第20話 【2日目午後】 パウーラ・ロッソ

大陸北部草原の中央にて『トリで運べるものなら何でもどこへでも運ぶ』で有名なアッセロ運送会社の基地のすぐ隣に即席で建てられた天幕の中、男は彼の好物である甘い紅茶を飲みながら書類に目を通していた。彼が飲んでいる紅茶は彼以外の人間が一口飲めば、その甘さでたちまち気分が悪くなり、二口も飲めない代物なのだが、彼は好んで常日頃から愛飲していた。


そのような嗜好を持つ彼は当然の如く立派な体躯をしていた。彼の十指はこれでもかと詰め込まれたソーセージのように太く、腹はパンパンに水を入れた袋のように突き出ている。


そんな彼だが、彼の服の胸に取り付けられた腕章はロッソ家の家紋であり、只人がこれを身に着けることは決して許されない。もし仮に、無知ゆえに只人がこの家紋を象った物を所持した場合、例え触れるだけの短い時間であっても重罪に問われてしまう。


彼はソレニーチャ王国が誇る3大貴族の一角であるロッソ家現当主の三男『パウーラ・ロッソ』その人であった。彼はロッソ家の現当主である彼の父から、ある仕事を任せられていた。それは現国王の孫娘であるシリエジオ王女とその婚約者であるインパジエンザの暗殺だった。不運にも彼の最初の暗殺作戦は失敗に終わった。しかし、天幕の中で異常に甘い紅茶を舐めながら書類を捲る姿からは焦りや怒りといった感情は読み取れず、寧ろ余裕すら感じられた。


パウーラは自分の隣でクスリと笑う声を聴いた。自分の容姿とは対照的に手足が長く、整えられた頭髪が特徴的な男の声だった。



「どうしたフラロッテ?  昔の『仲間』の名前でも見つけたか?」


「いや、そうじゃない。 『コルテロ』の名を見つけた。 しかも現役の運び屋をやってるらしい」


「コルテロ?・・・ッ!・・・『救国の英雄』か?」


「そう、あのコルテロだ」


「退役したという話は聞いていたが・・・まさか運び屋になっていたとはな。 貴様、コルテロと面識があるのか?」


「まさか! 『救国の英雄』様だぜ! こんな一介の傭兵と面識があるわけがないだろ?!」



フラロッテと呼ばれた男はわざとらしく何かを含んだ笑みを浮かべた。



「・・・まあいい。 重要なのは王女の居所だ。恐らく金を積まれて王女の逃避の手助けをしているアッセロ運送会社が面倒だ。奴らの基地は大小さまざまだが王国中に点在している。ブル家の領地やブル家と関係の深い貴族の領地に逃げ込んだ可能性も含めると、王女の逃亡先を絞るのは難しい」


「その割には、あんまり焦っているようには見えないが?」



今度はパウーラが含んだ笑みを浮かべた。



「すでに手は打ってあるからな」

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