第29話 【3日目午前】王女と侍女
バタリとアッセロ運送会社の医務室の中の個室の扉が閉まり、侍女は自分の主の肩を支えながら寝台へと連れていった。そして主の体を労わる様にゆっくりと寝台の上に腰掛けるのに手を貸した。主を寝台に座らせると、侍女は改めて部屋の中を見渡して他人の視線がないかを確認した後、侍女は主の体を抱き寄せた。
「シリィ、無事でよかった。 夜明け前にここに着いてからずっとあなたのことが心配で心配で。 こんなボロボロになって・・・一緒に乗ってたコルテロは怖くなかった?」
侍女の慈しむ言葉を聞いた少女は堰を切ったように涙を流し始めた。
「うう・・うん・・・ひっぐ・・・・ルーシーィィィ。 あなたが生きていて・・・ヒック・・・・あのコルテロとかいうやつ・・・ううゥ、私怖くて・・・」
侍女は自分の胸の中で声を潜めて小さく泣きじゃくる主の頭を撫でた。ひとしきり涙を流し、少し落ち着いたところで主の両肩を叩き、努めて明るく声をかけた。
「さあ、シリィ、着替えましょうか。 いつまでもそんな恰好じゃいられないでしょ?」
猫が甘えるように自分に抱き着こうとしてくるシリィを優しく制止しながら、侍女は彼女の汚れた服を脱がしにかかった。ローブを脱いだときにはっきりと見えたシリィの顔を目にした瞬間、侍女の胸が痛んだ。
昨日の朝の時点では顎の下の首までにしかなかった赤黒い火傷のような痣が、右頬の真ん中あたりまで広がっていた。ルーシーは出発前の王宮付き医務官の言葉を思い出した。
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「これは太古の呪殺の毒です。 この痣はやがて全身に広がり、きっかり7日後に発症者の命を奪う悪魔の呪いです」
「我々の手には負えません。 せいぜい応急処置しか」
「そうだ!『湖島の魔女』! あのお方なら解毒できるかもしれない!」
「賭けですが姫様の御身を救うにはこれしかありません! 急がなければ!」
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心の中で溜息をつきながら、表情はできるだけ明るくして主が気を落とさないように努めた。鳥乗用の手袋を外しているとき、シリィが悲痛な声を上げた。怪訝に思って彼女の手の平を見てみると、思わず声が出た。
「何したのこれ?! 血だらけじゃない!」
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ここはアッセロ運送会社北部草原基地の脇に建てられたロッソ家の天幕の中。パウーラ・ロッソは既に朝の支度を終え、彼のお気に入りの甘い甘い紅茶を口に流しながら書類に目を通していた。
「パウーラ様」
小さくて低い、しゃがれた声で呼ばれてロッソは顔を上げた。
「来たか? マレディジーネ?」
「ええ、ええ・・・フフフ・・・『下戸から魚が届きました』ぞ。 コルテロと王女はここから南、山脈の向こう側のラゴ市におります」
パウーラは小さく口元を緩ませた。
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