた体勢が崩れて腰掛けている椅子がギシリと音を立てた。どうやら座って休憩している間にうたた寝をしてしまったらしい。何か、酷い悪夢を見ていたような気がする。気分が悪い。


窓から入ってくる外の明るさを見る限り、長い時間眠っていた訳ではないようだ。目の前には静かな寝息を立ててベッドに横になっているシリィがいる。


もう一度、コンコンコンと扉の向こうから音がした。意を決して、鉛のように重い体を椅子から引きずり起こした。扉の前で簡単に身なりを整えてから、取っ手を縛っていた布を解き、少しだけ扉を開けると恰幅の良い中年の女性が姿を現した。



「あら、これまた気の強そうなお嬢さんだこと。 起こしてしまったかい? だったらごめんなさいね。 簡単だけど口に入れるものを持ってきたんだけど・・・あなたもお嬢さんも食べれそう?」



そう言う彼女が持つお盆の上には、水差しが1つと蓋つきの器とコップが2つずつ乗っていた。



「わざわざありがとうございます。 有難く頂きます」



盆を受け取る際、女性が首を傾けて部屋の中を除こうとしたので、視線の先に身体を移動させた。すると、彼女は少し怪訝な表情になった。



「申し訳ございません。 主は少々気難しいお方でして、自身の姿を見知らぬ他人の耳目に触れられるのを大変厭う方なのです。 こんなにお世話になっていて、礼を欠く行為であるのは重々承知の上なのですが、ご容赦頂けないでしょうか?」



そう言いながら頭を下げると、中年の女性は一歩後ろに下がり、腰に手を当てながらフウンと息をついた。



「まあ構わないさ。 他に何か欲しいものは無いかい?」

 

「ご配慮いただきありがとうございます。 でしたら、あとで使った器と汚れた衣服を洗いたいので、水場の場所を教えて頂けないでしょうか?」


「何言ってるんだい! そんなものはウチのもんにやらせればいいんだよ。 さっき所長に聞いたけど、あんたも一晩掛けて山脈越えしてきたんだろ? いいから休んでなって」


「いえ、私がやりたいだけなので。 お願いします」



中年の女性がしぶしぶ水場の場所を話したのち、改めて食事の礼を言って扉を閉めた。すぐに扉に耳を当てて、足音が遠ざかっていくのを確認すると、先程と同じように取っ手を布で固定し、外から開けられないようにした。


器の蓋を開けると、かすかな湯気とともにミルクと雑穀の良い匂いが香ってきた。美味しそうなお粥を目の前にし、自然と笑みが零れた。


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