第6話 【2日目朝】影武者とスパイ

倒れた女の傍に膝をついている者は医師なのだろう。女の脈を診ているが、その緩慢な動きから、女にはもう望みがないことは明らかだった。


ちらりと目線をずらし、大隊長の顔色を確認する。大隊長は安心したように息をついていた。まるで『死んだのがこの人間で良かった』と言わんばかりに。


コルテロは内心舌打ちした。直ぐに周りに目を配る。倒れた女を中心にしてテント内には侍女らしき女たち、大隊長を含めた騎士たち、合わせて10人以上の人間がいる。 そのほとんどの目線が身罷った者への祈りの言葉を唱える医師に向けられているが、一人だけ違う方向を見ている・・・いや、観察している人間がいた。


コルテロは腕を伸ばし、その人間が着ている鎧の襟を掴んで、その場に引き落とした。突然の行動に男は驚いたが、反射的に下半身に力をこめ、膝をつくことなく堪えた。そして崩れた体勢を立て直す為にコルテロの腕を掴んで体を起こそうとした。 男が上体を起こすタイミングに合わせて、コルテロは男の腰に背を合わせ、相手の体を跳ね上げた。


男の体は空中で一回転し、そのまま地面に叩きつけられた。 投げられた男は応接間で大隊長の後ろに控えていた騎士の一人だった。 鎧が地面に叩きつけられる鈍い音とともに、間近で起きた争いに気づいた女たちが布を引き裂くような悲鳴を上げる。



「貴様・・・コルテロ! 何をしているんだ!」



大隊長の怒号を合図に、俺を取り押さえようと騎士たちが動き出した。



「待て!  こいつはスパイだ!」



コルテロは他の騎士たちに腕を取られながらも、投げた騎士からは決して手を離さずに叫んだ。



「今しがたそこで死んだ女! そいつは影武者だろう?!」



俺を取り押さえようとしていた騎士たちの動きが鈍くなった。



「こいつは今しがた、死んだ女ではなく大隊長! あんたの方を見ていた。 恐らくこいつは影武者と本人の区別がつけられなかった。 だから、あんたで試したんだ。 隊の頭が護衛先の顔を知らないなんてことはあり得ないからな。


本人ならばそれで良し、替え玉だとすれば、あんたは真っ先に『本物』の安否を確認するために動くはずだからだ!」



大隊長は苦い顔をしながら、黙って手を挙げた。 それを見て、俺を引き立てようとしていた騎士たちは身を引いた。 俺が地面に押さえつけている騎士は口を開かず、そっぽを向いていた。



「おまえ、本当に・・・」



ロープで縛られている間、大隊長に問われた騎士は誰とも目を合わせずに、無表情で沈黙していた。


何とも言えない空気の中、別の騎士がテントの中に息を切らしながら駆け込んできた。 その騎士は片腕を負傷しているようで、首にかけた布で右腕を吊るしていた。



「失礼いたします! ガバリエーレ大隊長殿! 至急報告致したい事柄が・・・」


「今取り込み中だ・・・手短に話せ」


「追手です!」







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