第25話 【3日目朝】 手

アッセロ運送会社のラゴ支部はラゴ市街の隣に位置していた。この基地は山の傾斜を利用して作られており、斜面を削って平らにした段差が4段あり、その上に山に張り付くように厩舎や事務所、宿舎が建ち並んでいる。


すでに日が昇り、周囲は明るくなっていた。コルテロは着陸態勢に入る前にラゴ支部の厩舎の上空でゆっくり左に旋回しながら笛を鳴らした。これは地上の人間に今から地上に降りることを伝える合図で、すぐに地上から返事の笛の音が聞こえてきた。


コルテロがラゴ支部に降り立つと、ラゴ支部の支部長がわざわざ出迎えてくれた。

普段は気さくで、誰に対しても大声で冗談を飛ばすような男なのだが、今朝はこれまで見たことがないほど難しい顔をしている。聞くところによると、昨日の基地の脱出前にボスが飛ばしていた伝書鳩は上手くラゴ支部に着いていたらしい。


コルテロが先にアソから降り、シリエジオ王女が下りるのに手を貸そうと手を出したが、彼女は一向に鞍から降りる気配を見せなかった。



「姫様、着きましたので降りますよ。  どうぞ、手にお掴まり下さい」



そう声をかけても、身じろぎをするだけで握りしめたロープから手を放そうとしない。


寝ている・・・訳ではなさそうだが、どうしたのだろうか。


コルテロはもう一度アソの背によじ登り、姫様と向き合った。



「どうされましたか姫様?  どこかお怪我でも?」


「・・・が・・」


「はい?」


「・・手が・・・離れ、なくて・・・」



なるほど、そうゆうことか。恐らく昨日の昼間から今まで振り落とされる恐怖から、命綱であるロープを力一杯握りしめていたせいで、自分の手が開かなくなっているのだろう。



「姫様、失礼しますよ」



コルテロは自分の手袋を脱ぎ、親指、人差し指、中指と・・・ゆっくり1本ずつ、彼女の指をロープから剥がしていった。


片手が終わると、もう片方を・・・彼女の強張った小さな指に触れていると、僅かに血の匂いが鼻をかすめた。よほど命綱を握り締めていたらしい。恐らく今手袋を外せば、彼女の手はマメで血だらけなのだろう。


この様子から察するに、彼女は今回が生まれて初めての鳥乗で、馬にすら乗った経験が無いのかもしれない。




唐突に強い風が辺りを駆け抜けた。


そのこと自体には別段、驚きはしなかった。


山間のこの地域ではよくある自然現象だ。


この風によって、目の前で彼女のローブが舞い上がり、王女の顔を初めて目にしたコルテロの手が止まった。



王家の特徴と言われる宝石のように輝く銀色の髪。首には包帯が巻かれていて、右頬には焼けただれたような紫黒い痣が広がっている。


いや・・・そんなことよりもその顔は・・・



「・・・エフィ?」


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