第53話 新しい関係の形

未希がケガしてしまって、せっかくのクリスマス旅行は台無しになりそうな時、彼女は真琴にお願いをした。


「ママはパパのこと可哀そうだと思わないの?いろいろ準備していたのに、もしまた独りぼっちでクリスマスを過ごしたら…」

「じゃ私に何をしたいの?」

「パパと一緒に旅行してよ!」

「二人だけ?」

「別にいいじゃない?」

「あのね、私たちはもう離婚したのよ。一緒に旅行へ行くなんて、あり得ないだから」

「でも…ママはパパを一人にする気なの?」

「だから、うちに来て一緒にクリスマスを過ごすのはいいんだけど、二人きりで旅行するって…」

「ママはパパにまだ怒っているの?」

「これは旅行とどういう関係なの?」

「だって、最近パパと一緒にデートすることもできたでしょう、もう怒ってないなら一緒に旅行できるでしょう」

「そもそもあれはデートじゃないだから」

「男と女は二人きりで出かけるってデートじゃないの?」


真琴は未希の発想に返す言葉がなかった。中学生になってからの未希は、まだ子供の幼さはあるけど、時々こういう大人っぽいの発言をしてきたから、本当にどう反応すべきか困っていた。


「…でも、未希は私たちが仲直りすることを望んでいるの?」

「うん、やっぱり3人で一緒にいたら楽しいよ」

「未希はパパのことをもう許したの?」

「昔のパパを嫌いじゃない、ただ怖いだけなの。それに今のパパは昔のパパと違うだから。」

「そうか、未希はそう思うんだ」

「だから、せっかくの旅行へ行こうよ。私の分まで楽しんでね!ああ、私のおみやげを忘れないでね。ねえ、ママは行こうよ~」

「分かったから、行けばいいでしょう」

「やった!すぐパパに連絡するね~」


娘のあんなうれしい顔を見た真琴は表情が柔らかくなった。


慎也と二人きりで旅行するのは、未希が生まれる前の新婚旅行は最後だった。二人の関係は変わった今、一緒に旅行するってちょっと変な気分になった。


正直、真琴は慎也に対する気持ちは複雑だった。彼に対する愛情は消えたわけじゃないけど、やっぱり離婚に至るまでの出来事にひどく傷つけられて、今になって彼をまた受け入れようとしたら、簡単なことじゃなかった。未希の期待を分かっていても、真琴自身はその過去のトラウマをまだ乗り越えっていないとの自覚があった。だから、今回の旅行は真琴にとって、自分の気持ちを確かめるためだった。



2019年12月23日・静岡


旅行の前日、慎也は仕事が終わってから、車で東京から静岡までやって来た。やっぱり、一日で東京から静岡市、そして静岡市から旅館の所在地にある伊東市の運転は体にきついだと思って、それで慎也はわざわざ早めに静岡に来た。晴夏に会いにくれた陸翔の誘いで、慎也は彼のマンションに泊まらせてもらった。そして、翌朝の9時に真琴の実家の前に彼女を待っていた。


松葉づえをついて歩いている未希は、窓から慎也の姿を確認して、慌ててドアを開けようとしたが、転びそうになったところに慎也が彼女を支えた。


「未希、もっと気を付けろよ、またケガしたらどうする?」

「はいはい~パパ、ママはもうすぐ出るからね」

「教えてくれてありがとう。ケガはどう?」

「あと1週間ぐらいで治るだって、お正月に松葉づえもういらないよ」

「それなら良かった。で、未希はどんなおみやげが欲しい?」

「もう言ったじゃない、弟か妹!」

「それはね…すぐできることじゃないでだろう。それに、ママはどう思うか分からないからさあ…」

「そんな弱音を言わないでよ、もっと頑張って!」

「はいはい、分かったから」


その時、真琴は門に近づくと、二人の会話をちょっとだけ聞いた。


「何を言ってるの?」

「「何もないよ」」


親子そろってこう答えたけど、真琴は二人が何かを企んでいるか疑っていた。


「ママ、早く行った方がいいよ」

「ちゃんと休んで、じいちゃんとばあちゃんの言うことを聞いてね」

「はい~行ってらっしゃい!」

「行ってきます」


慎也と真琴は車に乗って、目的地である伊豆高原へ向かった。2時間ほどの移動時間中、二人は他愛のない会話をしながら、ラジオの曲を聞いて、久しぶりのドライブを楽しんでいた。昔はよく慎也とバイクを乗っていたので、車でのドライブは二人にとって新鮮だった。


宿に到着した真琴はすごく興奮していた。なぜなら、ここは大正浪漫をモチーフに作られた宿なので、建築士である真琴はもちろんこういうところに興味が湧いて来た。そして、1階広縁と2階の露天風呂からは、素晴らしい景色が見られるので、二人はここを選んでよかったと思った。


荷物を下した二人は少し休憩したら、真っ先に行ったのは大室山だった。大室山は独立峰の火山で、山体は国の天然記念物および富士箱根伊豆国立公園であった。環境保全のため徒歩での登山は禁止されていたが、山頂まではリフトへ行けるので、初心者である未希でも気楽に山頂へ行くことができる。山頂には周囲1000mの噴火口跡があり、これを一周回るの「お鉢めぐり」ができる。富士山をはじめ、南アルプス、伊豆七島、房総半島まで見渡すことができる360度の大パノラマが望める。


慎也の計画では、未希に登山の魅力を感じさせようと思っていた。慎也と真琴の出会いは登山部なので、彼は未希にそれを知ってもらい、そして登山のことを好きになればいいと思った。しかし、今回は未希が同行することはできないけど、また彼女を連れていきたいと思った。


慎也と真琴は大室山で楽しい時間を過ごせた。山麓にある軽食堂でランチを済ませ、リフトで山頂へ行きお鉢めぐりをして、アーチェリー体験もできた。初心者だったはずなのに、慎也は結構いい成績を出したので、真琴はそれを不思議そうな表情を見せた。山から下りた二人は、麓にある売店で皆へのお土産を買って、それから宿に戻った。


夕方になると、二人は特別に用意された懐石料理を堪能した。それからお風呂に入ろうとした時、慎也は真琴に露天風呂を使わせるように、自分はそれよりちょっと小さい内風呂に入ると言い出した。しかし、真琴から予想外の言葉が帰って来た。


「ここの露天風呂は広いし、しかも今はもう暗くなったから、水蒸気もあってさあ…その、お互いをよく見られないので、両端で入ればいいと思うよ」


慎也は一瞬自分の耳を疑った。でも、こういうチャンスを逃がしたら次はないと思って、彼は真琴の提案をすんなりと受け入れた。


真琴は先に露天風呂に入り、慎也はその5分後にそこへ向かった。確かに、外はもう真っ暗だし、露天風呂にあるテラスは薄い光しかなく、水蒸気のせいで真琴の顔と肩ぐらいしか見えなかった。同じ温泉の露天風呂に入るのは初めてで、二人は緊張のあまりにしばらく何も喋らなかった。そしたら、真琴から声をかけた。


「今日はいろいろありがとう、とても楽しかった」

「気に入っていたら、それが一番うれしい」

「未希が一緒に来ればいいね」

「うん…でもこうして二人きりになるのも悪くない」


これを聞いた真琴は顔が真っ赤になった。温泉のせいか、それとも恥ずかしく感じたせいか、真琴もよく分からなかった。本当に情けないなあ、もうアラフォーなのに、こんな言葉で一々恥ずかしく思うのは、やっぱり恋愛経験は少ないからだと思った。


しかし、真琴は慎也の言葉の意味を何となく分かった。今日一日中、二人は本当に恋人同士みたいに楽しい時間を過ごせた。今の二人の関係は本当に心地よいので、もしこれ以上一歩を踏み出したら、すべてが壊れるじゃないかと、真琴はそれを怖がっていた。


一方の慎也は、今日で確かめたのは、自分はどれほど真琴を愛し、そしてもう一度一緒にいたい気持ちはとても強かった。でも、もし自分から付き合って欲しいとか言い出したら、真琴は自分から逃げだしたら、最悪の結果になりそうと心配していた。


そんな思いを交差しながら、慎也は反対側の真琴の見てこう切り出した。


「真琴」

「うん?」

「俺ともう一度付き合ってくれないか?」

「…何で?」

「俺はまだあなたのことを愛している、あなたともう一度一緒にいたいから。もちろん、一番いいのは家族としてまた一緒に暮らせたらいいと思うけど、それはあなたにとってストレスを感じるじゃないかと心配していた。だから、新しい関係の形を模索してもいいかなと思って。俺のことをもう一度信頼してくれたら、また一緒に暮らせばいい。これはどう思う?」

「本当にうまく行けると思う?」

「一度失ったから、俺は自分にとって何か一番だというのをもう分かった。それはあなたと未希だ」


慎也はゆっくり真琴の位置へ移動し、彼女の目の前に座って、そして彼女の手を取った。


「もう一度俺を信じてくれる?俺たちはさあ、もう二度と別れないで、お願いだから」


これを聞いた真琴は泣き始めた。慎也は慌てて彼女の顔からその涙をふいて、両手で彼女の頬を包んだ。


「まだ慎也のことが愛しているけど…あの時、あまりにも辛くて、離婚しかできなかった」

「分かった、俺は悪かった、真琴をあんなに悲しませて」

「これからもうあんな想いを二度と味わいたくないの」

「俺は努力する、絶対そんなことならように」

「でも、再婚は嫌だからね」

「分かった。でも彼氏ぐらいなりたいよ」

「…これならいい」


この待ち望んでいた答えを聞いた慎也は、真琴へ近づき熱いキスをした。真琴も自分の腕を彼の背中に回し、二人の間の距離は一気になくなった。ようやくお互いを放した二人は、相手を見つめながら微笑んでいた。

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